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第15話 友哉

俺は犬を飼ったことがない。 犬どころが動物を飼ったことは一度だってない。 植物すらまともに世話の出来ない自分には、 動物を飼うことなど、絶対に不可能だと思っている。 そうして目の前に座るのは なぜか垂れ下がった耳としっぽが見えるが、 それは立派な成人男子なのだった。 「お願い。ホントに邪魔しないし言うこと聞くから。 掃除洗濯なんでもやります。ご主人様」 「ご主人様って・・」 那津の言動に、思わず頭がクラリとする。 「一週間・・せめて三日。三日だけは?」 チラリとこちらを見る、その瞳はデジャヴだ。 それは昨晩、マンションのエントランスで見た光景。 潤む濃い栗色の瞳が、切なそうにこちらを見つめて、 それはまるで俺がどうにかしなくてはならない妙な気分にさせるのだ。 ああやっぱり。同情なんてするものじゃあない。 結局、こうして自分の首を絞めるのだ。 「三日でどうにかなんのかよ」 「ん~・・努力はしてみる。ってかします!どうにかするっ」 はぁ・・っと息を漏らす。 どうしてこの部屋に招き入れてしまって、 どうして朝食をごちそうになってしまって どうして掃除なんかをしてもらってしまったのだろうか。 昨日からの自分はどう考えても「らしくない」のだった。 ーーー・・・ 「好きな食べ物は唐揚げね。あ、甘いものも好きだよ。 ケーキならチョコレートケーキが好きかな。そんで酒は何でも好き。 えっと血液型はAB型で、誕生日はね~」 はぁ~っと長くため息をついて、 ソファの背もたれに深くもたれかかって天を仰ぐ。 「あと好きな音楽は~」 「もういいよ」 「え~でもまだなんも知らないじゃん」 隣に座る小さな那津の頭には、相変わらず犬の耳が見える。 さっきと少し様子が違うのは、 垂れてた耳がピンっと立っていることだった。 「知りもしないってのはそういうことじゃねーだろうが」 「でもそういうのも知っていたいでしょ?」 どうしてそうなるのだろうと思って、 もう何も言う気にならなくてまた、深くため息をついた。 「あと、恋愛対象は男です」 「それはもう知ってるよ」 フフッと笑う那津には、なぜだかどうしても強くは怒れない。 三日だけ泊めてやると言ってしまって、 すると那津はわかりやすく喜んで、 それから自分の自己紹介を始めた。 それはもう俺が知っているとわかっているくせに 自分の名前を言うところからはじまって、 突然、唐揚げとチョコレートケーキが好きなのだと言い出すから、 俺はもう十分だった。 「じゃあ今度はともちゃんの番ね」 「はぁ?俺?」 「そ。まずは生年月日は?」 まったくクラクラする。 本当に三日後には出て行く気があるのだろうか。 「いいか。ホントに三日だけだ。三日たったら絶対に出てけよ」 生年月日など答える気もない俺は、強めに念を押した。 「ん。なんかいけないことあったら叱ってね」 なんだか茶化すように言われて、 上から見下ろすようにしてギロリと視線を浴びさせるが、 那津のニコリとした笑顔は崩れない。 「オレ買い出し行ってくる。 あ、今日はなにが食べたいですか?ご主人様」 ああもう・・・ サラリと言われるとなんだかもうすべてが面倒になった。 また天を仰いで深く息を吐く。 「じゃあ唐揚げ以外で」 「え~ともちゃん意地悪い~」 「言うこと聞くんだろ?」 すると、まるで漫画の画のようにほっぺを膨らまして、 とてもわかりやすく不細工な顔をした。 ーーー・・・ 朝。 いつもと同じ時間に携帯のアラームが鳴って目が覚めると、 いつものように上半身を起こした。 いつもと同じようにベッドルームを出れば、 まずはトイレに行って、手を洗って顔を洗ってうがいをする。 そしてリビングのドアを開けると、 「おはようともちゃん」 「はよ」 ダイニングのテーブルに腰かける前に、 すでに用意してくれてあった水の入ったグラスを受け取った。 テーブルに座ればもうそこには新聞が用意してあって、 すぐに淹れたてのコーヒーがやってくる。 「今日はオムライスだよ」 「いいね」 那津が笑ってキッチンへ戻って行く。 潤む瞳の子犬を拾ってしまって、 気づけばあれからすでに二週間が過ぎていた。

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