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第20話 那津

「オレなら大丈夫だよ」 実際、ソファで寝ることはまったく大丈夫だった。 実家のベッドで寝るよりも、よほど心地が良い。 「いや。このままってのは良くない。 なにより俺が気になっていられねぇ」 ともちゃんはまだ、オレを見ない。 そして、オレはともちゃんをじっと見つめた。 ともちゃんに出て行くよう言われたなら出て行こうと、 それだけは決めていた。 というか、いまだって決めたままだ。 でも・・・ 「じゃあともちゃんのベッドで寝させて」 ともちゃんがようやくオレを見る。 あの低い声でふざけんなって怒られるのかと思いきや、 ともちゃんは黙ったまま、その表情はなんというか、 ちょうどいい答えが見つからないって顔だった。 「それしかないでしょ?」 だからここぞとばかりに言葉を続けた。 だって、ともちゃんはオレに出て行けと言わなかった。 確かにいつかは出て行くのだろう。 ともちゃんに彼女が出来たり、オレに都合よく彼氏ができたりしたなら。 けれどもまだ、ともちゃんは出て行けとは言っていないのだ。 それならば。 「ともちゃんのベッドは大きいからへーきでしょ」 笑顔で言うオレに、ともちゃんはまだ黙ったままだ。 でももうこれは、答えが出ているのと同じだった。 だからオレは笑顔のままで、 ビール持ってくるねと言ってキッチンへ向かった。 ーーー・・・ 実際、ともちゃんトコのベッドは広い。 たぶんキングサイズってやつだ。 そのでかいベッドの上に、今日、オレは初めて寝っ転がった。 「・・・」 暗闇の中、天井を見上げてた視線を顔ごと横に移すと、 少し先にともちゃんの艶のある黒い髪が見えている。 手を伸ばせば届く距離。 パジャマ姿のともちゃんが・・・ でっかいイビキをかいて・・・寝てる。 「あはっ うるせー・・・」 あれからともちゃんはずいぶん飲んで、 付き合ったオレもけっこう飲んだ。 そうして、なぜだか肩を組みながら二人でこの部屋に入ると、 ともちゃんは寝相が悪いから壁側がいいと、 まるで独りでしゃべっているみたいに こちらを見ずに言って先にベッドに入ると、 けれども、那津はこっちなって言いながら、 シーツをポンポンしてオレのスペースを作ってくれた。 ドキドキしながらベッドに横たわると、 無意識に深く息を吸って息を吐いた。 照明を暗くするとともちゃんは 壁を向いた状態で「おやすみ」と言うから、 オレはともちゃんの黒い髪に向かって「おやすみなさい」と言った。 そうして5分後、 ともちゃんはでっかいイビキをかき出した。 あまりに豪快すぎて、わらけてくる。 オレだってけっこう飲んだのに、 なんだか意識ははっきりしていた。 それはともちゃんのイビキのせいかもしれないし、 たぶん人生で初めて、 そういう目的なしで、男とベッドを共にしているからかもしれない。 なんとなく眺めていた、目の前の艶のあるその髪に手を伸ばそうとして ・・・やめた。 気づけば2週間以上、オレは誰ともエッチをしていない。 これはけっこう稀なことだ。 「なんかヤバいな」 ノンケを好きになるのは大バカだってことくらい、 さすがにオレもわかってる。 でも、オレのことをそういう意味ではまったく意識してないともちゃんに、 いまのオレは明らかに残念だなと思ってる。 でもどこか、 このヒトとはそうなりたくない気もしてる。 だって・・・ ーー別れようかーー ーーわかったーー そういう関係にならなかったら、 少なくとも「別れる」って言葉が出てくる関係には、 ならなくて済むんだから。 ともちゃんは居心地がいい。 たぶん距離間がちょうどいいんだと思う。 だから、このままが一番いい。 そばにいて、けれど、触れない距離。 「・・はぁ~・・オレも寝よ」 いろいろ考えたって意味ないし。 というより、すでに答えは出ているのだし。 ソファのときのほうが明らかに騒音は少なかったなと思いながらも、 ともちゃんの遠慮ないイビキに どこか心地よさも感じながら目を閉じれば、 あっという間に暗闇に堕ちていった。

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