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第18話 那津
2週間前。
ともちゃんに拾われる前に付き合ってたヒトは、
イベントを主催する側の人だった。
声をかけられたとき、前にも君を見たことがあると言われたから、
きっと、その人のイベントを何度か手伝っていたのだと思う。
一緒に住んだ、はじめてのヒト。
それより前にも付き合った男はいるけど、
でも一緒に住んだのはその人が初めてで、
思えばオレはきっとどこか浮かれてた。
それは実家に帰らなくていいってことに対してだ。
とても綺麗で
大人で
優しい人だった。
ぶっちゃけ、ちゃんと好きだったかはよくわからない。
家を出るきっかけをくれたし、
ちゃんと求めてももらえたし、
そして優しくもされていたけれど。
ーー別れようかーー
ーーわかったーー
別れ際はお互いずいぶんあっさりしてた。
きっと、あの人もオレも、
互いに本気ではなかったのかもしれない。
涙が出ないどころか、別れる理由がない中での別れだったのだから。
ーーー・・・
インターホンが鳴ると、キッチンにいたオレは走ってモニターの前に行く。
「帰った」
「は~い」
ともちゃんは帰ってきたとき、
必ずインターホンを鳴らしてからこの部屋に上がって来る。
自分の部屋なのに、それはいままで毎回そうなのだった。
だからオレは玄関の鍵を開けて、そうしてキッチンへ戻る。
実はいままでは玄関先でともちゃんを出迎えていたんだけれど、
2日前、ともちゃんからわざわざ玄関で待ってなくていいと言われたので、
いまのオレは鍵だけを開けるとキッチンへ戻るようにしてる。
素直にその言葉に従っているのだ。
「ただいま」
「おかえりなさ~い」
「めっちゃ良い匂いしてる。魚?」
「そ。今日は和食にした」
帰ってくるなりともちゃんはいつも、
キッチンかリビングにいるオレに話しかけながら、
背広を脱ぐ前にネクタイを緩めて、
そうしてYシャツのボタンを上から二つ、器用に外す。
オレはそのともちゃんの仕草や姿を見るのが好きだ。
外から内の顔になる瞬間・・みたいな。
誰かと暮らすなんて無理だと言っていたともちゃんが、
オレがいてもちゃんとリラックスしてくれてる気がして、
なんだか嬉しくなる。
「風呂沸かしてあるよ」
「あ~、、、じゃ先に入ってこようかな」
「ん。どーぞ」
まるで新婚気取りでこういうやり取りができることも、
オレにとっては幸せな瞬間だ。
リビングを出て行くともちゃんの背中を見送って、
煮物がクツクツいってる鍋の火を止めると、
ビールのグラスを冷やすために冷蔵庫を開けて、
冷蔵庫のど真ん中を陣取るキムチのパックの隣に置いた。
ーーー・・・
「ちょっといいか?」
いつものように二人で飯を食ってオレが風呂から上がったら、
パジャマ姿のともちゃんは
いつもオレが寝させてもらってるソファに座って本を読んでて、
風呂上がりのオレに声をかけた。
ーーちょっといいかーー
ともちゃんの言葉を頭の中で繰り返した。
「ビールか珈琲どっちがいい?」
笑顔をつくりながら言った。
「ん~じゃあビール」
「わかった」
キッチンで缶ビールを二本取り出しながら、
ちょっといいか・・・が頭ん中をグルグルとした。
ともちゃんの言う、ちょっといいかは、それはもう一つしか思いつかない。
ふっと視界に
昨日、ともちゃんがくれたそのマグカップが目に入った。
「はい」
「ありがと」
二人で缶を合わせると一口飲む。
「やっぱ風呂上りのビールは美味いね」
できるだけいつもの調子を心掛けるけど、
いつもの調子を心掛けるとどうしても、いつもの調子にはならない。
どこか焦って逆に無口になってしまって、
視線は手元の冷えた缶ビールのふち辺りをぼぅっと見つめた。
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