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第25話 友哉
黒と紺のエプロンを指さして、
「どっちの色がいいと思う?」
と那津が言う。
「あ?なんだっていいよ」
本当になんでもいいと思って、そのまんまを言った。
「え~なにそれ。ひどい」
人生でもう何度目かになる那津のふくれっ面を横目で見つめて、
俺はいったい、なにをしてるんだと思う。
ヤロー二人で買い物に来るなんてこと、
いままでにだっていくらでも経験はある。
それがゲーセンだけじゃなく、
ショッピングモールだったりすることだってあったはずだ。
それなのに・・・
「ともちゃんもちゃんと見てよ~」
やはり、エプロンというアイテムがいけないのだろうか。
レースの云々を言われたことを思い出すと、
勝手に脳内にひらひらのソレを身に着けた那津の絵面が浮かんでしまって
また、
ひとりため息をつくのだった。
「もう。ともちゃんが買ってくれるって言ったんじゃん」
まったくその通りだ。
「楽しみにしてきたのに~」
那津はなにも悪くない。
いまの自分の態度は、
なんというか得体のしれない自分のナカのなにかに反応して、
その苛立ちを独りではどうにも処理できずに、
外側の世界のせいにしようとしている、
大人げないそれと同じだった。
「悪かった。どれ?」
ようやく那津を真っすぐ見る。
すると、那津はフフッと笑った。
「コレとコレ。どっちがいいかな」
「ぶっちゃけ黒も紺も大して変わらねぇが」
「オレに似合いそうなのは?」
どちらも似合いそうだと思ったが、
「紺かな」
なんとなく、トーンの明るい色を指した。
「じゃあこっちとこっちは?」
ようやく決めたと思ったら、今度はまた、紺色のエプロンが出てきた。
・・・正直、どっちがどうとか違いがわからねぇ・・・
大して変わり映えのしないその二つに、どう返答したらいいか迷う。
「どこが違うの?」
「ぽっけの場所」
・・・それの。いったいなにがどう重要なんだろうか?・・・
本気でわからなくて、けれどもその両方を見つめた。
「もうどっちも買えば?」
「え?」
しょうしょう投げやりに、けれども、
本当にどちらも気に入っているのなら、どちらも買ったらいいと思った。
「どっちも似合ってるし」
「ん~・・・でも3つもいる?」
「一つは予備ってことでいいんじゃね?」
「そうかな」
遠慮がちに、でもどこか嬉しそうにしてる那津にホッとする。
「ああ。まとめて買ってやる」
「え~全部買ってくれんの?」
「いいよ」
ようやく、二人とも納得できる答えにたどり着けたと思った。
結局、三つ目のエプロンは、那津は同じ形のベージュを選んだ。
それはそれで、やはり那津に似合っていると思った。
さっきの店員が待つレジにそれらのエプロンを持っていけば、
その女の店員はやっぱりさっきと同じようににっこり笑った。
「すみませんでした。お願いします」
「ありがとうございます」
チラリと左斜め後ろを振り返ると、そこにも笑顔の那津がいる。
「どうしたの?」
「いや。なんでもねぇ」
こうして、
ようやく深緑と紺とベージュのエプロンは無事、
那津の手元にやって来ることとなった。
「あ~嬉しいなぁ」
犬の耳がピコピコしている。
まるでスキップの手前のような浮足立った歩き方に、
横で歩く俺は苦笑した。
「お前ってわかりやすいな」
「褒めてくれてありがと」
「褒めてるのか?」
「違うの?」
なぜだろう。
家にいる時も感じているが、
コイツといるとなぜだか俺は笑ってる。
それは自然と。
ただ見ているだけで。
無理したり、不自然な感じではなくて。
「ねぇ今日なに食べたい?オレがんばっちゃう~」
この年齢で、銀行勤めなんてカタい仕事をしていたら、
那津のようなタイプの人間とは
あまり関わり合いになることは少ない。
俺より10歳近くも年下の、
男を好きな・・・男。
男同士のアレコレを
実際に経験したことはなくてもいまのご時世、
多少の知識はあると思う。
タチとかネコとかバリなんて言葉や、
その意味くらいは。
・・・那津は。
コイツは・・・
いったいどっち側なのだろうか・・・などと。
「焼き肉は?」
「へ?」
「ぁはっ・・なに?変な声」
確かに変な声が出て那津が笑う。
「今日は焼き肉にしよ。オレ払うよ」
「食費は折半でいい」
「でもエプロン買ってもらっちゃったし」
「それはいいんだよ。俺が買いたかったんだから」
「じゃあ家賃は?」
「それもいい。いままでも一人で払ってたんだし、
お前は家事全般やってくれてんだし」
気づけば。
「じゃあ食費と生活費は半分こね」
「ああ」
これから先も、
那津とあの家で二人で住むための金の話しを、自然としていた。
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