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第44話 那津
暗い部屋の中。
シーツに顔をこすりつけるようにしながら唇をキュッとした。
「ごめん」
すぐ後ろにいるのにどこか距離を感じるともちゃんの、
苦しそうなごめんを初めて聞いた。
泣き出してしまった自分が恥ずかしくて逃げ出したい気持ちと、
このままともちゃんのそばに居たい気持ちと。
なんだかぐるぐる・・・
頭ん中がバラバラで、オレはそのままベッドから動けない。
なんだかすべてを見透かされてたオレは、
ともちゃんの「試してみる」に驚きと困惑と、
それからなにより・・・期待を・・・した。
いろんな気持ちがぶわっとしちゃって、
正直、ドキドキもしちゃって迷いながらも抵抗なんてできなかった。
ぶっちゃけちょっと嬉しかった。
ちょっとでもオレにそういう意味で興味が沸いたなら、
それってちょっとは嬉しい。
きっと、ともちゃんにおかしなバグが起こっちゃったんだとわかっていても、
それでもやっぱり嬉しくなっちゃう。
「ごめん、那津」
ともちゃんの手のひらが頭を撫でて、オレは全身がキュンとする。
オレはまだ、ともちゃんに好きって言ってない。
そしてともちゃんも、オレに好きって言ったわけじゃない。
それなのにこんな風に二人してベッドに居ることを、
オレははじめて哀しいと思った。
こんな気持ちは初めてだ。
そして、哀しいのにオレはその手を振りほどけない。
ーー待ってーー
って言った。
ーー待ってよともちゃんーー
と言ったけど・・・
最初からやめては言えなかった。
ヤダとかやめてとか言えなかった。
だって、ともちゃんが相手なら。
ぶっちゃけ、身体からでもいいかもしんないとか。
もしかして、身体だけでもいいかもしんないとか。
そんなことが頭ん中をぐるぐるして、もうよくわからなくなってしまった。
もともと考えることは苦手なのだ。
でもさすがに・・・
「ごめん、那津」
ともちゃんに後ろからぎゅっとされて、
その低く響く声で耳元で名前を呼ばれたりしちゃったら、
もう身体がドクドクっとしてしまう。
「離してよ」
言葉はウソじゃない。
離してほしいと思ってそう言っているはずだ。
だってこれ以上、傷つきたくないもん。
だってどこか、虚しいって気がするもん。
でも、自分からは動けない。
その腕を振りほどくなんてオレに出来るわけがない。
だって・・・オレはともちゃんが好きなんだから。
おまけに久々すぎる。
こんな風にベッドに連れて来られてこんな風にぎゅっとされること。
だからなんなら、
一回くらいシちゃったっていいんじゃないかって想いがチラチラする。
虚しい気持ちがあるってわかっていても、
それでもともちゃんに触ってもらえるなら、
きっとそこにはほんのちょっとだけでも嬉しさがあると思う。
それがたとえたった一度だけだとしても。
「っ・・・」
すると、いきなりともちゃんがうなじ辺りに唇をくっつけた。
とたん、身体がドクンっと脈打って下半身がアツくなる。
初めて、ともちゃんに会ったあの日。
帰りたくないって言ったオレを高そうなコートと現金を差し出して、
最後にはなんにも聞かずにこの部屋に入れてくれたともちゃんは。
ーー試してみるーー
試すなんて言葉を知らなかったのに・・・
オレがともちゃんに教えた。
ともちゃんはいままで、そんなこと思うような人じゃなかった。
そんなことを思うとちょっと後悔する。
あんな出会い方は後悔する。
でもオレがあの日、付き合ってた人と別れた日、
誰でもいいから誰かの部屋に
連れていってもらっちゃおうって思わなかったら。
一晩だけ相手しちゃおうって思わなかったら、
あのタクシーにともちゃんと一緒に乗ることはなかった。
そういう自分じゃなきゃこのヒトには会えなかった。
だからもうよくわからない。
よくわからないけど、
うなじにくっつくともちゃんの唇は柔らかくて気持ちがよすぎて・・・
「はぁ・・」
身体中がアツくて思わず息を吐いた。
いつものオレだったら
・・・ともちゃんに出会う前のオレだったら・・・
間違いなくこのまま流される。
なんなら自分から服を脱ぐ。
そうしてきっとそれになんとも思わない。
もうずっとそうやって生きてきたのだ。
でも、ともちゃんは違う。
いま、着けてるエプロンが頭に浮かぶ。
モノを持ち続けるのが苦手なオレが、
これはずっと手元に取っておきたいなんて珍しいことを思ってる。
だってともちゃんがくれたものだから。
「試してもわかんないよきっと」
「・・ん?」
唇をオレのうなじにくっつけたままで、
ともちゃんが返事するのがなんだか愛しい。
だから・・・
流されてはいけない。
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