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#9_01

コンコン…ガララ… ノックと同時に玄関を開くと、噂の兄ちゃんの彼女…テンガの小林先生が顔を覗かせて言った。 「ごめんください~。」 「あ~!先生!惺山をタダ働きさせようとしてるんでしょ?!豪ちゃん、さっき初めて知ったんだよっ?酷いよぉ!惺山は凄い人なのに!」 兄ちゃんの背中で怒って飛び跳ねると、下敷きになった兄ちゃんがぐふぐふ言って体を起こした。 「豪!馬鹿!…苦しい!死ぬだろっ!」 死なない! だって…兄ちゃんにはモヤモヤなんて見えないもの! 「健ちゃん?この前、言ってた話…豪ちゃんにしてくれた?」 畳の上でおばさん座りをすると、小林先生は僕の兄ちゃんに色目を使って、そう言った。 「話ってなぁに?」 首を傾げながらそう聞くと、兄ちゃんは僕の頭を叩いて言った。 「…何でもない。」 「あっ!やっぱり!してくれてなかったの?豪ちゃん?これ…何か知ってる?」 ムスッと頬を膨らませて顔を背ける兄ちゃんとは対照的に、ニコニコの笑顔を向けた小林先生は、僕に硬そうなバッグを差し出して言った。 「…開けてみて?」 「なぁんだろう?」 そう言うと、すぐに受け取ってチャックを開いてみる。 「わぁっ!!」 …それは、あの時聴かせて貰った…バイオリン。 飴色の美しい光沢を放った…無敵のカブトムシ。 「ふふ…!綺麗!」 「豪ちゃん!これ…3年越しの補助金で買ったのよ?先生…頑張ったでしょ?あと、コントラバスと、チェロも買ったの!全部、補助金よっ?!先生、頑張ったでしょ?」 口から唾を飛ばしてそう言う先生から体をよけると、兄ちゃんに見せてあげる。 「見て?とっても綺麗…まるで、べっこう飴みたい…!」 「はぁ…さやかちゃん?豪は、こんな高いもの持たせたらダメだって言ったでしょ?すぐに壊すよ?だって、馬鹿なんだ。昨日だって大嵐の中、哲郎の家を飛び出す様な、馬鹿で、あほで、間抜けなんだから!」 吐き捨てる様にそう言うと、兄ちゃんは僕の手からバイオリンを奪って、チャックを閉めて、“さやかちゃん”なんて呼ばれる…38歳の小林先生に返した。 そんな兄ちゃんを口を尖らせて見つめると、先生は僕を見つめて言った。 「豪ちゃん…?これで、惺山先生と一緒に…何か弾いてみたくない?」 …え? 「…したい。」 思わずそう言うと、自然と頬が上がって…笑顔になった。 どうしてだろう…とっても、嬉しいんだ… 「したい!」 僕はそう言うと、小林先生からバイオリンを受け取って、両手に抱きしめて言った。 「大事にする…!絶対に、壊したりしない!」 「そうそう!やる気が大事よ!」 ノリノリの先生はそう言うと、微妙な顔をした兄ちゃんにしなだれかかって言った。 「後で…埋め合わせするから…ね?健ちゃん…怒らないの!」 キモい… そう思ったけど、ぼくは胸の中のバイオリンを抱きしめたまま、視線を逸らして見ない振りをした。 …彼と一緒に、演奏が出来るなんて…!! あの人のピアノと一緒に、僕が…このバイオリンを弾くなんて… 「嬉しい…ぐすっ…嬉しいの…」 噛みしめる様にそう言って涙を落とすと、セクシーモードになった小林先生を、直視しない様にして言った。 「でも…豪ちゃんはバイオリンを弾けないよ…?」 「…うふふ、心配しないで、先生が…教えて、あ・げ・る…」 「あぁ…ダメだよ。豪はまだ15歳なんだから…変な事を教えないで…」 急に焦り始める兄ちゃんを尻目に、小林先生を直視しない様に視線を向けて、両手をグッと握って言った。 「よろしくお願いします!」 彼がビックリする。 きっと…僕がバイオリンを弾いたら、彼はビックリする。 もっと、僕の事を好きになってくれるかもしれない… それに…彼と一緒に演奏をするだなんて…とっても嬉しい事。 同じ曲を一緒に演奏して…同じ様に音の中を…泳げるなんて…素敵な事。 グスグスと鼻をすすると、バイオリンの入ったバッグを再び開いて手に取ってみる。 「あぁ…意外と…大きい…」 そう、それは見た以上に…大きさを感じた。 「ほっぺのここと…この、肩の骨の下の部分で挟んで…姿勢を正しくして?豪ちゃん?バイオリンは姿勢が命よ?美しく演奏出来ても姿勢が悪いんじゃあ見た目が悪い。そのうえ、姿勢が悪い癖が付いてしまうと…演奏にも響くの。」 小林先生は僕を立たせてそう言うと、僕の首にバイオリンを挟ませて、左腕をクイッとねじってカブトムシの角を持たせた。 「わぁ…きれいなカブトムシ…豪ちゃんの肩に止まった!」 満面の笑顔でそう言うと、小林先生は渋い顔をしながら僕の右手に棒を握らせて言った。 「カブトムシはタダでしょ?これは高いのよ?」 「あぁ…!惺山に見せてあげたい!豪ちゃんの肩に、カブトムシが乗った所…!見せてあげたい!」 クルクル回ってそう言うと、兄ちゃんが慌てた様に両手で僕を止めて怒って言った。 「ほらぁ!こいつはこうして、バイオリンを落として壊すよ?1週間以内に壊すからね?さやかちゃん…こういうのは、町に住んでる子供がやる様な事だよ?豪みたいな変な子に…こんな高いもの、触らせたらダメだ…。」 「関係ないのよ?健ちゃん?感性はみな平等に与えられている物で、その優劣は生活の優劣と比例する訳じゃないの。前…音楽鑑賞をした時、豪ちゃんはパラディスのシシリエンヌを聴いて…涙を落としたの。その時…ビビッと来たのよ!この子は、バイオリンだ!って!ビビッと来たのよっ!」 熱を込めて兄ちゃんにそう言うと、小林先生は僕の右手を掴んで言った。 「この…カブトムシの角には、4本の弦が張ってあります。その上をこの“弓”と呼ばれる…馬の毛を張ったもので、擦って音を出します。強く押して音を鳴らす事もあるけど、初めのうちは良い加減を掴めるまで、滑らせる様にして音を鳴らしてみましょう。」 へぇ… 馬の毛を使ってるんだ。 それは、凄い! 「…うん!」 言われた通りに弓を弾くと、首に挟んだバイオリンがブルブルと振動して足元まで震わせて行く… そんな予想外の振動に驚いて、目を丸くして小林先生を見つめると、彼女は満面の笑みを浮かべて僕を見つめた。 「わぁ…!」 「良い音…!やっぱり、豪ちゃんはバイオリンね!」 「絶対…1週間以内に壊すだろう…フン!」 そう言ってふて寝を始める兄ちゃんを他所に、姿勢に気を付けながら小林先生にバイオリンを教えて貰う。 慣れない姿勢を続けるせいか…肩が痛くなって…首が痛くなって、背中が痛くなって来る。 でも…音が鳴って、体が震える度に、まるで音色が体の中を響いて行く様で…嫌じゃなかった。 「“愛の挨拶”が弾きたい…」 僕がそう言うと、小林先生は首を傾げながら唸って言った。 「う~ん…ちょっと、高音が難しい。」 「でも…豪ちゃん、“愛の挨拶”が弾きたい…」 そう…その曲だけ弾けたら良い。 彼が教えてくれた、その曲が弾けたら…それだけで良い。 「じゃあ…楽譜を用意しましょう。」 小林先生のその言葉を受けると、ニッコリと微笑んで言った。 「うん!」 「これは触ったらダメよ?片付ける時は綺麗に拭いて…この弓は松脂って言う、これをこんな風に塗ってしまうの。良い?大切な事よ?楽器は丁寧に扱うの。最初と最後は特に…きちんと扱ってあげるのよ?」 真剣な表情でバイオリンのお世話を話す小林先生を見つめると、コクリと深く頷いて頭の中に叩きこむ。 「ふふ…うん。豪ちゃんはお世話が好きだから…忘れないでお世話する!」 まるで新しい雛が生まれた時の様に、丁寧に…大切に扱うと、チャックを閉めて仏壇の前に置いた。そして、ふて寝をしてぐうぐう寝息を立てた兄ちゃんの体にもたれかかって言った。 「嬉しい…!先生…ありがとう。」 「良いのよ?これは…先生の、今回の目玉だから。未経験者でも楽器が弾けることを証明して、もっと補助金をもらって…ティンパニーを買うところまで、構想を練ってるのよ?これは、まだ序章に過ぎないの。いつか、この村から…演奏家が出る日まで、先生は頑張るのよ…!」 ふふ… 大ちゃんは小林先生に厳しいけど…色目を使わない時の先生は、普通の良い先生。 僕は今日…バイオリンの音を出した。 痺れるような細かい振動は、あの時、惺山の先生の所で聴いた様な…スムーズで歌う様な音色は出さなかった。 それは、僕がバイオリンを弾いた事もない…下手くそだから。 「また、明日、練習するわよ?」 そう言うと、小林先生は眠った兄ちゃんを置いて、さっさと帰って行った… 「ん~!豪…!」 寝言を言いながら抱き付いて来る兄ちゃんの腕を払うと、仏壇の前に置いたバイオリンを見つめて、固く決心をする。 …もっと上手になって…彼を、驚かせて…あわよくば言わせたい… 「豪ちゃん!凄いじゃないか~~!」 そんな言葉… ふふ… 僕が上手に弾けたら…彼はきっと驚いて、きっと、喜んでくれる… ピアノの鍵盤の上で、手を止めて…僕を唖然としながら見て口を開けるんだ。そして、半信半疑で前奏を弾き始めた彼に…素敵な”愛の挨拶”を弾いて聴かせると、彼はびっくりして…飛び切りの笑顔になって言うんだ… 「豪ちゃん!凄いじゃないか~~!」 って… ふふ…! ひとりで勝手に妄想を抱いてニヤけた顔を両手でほぐすと、兄ちゃんを蹴飛ばしながら台所に立って、お米を研ぎ始める。 「ふ~んふふふ~ん…」 鼻歌を歌いながらお米を研ぐと、お水を入れて、炊飯器にセットして、濡れ布巾をかける。 今日は…何のご飯を作ろうかな… 首を傾げながら勝手口を抜けて裏の畑へ行くと、真っ黒く光る茄子を見つけて、てっちゃんがくれた剪定ばさみを使って収穫する。 大豆を貰って茹でてある。 …茄子とピーマンと炒めて、肉みそ風にしてみようかな… 「豪ちゃん…キュウリ持ってき…」 「ほんと?ありがとう!じゃあ…卵をお返しにあげる。」 「豪ちゃん、トマトさ、持ってけ…」 「ありがとう。卵を貰って?」 夕方の畑は、こんな物々交換の場所に変わって…食卓を充実させてくれる。 僕が家の裏で育ててるのは、夏は茄子とピーマン…植えっぱなしにしてるサツマイモを秋に収穫して、冬は小松菜が育ってる。年がら年中…空いては埋めて行く。そんな使い方をするから、すぐに土が瘦せて行くんだ。 だから、春前に一度肥料を入れて土地を休ませてる。 今年もてっちゃんと一緒に土をほじくり返して…いつのか分からない種芋を見つけて笑ったんだ。 だって、カラカラに干からびていたんだもの。 「豪ちゃんが鬼の様に野菜を植えるから、土が枯れてる!」 そんなてっちゃんの言葉に肩をすくめて言ったんだ。 「野菜が育つって事は、まだいけるって事でしょ?」 あの時のてっちゃんの呆れた様な顔は…ふふっ!面白かった…! 野菜を抱えて台所に戻って来ると、ぐうぐうといびきをかきながら兄ちゃんが気持ちよさそうに寝てるのを横目に、炊飯器のボタンを勢い良く下に押した。 秋めいて来た風は、涼しくなって部屋の中を通り抜けていく… あっちとこっちの窓を開いて、風の通り道を作ってあげれば、そもそも、クーラーなんて要らないんだ。 流しで野菜を洗うと、すり鉢とすりこぎを出して、煮て柔らかくなった大豆を荒く潰していく。 「ん、兄ちゃん!起きて!お豆、潰してよぉ!」 「ぐうぐう…すやすや…」 狸寝入りをする兄ちゃんの隣で、胡坐をかいて足の裏ですり鉢を掴むと、すりこぎをグルグルと回してはドンドン!と叩いて行く。 特製のみそと合わせて、みりんを入れてお酒を少し入れて伸ばすと、ツンとみそのいい香りと大豆の淡い匂いにニッコリと頬を上げる。 キュウリを包丁の背で潰してボウルに入れて、昆布と一緒に混ぜると、トマトを適当な大きさに切ってお皿に乗せる。 小さく乱切りにした茄子を熱したフライパンに入れて、バチバチと水分を飛ばしながら炒める。ビーマンも入れて、しんなりしたら特製の肉みそを入れながらへらで手際よく混ぜて絡めて…出来上がりだ。 「兄ちゃん…ご飯!」 そんな僕の声に、何も言わずにむくりと体を起こす速さは…狸寝入りしていたんだ。と僕に教えてるみたいだ… 兄ちゃんが頬杖をつく食卓に料理を並べて行くと、キュウリを摘まんで口に入れながら兄ちゃんが言った。 「あの人は…結婚してないの?」 あの人…? 惺山の事かな… 「…知らない。」 つっけんどんにそう言ってトマトを出すと、炊飯器を開いてモクモクと蒸気の上がるおかまを覗き込みながら、しゃもじでグルッとお米の外側を一回り掻いてからかき混ぜた。 「あんな…イケメンなのに…どうして結婚してないんだ…女が好きじゃないのかな?」 はぁ…? 「知らないよっ!」 ムッと頬を膨らませてそう言うと、兄ちゃんのどんぶりお茶碗にお米をよそって、自分のお茶碗にもよそった。そして両手に持って食卓に置くと、空のコップを差し出してくる兄ちゃんからコップを受け取って、麦茶を入れて手渡した。 「いただきます…」 両手を合わせてご飯を食べ始めると、兄ちゃんは僕を見て言った。 「お前が男だって…あの人は知ってるんだよな?」 「ん、もう!なんなんだよっ!さっきから!」 僕が怒ってそう言うと、兄ちゃんは口を尖らせてそっぽを向いて言った。 「…別に。」 一体何が聞きたいのか… 兄ちゃんは終始、腑に落ちない顔をすると、トマトを食べて一言言った。 「旨いトマトだ。」 「原田のおじちゃんがくれたんだ。」 「卵をお返しした…?」 「うん。ちゃんとした。」 塩なんて振らなくても…完熟のトマトは甘くて美味しかった… 明日、彼にも分けてあげよう。 本当は、今すぐにでも届けてあげたい… 「あの人…ホモってやつかな?」 ご飯を食べ終わってお茶碗を片付けていると、兄ちゃんがそう言った… 胸の奥が痛くなって、瞬きをすると、取り繕う素振りも見せないで僕は言った。 「…惺山は、付き合っていた女の人と別れて、ここに来てるんだよ…。そんなんじゃないと思う。」 そう…彼は美魔女なんて呼ばれそうな、熟れ過ぎた女性が好きだった。 メロウなんてとっくに超えて…ハエが来そうな…半分腐ってる様な女性が好き。 「へえ…知らなかった。」 兄ちゃんはそう言うと、煙草に火を付けて言った。 「俺はてっきり…お前の事を好きなのかと思ってた。」 え…? プカプカと煙を出す兄ちゃんの背中を見つめると、踵を返して流しの食器を洗う。 どうしてそう思ったんだろう…? 「惺山は…知らない。でも…豪ちゃんは惺山が大好き…」 お皿を洗いながらそう言うと、兄ちゃんは僕を振り返って言った。 「…気に入ってるだけだろ?前のお姉さんの時みたいに、気に入って…付き纏ってるだけだろう?」 その声色は…自分の弟がホモやゲイである事を…否定したい。 そんな物の様に感じて、胸の奥がチクリと痛くなった… 「…うん。」 腑に落ちない表情をしながらそう言うと、乱暴に兄ちゃんのどんぶりを洗って流しの中に放った。 ゴトン! 「うぉおい!兄ちゃんの大事などんぶりを乱暴にすんな!」 …知らない。 普通じゃなくて…悪かったな… 黙々とお皿を洗って片付けると、テレビを見始める兄ちゃんを横目に、仏壇の前に置いたバイオリンをケースの上から撫でた。 僕がこれを弾けたら…ビックリする? 驚いて…喜んで…笑ってくれる? 気持ちの良い風を吹き込む窓から空を見上げると…晴れ渡った夜空にはキラキラと瞬く星が現れて、地味で質素な紺色の空間を明るく賑わしている… 「…惺山…小さな星が…山の上に見える…」 …そんな情景が名前になった人…まるで、あなたみたいな素敵な名前… 「はぁ?なんか言ったか?豪…?」 僕の独り言を地獄耳で拾う兄ちゃんに驚くと、ムッと頬を膨らませて言った。 「何も言ってないし、放っておいてよ!」 「なぁんだよ…!馬鹿!」 人と違う事は…言ってはいけない。 それは、お父さんが教えてくれた…唯一の、為になる事。 だから、兄ちゃんにだって…僕は本当の事なんて、言わない。 …きっと、嫌がるって…分かってる。 「…少しだけ、見てみよう…」 そう言ってバッグから大事にバイオリンを取り出すと、仏壇の中で微笑むお母さんに掲げて見せた。 「綺麗でしょ?豪ちゃんが弾くんだよ?」 惺山のピアノと一緒に…弾く。 その事を思ったら、初めて触るこのバイオリンも…愛おしく感じるんだ。 「駒は…触ったらダメ…」 ポツリとそう言うと、バイオリンを膝の上に抱いて空を見上げる。 あぁ…あなたの驚いた顔が、早く見たいよ… 小林先生の企画する音楽祭は、彼女がこの村の分校に来た5年前から始まった。 この村から…音楽家を出したい!なんて…当初からの壮大な計画を、着々と進めているみたい。 その間…うちの兄ちゃんを食べて…若い体を欲しいままにしたけど、別に…僕に害はない。 「豪…しまいなさい…壊しちゃうから…」 「壊さない。」 ムッと頬を膨らませてそう言うと、心配そうに僕を見つめる兄ちゃんに言った。 「壊したりしない!」 「さっき言った事…本当はどうなの…?お前は、あの人の事…好きなの…?」 え… 静かで穏やか…そして、優しい声で聞いてくる兄ちゃんに、僕はいつもの様に嘘を吐いて言った。 「気に入ってるだけ…前のお姉さんと同じ。大岩のばあちゃんの時と同じ…後藤のおじちゃんの時と同じ。その他の人と同じ。ただ、気に入って…追いかけ回してるだけ…」 「…そう。」 悲しそうにそう言った兄ちゃんの声に、眉間にしわを寄せると、バイオリンを撫でながら星空を見つめた。 人と違う事は言ってはいけない。 誰にも…知られてはいけない。それが例え、兄ちゃんでも…言わない。

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