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第39話 友哉

頭が真っ白になる。 わかるのは全身、急にカァっとアツくなって、 ドクドクと脈打つ鼓動を全身で感じてるってことくらいだ。 どうしたらいいかわからずに慌てて寝室へ入ると、 暗い部屋の中、 いまだ鳴りやまないその音だけが俺の全世界を包んだ。 あれは・・・なんだ? なんだった??? 相変わらずバクバクしながら、 そうであって欲しい答えを探そうと必死になる。 那津がそこで何をしてたのかはわからないということ。 思わず隠れるように視線をそらしたから、 ほとんど見てはいないということ。 ・・・けれど。 ーーともちゃ・・・ーー ゴクリ・・と、カラカラの喉が鳴る。 一瞬のその景色とその空気感。 そうして、那津の吐息と声色が、 ソウイウコトを想像するにはいたって容易く、 そうして、絶対にそうだという確信すらも持って、すべてを理解してしまう。 なんでもないかもしれないと思おうとする。 そういう・・・そういうことじゃないかもしれない。 だってよくは見えなかった。 ほとんど見えなかった。 それなのに・・・ ーーともちゃ・・・ーー 那津は間違いなく俺の名前を呼んでいた。 初めて聞く声色で。 明らかに水っぽいナニカを含んだ独特な、特別な感情を乗せたそのオトで。 人はどうして時おり、 見えないなにかが見えてしまうのだろうか。 それもほとんどの場合、 見てはいけないモノの場合が多いのだ。 「はぁ・・・」 ようやく息を吐いた気がした。 でもだからって決めつけは良くないなどと、いまだに思った。 なぜならその姿はよく見えなかった。 だから無視すればいいのかもしれない。 ソウイウコトにしなければいいのかもしれない。 なかったことにすればいいのかもしれない。 けれども明らかに、 見てはいけないモノを見てしまったという わかりやすい気まずさを感じている自分のカンカクに、 きっともうそれが答えだってわかってる。 わかってしまう。 俺のどこかにある見たことのない本能ってヤツが、 あれはソウイウコトダと言っているのだ。 「っ・・」 するとドア越しに、 ガチャリとリビングのドアが開く音がして思わず身構えた。 けれどもその足音はこの部屋を通り過ぎていく。 「はぁ・・・」 シャワーを浴びたばかりだというのに妙な汗をかき、 いままで味わったことのない何とも言えない気分を感じる。 ゴクリと喉が鳴る。 といっても、いまだ喉はカラカラだった。 アイツが悪いわけじゃない。 そんなことはわかってる。 でももしアイツがそういう意味で俺を想うなら、 出て行ってもらうしかない。 だって、オレはその想いに報えない。 だからそれだけのことのハズなんだ・・・ 「・・・寝よ」 ぐるぐるする。 よく考えたらろくに食べずに飲んでばかりいた。 突然、アルコールが全身に回ったような気がして、 というか、なんならそうであってほしくてベッドに向かう。 もう寝よう。 寝てしまおう。 きっと、いまできる最良がそれなんだと言い聞かせて、 ぐるぐるした頭を抱えながらベッドにもぐった。 ・・・そうして数分後。 「ウソだろ・・・」 気づけば布団をかぶりながら白い壁に向かってそう言ってた。 すきっ腹にあれだけ飲んで、 いつもの俺ならものの数秒で絶対に寝れるはずなのに。 なぜか寝れない。 どうしても寝れない。 むしろ目はパッチリあいて、 意識がはっきりしてきた気すらする。 おまけになんだか無性に・・・俺は那津の顔が見たかった。 「はぁ・・・」 ムクリと起き上がるとまた無意識にため息が出る。 俺は一体なにをしてんだろうって想いが頭をよぎる。 首元をポリポリっと掻いて、 目にかかる前髪を流して、 そのまま無心で寝室を出た。 足が勝手に動いてるってそんな気分だ。 リビングのドアを開けると真っすぐキッチンへ向かう。 すべては俺の意思ではない、 なにかによって動かされてるみたいな気分だった。 キッチンに、どちらかというと華奢なあの背中が見えれば・・・ 「おかえり」 言葉は勝手に出てきた。 その背中に向かって。 何も考えなくても。 その言葉が当たり前みたいに出てきてそう言っていた。 そしてその瞬間、俺はこの言葉を言いたかったのだとわかってしまった。 だって、俺はどう考えても、 その背中がソコにあることに、安堵していたから。 「ただいま。遅くなっちゃった」 くるりとこちらを振り返った那津に、初めて感じる知らない気持ち。 こういうの・・・こういう感じを、いったいなんて言うんだろう。 俺は知らなくて。 「ともちゃん晩御飯なに食べたの?」 ビール片手に笑う那津に。 その初めて味わう感情に。 いまだ、いったいどう扱っていいかわからずにいた。

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