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第91話 友哉

ーーー・・・ 「はぁ、、」 久しぶりにあの日のキッチンでの出来事を思い出して 真っ昼間のカフェで独り、 明らかに気持ちが昂っている自分に気づく。 というより昨日も帰るなりキッチンで那津の身体をまさぐった。 帰ってすぐにするのがキスだけですまなくなってるのは もうクセのようなものだ。 おまけに昨日は那津が俺のを口に咥えてきたのだから、キッチンで 、、、ちゃんと火を消して、、、 飯より先に那津を食べることになったとしても仕方がなかった。 いま、那津は何をしているだろうと思う。 今日は仕事はなくて、 昼は友達と、、、カズと、、、外で食べると言っていたから、 ちょうど外に出ている可能性が高い。 いまだに、 日中の那津がどこでなにをしているかをすべては知らない。 バイトはいまも変わらずイベントの手伝いをしている。 変わらず週に4日ほどは働いているが、 それ以外のアイツがどこで、なにをしているかはあまり知らない。 考えてみれば那津のことをそれほど多くは知らない。 そして、知らなくても人を好きになることが出来るってことを知った。 那津の作る食事は美味いってこと。 掃除がびっくりするほど丁寧なこと。 別にやりたくてやってるわけじゃないと言いながら、 バイトには遅れたりすることなく行っていること。 今日会う予定のカズとはとても仲が良いということ。 カズには店長さんと那津が呼ぶ、恋人がいること。 たくさんの男が那津の肌を知っていること。 一緒に暮らしてた元カレがいること。 でも俺が知ってる那津はそれだけでもない。 エプロン姿が似合うこと。 淹れる珈琲が美味いこと。 すねた顔が可愛いこと。 本は全くと言っていいほど読まなくて、音楽が好きなこと。 少し鼻にかかる声はいつも優しく響いて、 キスをするときはいまだに一瞬、どこか恥じらう顔をすること。 細い腰はヤらしく括れたカタチをしていて、 背骨を舐めると可愛い声をあげること。 那津の言う「ともちゃん」は全身に響いて、 那津のどんな顔も俺を幸せにして、 ベッドの上のそのカオは特別、、、表現しにくいほど愛おしい。 そう考えると、 大して知らないアイツのことをずいぶん知っているような気もしてくる。 そうして大して知らなかったとしても、 それは問題にもならないってことも初めて知った。 アイツが過去、どんなヤツでなにをやらかしてたとしてもおそらく、 自分がいま、那津に夢中なことに変わりはない。 「まいったな、、、」 幸いにも仕事中にまで思い出すことはない。 それでもこうして仕事から離れればその瞬間、 俺の世界は那津が広がる。 まいったと思いながらもそれはまるで心地が良くて、 まったくイヤな気持ちにはならない。 いままでは恋人って存在は 思い出してと言われても思い出せないほどだったのに、 いまでは気づけばアイツを想ってる。 それどころかこんな気持ちを知って、 いまの自分は信じられないくらいに幸せだ。 時計を見て、店を出る準備をする。 今日は残業は1時間で切り上げようと決めているのだ。 早く、、、那津の顔が見たいから。 ーーー・・・ 「ただいま」 「おかえりともちゃん」 帰ると部屋は明るくて、 あのたった一度を抜かせば、コイツがいなかったことは一度もない。 いつだって俺が家を出るときは玄関先まで俺を見送って、 俺が家に帰ってくるときにはこの部屋の、 ほとんどの場合キッチンに那津はいる。 俺が買ったエプロンを付けて。笑顔付きで。 今日も例によって、那津はキッチンからおかえりと声をかけた。 「なんか美味そうな匂い」 ネクタイを緩めてYシャツのボタンを外す。 「なんだと思う?」 「ん~、、、」 言いながら那津に近づいて、その身体を後ろから抱きしめた。 さりげなく、火が止まっていて包丁を持っていないことを確かめて。 「なんだろな」 「考える気ないよね」 そんななにげない言い方すらも可愛いなと思いながら、 正直、その通りだった。 この部屋でする二人の食事も那津の料理も特別好きだが、 那津自身には劣る。 当然、そんなものは比較にならないほどに。

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