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第56話 那津

いつもの平日。 いつものようにかっこよく、 実際お高いスーツを着こなすともちゃんを玄関先まで見送ると、 靴を履いたともちゃんはオレを引き寄せてキスをした。 「じゃ、行って来る」 「・・い・・ってらっしゃい」 いまだに少しだけ腰が引けるオレを真っすぐ見て、 イケ散らかしたともちゃんは笑う。 「いい加減慣れろよ」 余裕そうに笑いながらそう言って俺の前髪をあげると、 今度はおでこにちゅっとした。 ともちゃんが突然、オレを襲って 突然、恋人っていう関係になってからもう2週間がたつ。 そしてこの2週間、平日の朝の玄関先ではいつもこうして オレはともちゃんに抱き寄せられてキスをされるのだ。 「いろいろしてきたって言ってたわりには いまだに全部はじめてって顔するのな」 「うるさい」 オレを引き寄せたままでニヤけるともちゃんがなんだかムカつく。 朝から余裕がないのはオレだけなのだ。 そうして、オレはムカつきながらもその腕を振りほどけない。 むしろその力強い腕は心地よくて、 できればもう少しこうしていたいとも思ってしまう。 「なるべく早く帰る」 「ん・・わかった」 そしてそれは叶わずに、 ともちゃんはもう一度おでこにちゅっとして スルリと簡単に腕をほどいた。 どこか後ろ髪を引かれながらも、 ドアが閉まるまでともちゃんを見送ってふぅっと息を吐いた。 ここのところオレの世界は、 ともちゃんが出社してしまってもしばらく、ともちゃんの余韻が漂う。 ついさっき、 ともちゃんの唇がくっついたおでこを撫でる。 そこにはまだ ともちゃんのあの紅い唇のぬくもりが残っている気がした。 あの日、ベッドに押し倒されたそのあとで、 ベッドルームにビールを持ち込んで二人で飲み明かした翌朝、 喉がカラカラで起き上がると隣にともちゃんが寝ていた。 オレはともちゃんを見ながらなんとなく自分のカラダを触った。 そうして自分がなにもされてないことを改めて確かめる。 ゆっくり音をたてないように立ち上がるとトイレに行って、 いつものようにキッチンへ入る。 するとそこにはビールの空き缶が入ったごみ袋がひとつ、置いてあった。 うっすら覚えてる昨日の寝る間際のベッドルームの床は、 そういえばたくさんの空き缶で溢れてたことを思い出して、 それとほぼ同時に不安な気分になった。 「はぁ・・やらせちゃった」 オレは一体いつ寝ちゃったんだろう。 ともちゃんに後片づけさせてしまったことにめちゃくちゃ落ち込む。 ーー料理してくれるからなんて理由で そばにいて欲しいなんて思わないーー 確かともちゃんはああ言ってくれてたけれど、それって本当だろうか。 独りでため息をつく。 しばらくそのまま、落ち込んでいた。 リビングのドアが開いた音がしてごくり・・と唾を飲む。 「っおはよ。ともちゃん」 いつも通りを意識して、自分から先に挨拶をする。 そうしていつも通りを意識すると、 いつもはいつも通りじゃなくなる。 どうしたって視線は不自然に泳いで明らかに落ち着かなくなって、 いつもよりおしゃべりになった。 「っ・・・」 すると突然、 ともちゃんが後ろからオレをぎゅっとする。 後ろから抱きしめられた経験はいくらかあるのに、 ともちゃんのそれは心臓が止まっちゃうんじゃないかってくらい 全身がドクドクいった。 ここからは表情が見えないともちゃんに、ドギマギして身体中がアツくて痛い。 「キスして」 「えっ?」 おまけにその状態で・・・おまけに耳元で。 ともちゃんは想定外のことを言い出すから思わずデカい声が出る。 「キスして」 「っオレから?」 びっくりして思わず顔だけそっちに向けると、 目の前には寝起きの髪が乱れる なんだか色っぽいともちゃんが現れる。 「そ。那津からキスして」 またゴクリと唾を飲む。 オレの視線は勝手にともちゃんの紅い唇と くっきり二重をいったりきたりして唇をきゅっとする。 ただこっちを見つめて、自分からは動こうとしないともちゃんに、 意を決してゆっくり近づくと、 「っ・・・」 短く唇をくっつけたらすぐに離すつもりだったのに、 唇が重なった瞬間、 ともちゃんの片手がオレの頭を包んで身動きが取れなくなれば、 そのまま気づけば舌が絡んだ。

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