34 / 98

第34話 那津

オレがカズたちと飲みに行ったあの日からあっという間に月日は流れて、 もう1か月以上がたっている。 季節はどんどこ過ぎて、オレはもう半そでを着ているし、 ともちゃんがくれたあの薄手のコートは ずっとクローゼットにしまったままになった。 いつものようにともちゃんを見送った後、 すぐに掃除をする気になれなくて、 ソファに寝っ転がって天井を見上げると、 そこにはぼさぼさ頭の今朝のともちゃんが浮かぶ。 そうしてそれは、オレの作ったご飯を食べるともちゃんや スーツ姿のともちゃんなんかも次々と浮かんでしまって、 本当はもうどのともちゃんにもドキドキしちゃってたまらない。 ともちゃんを好きだって完ぺきに自覚してしまって、 あれから何度も・・頭ん中にともちゃんを描きながら、 風呂場でイカガワシイ行為にふけってる毎日を過ごしてる。 想像の中のともちゃんは、 ときに優しく、ときに激しく、 あの顔であの声で、あの指なんかでオレを触る。 けれどもそんなことくらいで 「好き」って気持ちはどうにか治まったりしない。 治まらないならせめて、 近くにいられるだけでいいと思えたらよかったんだけど、 実際、そんな風にも思えない日々が過ぎている。 どうにかしたいと思えば思うほど、 どうにかしたい方向とは真逆の方向へ 気持ちが大きくなってしまっていってしまうのだ。 いまでは・・・ 「はぁ・・・」 ともちゃんの前で、上手く笑えなくなってしまった。 普通にしていたいと思えば思うほど、 普通がわからなくなっていくのだ。 風呂場で毎晩のように ともちゃんを思い浮かべて手のひらを動かしてることを 全く知らないともちゃんは、 いまも毎日、オレの作る料理をおいしそうに食べる。 そういうともちゃんを見て、幸せだなって思う。 それだけでいいじゃんて思いたいって思う。 けれど実際はそうは思えない。 日々、募っていくのは、好きって気持ちと妙な罪悪感。 だってそもそもオレみたいなのとは違う世界で生きてるともちゃんを、 内緒でそんなことばかりしてるんだもの。 机の上の携帯に視線を移すと、起き上がって画面をタップした。 そこには寝てるともちゃんの顔。 いつか、ともちゃんが卵を真っ黒のモトタマゴにしたあの日。 初めてみた、ソファで眠るともちゃんを思わず隠し撮りしたその写真。 それ以外にも、たとえば運転するともちゃんや、 この部屋でビールを飲んでるともちゃんもいる。 けれど、オレの一番のお気に入りのともちゃんは、 この、ソファで眠ってしまってる、ボサボサ頭のともちゃんだ。 「マジでしんどい」 それは好きでいることではなく、好きって気持ちを隠すことが。 本当のことを隠さなければならない辛さは、もう知っていた。 自分が男を好きになる男だとわかったとき、 オレはしばらく、誰にも言えなかったから。 あのしんどさは、たった一度で十分だったのに。 そしてここ最近のオレはあまりにしんどくて、 もうここから逃げ出したいってずっと思ってる。 受け入れてなんてもらえないことが哀しいってのはもちろんあるけど、 それよりももう、 自分が何でもないって顔して笑うのとかがキツいのだ。 せめて自分が女だったらよかった。 そしたらちゃんと振られることだってできただろうから。 オレの場合は振られることすら出来ない。 相手におしまいを言ってもらえない。 気持ちを伝えるなんて無意味なことは、できるわけがないのだ。 だから出ていこうかな・・・なんて思う。 行く当てなんてどこもないけど、それでも思う。 そうして今度は頭ん中に実家の風景が浮かぶとまた、 違う種類のため息をついた。 「・・・やめよ」 ソファの上で落ち込みだした自分はムクリと起き上がると、 何も考えずに掃除をはじめた。 今日はバイトはないから、時間はやたらとある。 いつもならしないような細かい場所までわざわざモノを動かして、 隅々まで磨いて拭いた。 リビングとキッチンはもちろん、トイレもバスルームも掃除をした。 時間をかけて丁寧に磨き続けるだけで、 なんだか自分の気持ちが落ち着く気がする。 ひと段落ついて時計を見ればもうお昼を過ぎていて・・・ 「はぁ・・さすがに疲れた」 言いながらもなんだか気分は少し、軽くなった気がした。

ともだちにシェアしよう!