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第26話 友哉

日常的にスーパーには行く。 ただ、俺の行く場所はほとんどの場合、酒売り場と惣菜コーナーだ。 「ねぇケーキ買っていい?」 「食いたいの?」 「エプロン記念日だから」 「なんだそれ」 カートを押しながら、 那津は野菜のなにかを見てそのうちの一つを選ぶとかごに入れ、 魚のなにかを見て、かごに入れるものをどれにするかを選んでる。 正直、野菜も魚も、那津がなにを基準に選んでいるのか ・・・世間はなにを基準にしてるのか・・・ 見ていても全くわからない。 俺よりずっと若いのに こういうことを自然と、まったく当然のような顔をしてやれるのだから、 単純に尊敬する。 「オレ甘いのけっこう好きなの」 「それは知ってるよ」 チョコレートケーキだろと付け足した。 記憶力は悪い方ではないのだ。 「ともちゃんは?」 「まぁ、あれば食うよ」 「ケーキなにが一番好き?」 コイツとするたわいもない会話は楽しい。 なにを話していてもなぜか笑っている。 それは那津もだ、たぶん。 「ともちゃんコレ好きだよね」 「え?ああ」 「あとはともちゃんの好きなカクテキと・・・」 たった2週間の付き合いの中で、 那津は俺の好きなモノを当たり前みたいに知っていて ・・・それはたとえば、キムチよりカクテキが好きな事とか・・・ それに少しだけ驚いた。 そうして那津の横顔を見ていて 「明日は唐揚げにしよーぜ」 言葉が先に出ていた。 自分も那津の好きなモノを知っていたことに、 なぜだかひどく誇らしく思った。 「え?いいの?もしかしてオレの好物だから?」 少し間があって 「まぁ、お前が作るんだけどな」 那津の質問に俺は直接的な返事をしなかったが、 それでもきっと、那津には自分の気持ちが伝わったと感じた。 ーーー・・・ 「どうかな」 「まぁ・・似合うんじゃね」 エプロンに対して、というか、エプロンをつけたヤローについて、 どうかなと聞かれたのははじめてで、 いったいどう返事をしたらいいかがわからない。 けれどもまぁ、当たり障りのない言葉で、 決してウソではないことを伝える。 エプロンを買い、食料を調達したあと、 結局は帰りも俺の運転で帰ってくると、 那津はさっそくその袋からエプロンを3つ取り出した。 昼食を外で食べようかとも思ったが、 那津が冷凍商品を買ってしまったし、早くエプロンを着けたいというから、 昼食も家で二人で食べることにした。 那津は帰る早々、 嬉しそうに3つのエプロンを並べて眺めて少し悩んで、 紺色の、それを選んで身に着けると、 わざわざ俺に見せに来て、くるくると回る。 「オレ、たぶんエプロンなんて初めて付けた」 「俺はエプロンつけてクルクルする男を初めて見てるよ」 まったく、天を仰ぐ。 まぁでも。 わかりやすく、那津の頭の上に音符が飛んでるのが見えて、 それは決してイヤな気分ではない。 「エプロン使わねぇの?」 「男なんてそんなもんでしょ」 思えば過去、実家でもこの家のキッチンでも、 エプロンをしていたのは女性だったことをいまさら思い出す。 「フリフリじゃなくてちょっと残念?」 「お前まだそれ言うか」 もう睨む気にもなれなくて、どうでもよくあしらった。 「お昼、チャーハンでもいい?」 「ああ」 ソファにかけようとしてなんとなく、 キッチンが見えるダイニングテーブルに腰かけた。 パソコンを開くとときおり、 オープンキッチンから見える、料理をする那津が視界に入る。 見慣れたそのキッチンに誰かが、 自分のために料理をしているという状態はもう随分となかったし、 これから先も、 そうそうあり得ることとは思っていなかった。 「焼き肉って野菜切るだけでちょー簡単だから、先にちょっと飲んじゃう?」 「え?」 気づけばチャーハンを作り終えたらしい那津は言いながら、 冷蔵庫からビールを取り出してニコニコしてる。 それはやっぱりどこかイヌにも見えて・・・ 「昨日も飲んじゃってるから今日はやめとく?」 やっぱりイヌなんかじゃない。 「いや・・飲むか」 昼間っから飲むなんてまったく珍しい。 でもまぁ、たまにはいいだろう。 だって、独りではないのだから。

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