30 / 98

第30話 友哉

ーーー・・・ 「おはよ、ともちゃん」 「はよ」 いつものようにリビングのドアを開ければ、 そこにはやっぱりいつものように、珈琲を淹れてくれる那津がいる。 今日は深緑色のエプロンをしていた。 気づけばあっという間に月日は流れて、 二人で那津のエプロンを買いに行ってから、もう1か月以上がたっている。 いただきますと言って手を合わせると、 まずは味噌汁に箸をつける。 今日は焼鮭と、俺の好きな黄色に輝く卵焼きが並んでいた。 二人一緒に食べる朝食はもう何度目だろう。 記憶にある限り那津がここに来てからというもの、 この部屋でするときは一度だって一人で食事をしていない。 「今日はともちゃん、遅いんだよね?」 「ああ。でもなるべく早く帰る」 「ん、わかった」 独りでする食事は決して悪いモノじゃない。 けれど、 一緒に居て楽な、気負わずに済む他人とする食事は、 どこか楽しいモノだと那津が俺に教えた。 毎日の朝と夜、休日に至っては昼食ですら、 那津と一緒に、 那津が作ってくれた料理を食べることが当たり前になって、 いつからか平日は可能な限り早々に仕事を切り上げて、 この部屋に戻ってきている自分に気づいてる。 「待ってなくていいぞ」 「うん。わかった」 と言いながら。 きっと那津は待っている。 いつも必ずニコリと笑ってわかったと言うくせに、 コイツは先に夕飯を食べていたことは、いままで一度だってないのだ。 それは本当にいつだって、あの日俺が買ったエプロンを付けた那津は、 あの笑顔でこの部屋にいて、おかえりと言って俺を出迎える。 用意した飯を食べずに俺を待っている。 そうして、そこで先に風呂にするかを聞かれて、 ほとんどだいたいの場合、俺は先に風呂に入るのだ。 だから。 きっと俺は今日も早めに仕事を切り上げて、 この部屋に戻ってくるだろう。 何気なく那津を目で追うと視線が合った。 「ん?」 「・・・いや」 誰かと時間を共に過ごせるって悪くもないのかもしれないなんて。 そんなことを感じてる自分に驚いた。 ーーー・・・ 腕時計を見る。 時計の針がさすのは、夜が更けるにはまだ早い時間だった。 ひとり見慣れたソファに座ってなんとなく、自分の部屋を見回した。 昼に那津からメッセージが入ってた。 『ともちゃんごめん、今日オレ飲み会だった。 なるべく早く帰るけど、夕飯、なんとか出来そう?』 メッセージを受け取ったときは、確かに珍しいなとは思ったものの、 さほど驚くこともなく、 ただ『大丈夫だから楽しんで来い』とだけ打った。 そのときの本心だった。 ・・・はずなのだが。 真っ暗な部屋に帰ってきてようやく、 この部屋に那津がいないということがどういうことなのかを知った。 久しぶりに自分でこの部屋の電気をつけた気がする。 明かりの点いていない自分の部屋は大げさでなく、 なんだかとても冷たかった。 ーーおかえりともちゃんーー 座ったままで、無意識にふぅっと息を吐いた。 那津はいつ、帰ってくるだろうか。 夕飯はどうしようか。 那津が現れる前の俺は、いったいこの時間をどう過ごしていたんだろうか。 なんだか動く気になれなくて、 背広を着たまま、しばらくぼぅっとしていた。

ともだちにシェアしよう!