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第36話 那津
「はぁ・・・」
涙が止まるころにはカップの珈琲は冷めてしまっていて、
見た目にも美味しくなさそうに映る。
ズズっと鼻をすすりながら携帯を取り出した。
『はーい。もしも~し』
もう全部をわかってるって声でカズが出た。
「もしもし。オレ」
だから涙声とわかっていて返事をする。
『わかりやすいなぁ~』
呆れる声に、カズの表情まで勝手にわかる。
「もうダメでした」
オレはいつでもカズには素直だ。
だって、隠したところですべてバレるから。
小さくて可愛らしい瞳は、いつも真っすぐ、
なんだかオレの中身まで見透かすのだ。
親友ってすごい。
『でしょうね。でも随分もったほうじゃない?』
「そうかな」
『そんなイイ男と一緒に住むなんて、ホントにアホだもん』
もう何かを言い返す気にはなれなくて、小さく息を吐くと思わず黙った。
『今日、休み?』
すると、カズの方が声をかけてくれる。
「ん」
『じゃあ今から出てきなよ』
この男はめったに自分からは誘わない。
基本、受け身で、それはオレととても似ている。
『めずらしく奢ってあげるから』
「行く」
即答する。
だって、カズが奢るなんて本当に珍しいのだ。
カズは清々しいほど鮮明に笑うから、
オレもふふっとつられて笑った。
『待ってるね』
「ん」
短い会話だけで充分救われた。
男を好きになる男だとわかって、カズに出会うまでを思えば、
いまはこうして話せる相手がいるだけでも、
自分は幸せなんだろうなと思う。
だからカズとだけは、そういう仲になりたくはない。
幸い、お互いネコで本当に良かったと思ってる。
ーーー・・・
「で?どうすんの?」
カズのおごりで、ランチは予定外にハンバーグになった。
「出てく」
「で?どこ行くの?」
チュウ~っとアイスコーヒーを飲みながらカズが言った。
「わかんない」
気分は沈んでいても、ハンバーグはちゃんと美味しい味がする。
「少しの間ならなんとかなるけど」
「ん。ありがと」
いつもそう言ってくれるカズに、お礼を言う。
「って言ってもなぜかあなたはぜーったいに来ないよね~」
あのお店で知り合った同い年のカズは、
知り合った当初からずっと店長と・・・恋人と・・・一緒に住んでいる。
店長とも仲良くさせてもらっているのだから、
まぁ、たまに泊まりに行くくらい、あってもいいのかもしれないけど、
なんとなく二人の住む場所に転がり込むってことはしたくなくて、
いままで一度も、置いてほしいと頼んだことはなかった。
「また知らない男に付いてくつもり?」
もう若くないよと言って、オレを見る。
「オレだって出来ればしたくないよ」
すると、カズは本気で驚いたって顔をした。
「へぇ。そんなこと言うの初めてじゃん」
「・・・うるさい」
だって今回はいつもと違うのだ。
ともちゃんを好きになっちゃって出て行かなきゃいけなくなったのだから。
「実家、行きたくないなぁ・・」
でも実際、帰れる場所はそこしかない。
「実家なのに帰るじゃなくて行くってトコに、
本気でイヤなんだろうなぁって気持ちが溢れてるよね~ 」
こういうとき、このヒトはホントに楽しそうに笑う。
おまけに笑われて、それなのにムカつかないから厄介だ。
「いつ出てくつもり?」
「すぐにでも」
「あはっ、末期だね~」
また、カズは遠慮なく笑う。
「・・・気づかなかったけどね」
けれど、カズの言う通りだった。
突然、あんな風に涙が出てきちゃったらもう認めざるを得ない。
降参。
オレはもう末期なんだってわかるしかないのだ。
「でもまだご飯食べれるからへーき」
変に強がれば、カズはさらに大きな声で笑った。
「なんて言って出るつもり?」
思わずため息を吐く。
「今日はずいぶん質問すんね」
「だって~おもしろいじゃん」
にっこり笑いながら覗き込むその顔がめちゃくちゃ可愛いくて、
さすがにムカつく。
「他人事だと思って」
「他人事だも~ん」
・・・と言いながら、
こうやって付き合ってくれてることに感謝はしてる。
いつも、なんだかんだ話を聞いてくれるのはカズだ。
「まぁ、ホントにやばいならウチおいで」
「ありがと」
きっと。
それでもやっぱり、
カズのとこには行かないだろうなとわかりつつ、お礼だけ言う。
ともちゃんになんて言おうかと考えるとまた、気分は落ちた。
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