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第40話 友哉

ーーー・・・ 結局、那津へのメッセージを打つことを止めて携帯を離すと、 ため息を誤魔化すようにしてそのまま背伸びをする。 今日。 那津はバイトが休みなのだと知っている。 けれど休みの日の那津がいったいどこで何をしてるのかを俺は知らない。 いつだって部屋に帰ればアイツがいたから、 それだけでよかったのだ。 いま、アイツはなにをしてんだろうとか、 どこで誰といるんだろうなんてこと、 考えたことはなかったし、考える必要もなかった。 けれどいまは少し違う。 アイツがちゃんと笑わなくなって、ぶっちゃけ、 那津だけが変わってしまったわけじゃないってことを俺もわかってる。 俺の名前を呼びながら腰を振ってた那津を見たあと、 キッチンで笑うアイツに抱いた何とも言えない気持ち。 はじめて感じたその言いようのないなにか。 この年で味わう、初めてのこと。 本当はわかっていたくせに、あれから1か月以上がたっても まるで何事もなかったかのように装ってるのは、俺も同じだということ。 それはつまり、アイツを追い出すなんて出来ないのは、 俺の方なのだという事実。 今朝の那津の笑顔が浮かぶ。 苦しそうだなと思うくせに、俺は何もしてやれていない。 アイツがちゃんと笑って欲しいという気持ちと、 そしていい加減、どうにかしなければならいのは結局、 実は自分の「気持ち」の方なのだということに、 気づきながらも見ないようにして今日まで来てしまった。 でもいい加減、腹を決めなくてはいけない。 なぜなら・・・ 今日もアイツがあの部屋で、 あのエプロンを着けて待っていてくれるとは限らないからだ。 ・・・もしかしたら出て行ってしまうかもしれない・・・ あんなに苦しい顔をしているのだ。 きっと、いま、あの家は・・・ 俺のそばにいることは、那津にとって苦しい場所になってしまっている。 定時で上がるとなぜか速足で家路を急ぐ。 早く帰ったところでなにがどうなるわけでもないのに なぜだかそうなる。 いまのところあの日以外はずっと帰れば部屋の明かりはついていて、 そこにはいつも、あのエプロンを付けた那津がいた。 そのたびにホッとする。 辛そうな那津を知ってるくせに安堵してしまう。 アイツがちゃんと笑って欲しいと思っているのは本心だ。 けれど、俺は自分の家に帰ったとき、 いつかアイツがいなくなっていたらどうしようと思うのだ。 苦しいのは那津の方だ。 帰る場所がないと言っていた、 アイツのほうが辛いに決まってる。 いろいろわかっているくせに、俺は何もしてやれていない。 何もしようとしていない。 ずっと直視することなく逃げていた。 心なしか速足でリビングへ向かって扉を開ける。 明かりがともった涼しい部屋には 「あ、おかえりともちゃん」 いつもの那津・・・を装う那津が、エプロンをつけてキッチンにいた。 「・・・ただいま」 正直、ホッとする。 何も解決できていないというのに、 ソコにいてくれたことに良かったと思ってしまう。 「暑かったでしょ?いまビール飲んじゃう?」 笑いながら言う那津に、 やっぱり俺はなんとも言えない気持ちになった。 どういったらいいのかわからない、 いままで味わってこなかった気持ち。 「ともちゃん?」 「っあ~・・・そうだな」 「缶のままでいい?」 「ん」 背広も脱がずに渡されたソレを開ける。 「乾杯~」 気づけば那津も一緒に缶を持っている。 ゴクゴクっと一気に三口ほど飲めば、 炭酸の冷たい液体が一瞬で汗をかいてる全身に回って、 自然と気持ちのいい開放感に浸った。 少しホッとして、那津としっかり目を合わせた。 「まだ出来ないから先、お風呂どーぞ」 「ん。ありがと」 後ろ髪をひかれつつも廊下に出てドアを閉めると、 ようやくそこでネクタイを緩めた。 もういい加減自覚はしている。 さっきキッチンでくり広げられてたあの景色が、 できるならこの先もずっと続けばいいと、俺は思っているのだった。

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