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第65話 友哉

ーーー・・・ ガチャリと音がしてそちらを向けば、 いつものTシャツ短パン姿の那津が無言でリビングへ戻って来る。 乾ききらない髪にドキリとして、 「ビール飲むか?」 珍しいことを口走った。 「ん。自分でやる」 チラリとこちらを見て、 先ほどと同じようにキッチンへ逃げ込む那津に、 二本目のビールを飲んでた俺はどことなく目を細めてその姿を眺めた。 なんとなく、はじめてアイツが来た日を思い出す。 考えてみるとその日、俺の太ももに手のひらを置いて 上目づかいで誘ってきたあの日の那津も、 いまと変わらずどこか妙な色気があった、、、ようにも思う。 けれどもあのときは間違いなく、 そういう意味で那津をまったく意識してはいなかった。 それなのに、一度意識してキスをしてしまえば、 俺の世界の那津はなぜか いつだって色気を放ってそこにいるように感じる。 もしも那津がいなければ 誰かと一緒に住むなんてことはもちろん、 俺はいまだに誰とも付き合ってはいないだろう。 久しぶりの緊張感。 目の前で缶ごとビールをぐびぐび飲みだした那津の、 喉仏が動くのをぼんやりと眺めた。 「な・・んかすごい緊張する」 ポロリと那津が口走って、その表情にどこかドキリとする。 俺にとって、コイツの好きなところはどこなのだろうと考えると、 実はよくわかってはいない。 理由もない好きってのが存在するのだと、 俺はこの年になってようやく知った気がする。 ただそばにいて欲しいと思う。 この部屋に帰ってきたとき、那津にココに居て欲しいのだ。 でもきっと、、、こういうところ。 那津はいつだって本心を言う。 実際、素直や正直にいることはなかなか難しいことだと思う。 年を重ねるにつれ、 ヒトはどんどん嘘をつくための言い訳が上手くなるから。 いま、俺の目の前で視線を泳がせて顔を赤くしてるこの男は、 出て行こうとしたあの日、俺を好きではないと言ったあれ以外に、 俺にウソを言わない。 「俺だってしてる」 それは本当のことだったが、 那津はジロリとまるで睨むようにこちらを見た。 「ホントにぃ?なんかぜんぜんそう見えないんだけど」 「金融の営業してたら 少しはポーカーフェイス出来なきゃなんねーの」 そうして、 簡単に股を開いてきたんだと言っていたコイツが 俺相手だと緊張するのだとしたらそれは、どこか勝手に誇らしいのだった。 さっきキッチンでコイツに直接伝えたように、 俺はコイツの別格でいたいのだ。 なんとなく二人とも無言になって、 俺はどうやってコイツを寝室へ連れ込もうかと頭の中で考える。 いったいいままで、 自分はどうやって女性を口説いてきたんだろうか。 そんなことを思って、すぐにその考えを打ち消した。 那津は明らかにいままでとは違う。 こんな始まり方は前例がないし、 コイツは、、、とにかく今までとはすべてが違うんだ。 だから。 「那津」 「・・ん?」 もうここまで来たら、俺だってただ素直になるしかない。 「緊張はしてるがお前に触りたい気持ちに変わりはない」 那津がこちらをチラリと見て、 はぁっと全身をつかって息を吐いてからまた、こちらを見た。 「ん。オレも・・ともちゃんに触りたいし、触って・・・欲しいです」 最後はずいぶん小さな声ではあったが、 俺の耳にはちゃんと届いた。 「行こう」 立ち上がって那津に近づくと手を差し伸べた。 考えるより先に身体が勝手に動いて、 だから俺は素直にその自分の動きに従う。 「・・ん」 缶ビールを握っていた重なる那津の手のひらはひんやりと冷たくて、 それはいつもの那津の温度ではない。 けれども握ってしまえばそれはあっという間にネツを持つ。 二人して黙ったまま、手を繋いで歩く寝室までの距離が なぜかとても長く感じた。

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