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第21話 那津

出来るだけ音を立てないよう気をつけながらベッドを出ると、 トイレに行き、顔を洗って、リビングのカーテンを開ける。 起きた時間が何時でも、 起きてから部屋のカーテンを開けるっていう、 その一連の流れがなんだか好き。 開けた先が晴でも雨でも明るくても暗くても、 そこには清々しさが必ずあるから。 昨日まで寝ていたソファがさりげなく視界に入って、 なぜだかオレは笑顔になる。 まるでひとつの卒業って感じ。 昨日は飲みすぎていて、頭が重くて喉も渇いているけれど、 明らかにどこか浮かれているのだった。 ーーー・・・ 「おはよ」 「はよ・・」 ぼさぼさ頭のパジャマ姿で現れたともちゃんに、 いつものようにキッチンから声をかける。 「あ~頭いてぇ」 ソファに座るともちゃんに、 いつものようにグラスに水を注いで持っていく。 「ありがと」 二人のいる空間に流れる空気がどこかぎこちないことを、 きっと二人してわかりながら、 けれども二人ともそれには触れない。 こういう空気は久しぶりだ。 ドキドキとソワソワが混ざった、 けれど決して息苦しくはない特別な緊張感。 恋人でもないのにこんな妙な感じになるなんて、 もしかしてはじめての経験かもしれない。 その空気に耐えられなくなったのか、 なぜかオレは意味もなくへへっと笑った。 「うどん作ったけど食べる?」 「ああ」 今日はともちゃんは休みでオレも休み。 ここに居着く前のオレは起きた時間が起きる時間で、 仕事のない日はほとんど、 朝か昼か夕方か、 何時に起きてるのかわからないような生活スタイルだった。 でも、ともちゃんの朝ご飯をつくる日課が出来て、 この2週間は必然的に、 オレはともちゃんより少し前の、ほとんど同じ時間に起きるようになった。 「お前、今日仕事休みだろ」 「うん」 飲みすぎた翌朝だからっていう理由で、 うどんは少し柔らかめにゆでた。 大根おろしと梅干を添えたのは、 二日酔いに良いって昔、カズに教わったからだ。 「なんか予定あんの?」 「ん~・・掃除と洗濯と買い出しかな」 ウインクしながら言えば、 ともちゃんはなぜか眉間にしわを寄せた。 「買い出しってどこ?スーパー?」 「そ。ともちゃん今日、なに食べたい?」 「あ~・・なんだろ」 目の前のともちゃんがうどんを見つめてそう言って、 オレは自分に苦笑する。 「うどん食いながら、次になにを食べるか考えるのはむずいよね」 「だな」 休みの朝に笑いながら、 こういう会話ができるのってなんかすごく良いなと思う。 それはオレがあまりよく知らない「家庭」って感じがする。 「あのさ、俺も今日、買いたいものあって・・一緒に行かね?」 どこか言いにくそうに、ともちゃんは言った。 「え?一緒に?ついてって良いの?」 一緒に買い物って聞いてどこか心がウキっとする。 「行く行く!ってかなに買うの?」 「あ~・・・だから・・」 昨日から、困った表情のともちゃんがよく現れる。 「お前のエプロン」 「え?」 ともちゃんはほっぺをぽりっとしながらこっちを見た。 「エプロン。あったほうがいいだろ」 えぷろん・・・えぷろんとはあの、エプロンだろう。 それはきっと、えっちな意味で使うのではなく、 料理をするためのエプロンという意味だろう。 「うん。あったほうがいい」 産まれてこの方、エプロンなど使ったことなどなかったけれど、 オレは迷わずそう言った。 「だろ?一人じゃわかんねーし」 「レースのついたフリフリのでいいよ」 「は?」 「ともちゃん、そういうの好き?」 「バカが」 するとともちゃんは、初めて会った日によく見た表情をする。 「嬉しいな」 オレの内側に、なにかがホワリと現れた。 それはカタチを持たないナニカだ。 「スーパーはそのあと一緒に行こう」 「え?ほんと!?じゃあ行きたいスーパーあんだけど。 そこ安いんだけど、一人だとどうしても量持てないからさ~」 「ん?じゃあ車出すか?」 「へ?ともちゃん車持ってんの?」 「休日にしか使わないけどな」 出会って2週間。 少しはともちゃんを知ってるつもりだったけど、 当然、知らないともちゃんがまだまだいる。 「じゃあ急いで掃除洗濯しちゃう~」 オレは嬉しくて、急いでうどんをかきこんだ。

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