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第19話 那津

三日が2週間になった。 そう考えれば、それはそれでラッキーな事だった。 けれど、やっぱり終わってしまうと思うと普通にさみしい。 実家に帰るのがイヤだという気持ちも、もちろんある。 でもそれよりも、オレはここを出て行くのがさみしかった。 この寝心地のいいソファも あの使い勝手のいいキッチンも 広い湯船も ・・・ともちゃんも。 恋愛のイロイロとは無縁でも、 それは予想以上に居心地がよかったのだ。 だから終わってしまうのがとても残念すぎる。 でも、ともちゃんに出て行くよう言われたなら出て行こうと、 それだけは決めていた。 こんなに良くしてもらっておいて、 これ以上ともちゃんを困らせたりしたくはない。 ある意味、ともちゃんと出会ったこと自体がキセキだった。 オレみたいのがこの先、こんなハイスペックなイケメンと 出会えることなんてもう来ないだろうから。 一度でも、ともちゃんに出会えたキセキを味わえたことを感謝して、 せめて出て行くときくらいは潔く、ちゃんと笑って出て行きたい。 ビールをもう一口グイっと飲むと心ん中だけで覚悟を決めて、 小さく息を吐いた。 「悪かったよ」 「へ?」 すると、ともちゃんは突然謝るから、 それはあまりに予想外でオレは変な声が出た。 「三日って言っておいてズルズルしちゃってさ」 気まずそうに視線を外しているのはオレではなくてともちゃんの方で、 オレからしたらそれはとっても違和感だった。 だって、 「それ、謝るのはオレの方なんじゃない?」 都合よくダラダラとここに居座ってしまったのだから。 「いや・・」 いまだ視線が絡まないともちゃんは、 ビールをぐびぐびぐびっと一気に飲むからオレは無意識に、 もうちょっとしたら次の一本を取りに行こうと頭の中で思った。 「ぶっちゃけお前がいてくれて すげー楽って言うか、助かってて、、」 ともちゃんはほっぺをぽりっと掻きながら気まずそうにそう言って、 けれどもオレはそれを聞けて純粋に嬉しかった。 「自分が言ってた時間が過ぎてるのをわかってたけど、 なんつーか言いそびれちまって」 「オレは居させてもらえて助かったよ」 この状況で、ともちゃんが謝るべきポイントなんてあるんだろうか。 やっぱり、ともちゃんは優しいのだなとまた、思う。 「でもやっぱこのままはまずいだろ」 「まずいって・・どうまずいわけ?」 てっきり出て行ってくれとでも言われると思ったのに、 いったいなにが「まずい」のだろう。 「お前だって成人した男だろ」 「だから?」 「ずっと・・・気になってたんだよ」 「なに?」 「お前のこと・・気になって・・・」 「・・・え?」 言いにくそうにするともちゃんに、オレはドキンと胸が鳴る。 絡まない視線と言いにくそうなその表情に、 どうしたって都合よく、 いままで過ごした2週間にあったかもしれない「そういう要素」を 探し出そうと思いを巡らせた。 もしかしたらともちゃん・・・ 「お前がソファで寝てるの、ずーーーーーっと気になってて」 「・・・・・へ?」 「お前だってちゃんと休まなきゃヤベーだろ。 いくら若いっていったって働いてんだし 家事も全部やってんだし、 こんなとこでこの先もずっと寝てるわけにいかねーだろ」 「・・・・・は?」 「それと服。服もずーーーっと気になってて。 料理してるときお前、エプロン付けないだろ? この家にエプロンなんてねーからな。 でもほら、やっぱ油とか跳ねんだろ? それもずーーーっと気になってたんだよ」 あまりに呆気にとられてリアクションが取れない。 何を言い出すのかと思ったら、それはあまりにも予想外なこと。 オレの思考からは遠く離れたソトノセカイの物の見方だった。 この人は・・・ ーー気持ち悪い?ーー ーーはぁ?なんで?ーー きっと・・・ともちゃんは・・・ ーーフリーターねーー ーーあ、バカにしたーー ーーしてねーしーー このヒトはオレを、一人の人間としてみているのだ。 帰る場所のない、情けないヤツではなくて。 定職にもつかないでいる、だらしないフリーターではなくて。 男を好きになってしまう、普通ではない男としてではなくて。 ただ、一人の人間として、オレを見てくれているのだと思った。

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