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第38話 友哉

携帯を弄る。 那津にメッセージしようか悩む。 といっても、 いったいなにをどうメッセージすればいいかはわからない。 ただ、気づいているくせに、 このまま何もしないでいるっていうことにそろそろ限界だってだけだ。 「どうすっかな・・・」 那津が笑顔でいられない理由。 もし、それをわかっていなければここまで悩まないかもしれない。 ・・・あの日。 那津と暮らし始めてはじめて那津より先に家に帰った日。 久しぶりに自分でリビングの電気をつけると、 見慣れたその部屋はなぜだかひどく広く感じて驚いた。 視線がなんとなくキッチンに向いて、 次には椅子に掛けられた那津のエプロンを見つめた。 ネクタイを外しながら、 いま目の前にいない那津の存在のでかさを あまりにありありと感じてしまって、 それは俺をどこか不安にさせる。 自分の部屋なのになんだかそわそわしてしまうと、 独りで部屋に居たくなくて外に出た。 ぶっちゃけ、そんなことは初めてで自分でもけっこう動揺した。 独りだけの心地よさはいつの間にか、 俺の気づかないところで アイツがいないという孤独に変換されてしまっていたのだ。 そしてなんだかその事実には気づいてはいけなかったことのような気がして、 食べることよりグラスの液体が減るペースの方が速かった。 グラスの中の透明な氷の表面を、 うっすらとろみのある液体が揺れているのを眺める。 独りのほうがずっと気楽で、 誰かと暮らすなんて絶対に無理だろうと思っていた。 実際、過去はそうだったのだ。 だからこんな自分は知らない。 こんなの初めてなのだ。 那津の不在がもたらす虚しさに襲われて、 らしくない自分が居心地悪くて困惑する。 琥珀色した液体をコクリと飲む。 アツいのど越しに、一時的にすべてを忘れるのだが、 俺はどうしたって考えてしまう。 ・・・もし。 もしも。 もしも那津が女だったら・・・なんてことを。 こんなときに、 エプロンを着けてくるくる回ってたアイツを思い出してしまって、 考えてはいけないと思えば思うほど、 どうしたって アイツが女性だったらどうなるのだろうかと思ってしまう。 「どうなるって・・・どういう意味だよ」 自分で自分がわからない。 そうして、そんなことを考えてること自体に恐怖を覚える。 どうにか考えまいとしてまた、グラスの液体を一気に飲みほした。 自分の中の明らかな変化。 感じてしまっていることに気づいてはいても、 その受け止め方がわからない。 すきっ腹に強い酒をハイペースで飲んでしまって、 少しの罪悪感を抱えながら帰宅すると、 そこにはまだ、那津の姿が見えない。 今度は那津が帰って来てないことに、どこかホッと安堵していた。 飲んでも当然、なにかがすっきりするわけもなくて、 なんとなく手持ち無沙汰の俺はそのままシャワーを浴びた。 アツいシャワーを浴びながら、 那津が帰ってきたらいつものように接しようと決める。 出来るかできないかまでは考えられなかったが・・・ ーーともちゃ・・・ーー どくん・・・と。 俺の内側のどこかが大きな音を立てて、 俺は慌ててリビングのドアを閉めた。 けれども出来るだけそっと。 焦ってはいたがとにかく、 気づかれてはいけないといち早く、俺の本能が判断したのだった。 ドクドクと俺の全身が反応してる。 たったいま、目の前に会った光景を勝手に頭ん中だけでリフレインする。 いま、間違いなく那津がいた。 ソファの上で、もぞもぞっと腰を動かしながら。 それはどこか切なそうに俺の名前を呼んでる・・・那津がいたのだった。

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