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#11

「ごめんくださ~~い!」 「あっ!小林先生だ…!」 慌てて惺山から体を離すと、もじもじしながら彼を見つめて眉を下げて言った。 「…どうしよう。」 「何も動揺する事はないだろう?バイオリンの練習をしていただけなんだから…」 彼はそう言って微笑むと、僕のおでこにキスをしてピアノの部屋を出て行く… そうか… 僕は”バイオリンの練習“なんて、名目で…彼の傍にずっと居ても、おかしいだなんて思われないんだ… …ふふ、嬉しい… 嬉しい… 惚けた顔をしながら彼の弾いていた鍵盤を指で撫でると、小林先生の声と彼の声のやり取りを聴く… 「さっきまで一緒に練習していたんですよ…」 「え…!惺山先生はバイオリンもやられますか?…それは、心強い!よし…よし、じゃあ…後は、あれをこうして…むふふ、むふふふ!」 あぁ…また、良からぬことを企んでいそうな笑い声を出してる…! 「先生!どうして町の子を呼んだの!」 僕はそう言うと、ピアノの部屋から怒った顔をして飛び出した。 「ん~~?ん~~?分かんない!」 小林先生はそう言うと、僕の顔を見つめてニヤニヤして言った。 「…はい。“愛の挨拶”の楽譜…。でも、どうかな…?一応…“きらきら星”の譜面も用意したよ?“かっこう”もある…挫折したら、ランクを落として行って…一通り弾ける様になった物をお披露目しましょう。むふふ…!」 「え~~!」 惺山の隣で地団太を踏むと、彼が受け取った”きらきら星“の楽譜を覗き込んで、口を尖らせる… 「豪ちゃんは…かっこうも、きらきら星も弾かないもん!”愛の挨拶”を…弾くもん!」 「お~…!良い意気込みだ!」 そう言ってパチパチと惺山が拍手をすると、小林先生はニヤニヤしたまま、惺山を見て言った。 「町の本校の吹奏楽部の子たちと、弦楽部の子たちの演奏の後、豪ちゃんと先生の演奏をして…そのあと、惺山先生のご講演を考えてます。そこで、必要なワードを…いくつか…」 あぁ…図々しいにも程がある。 僕はそう思った。 だって、タダ働きの上に…講演する内容を指示して来たんだ。 “初心者でも練習をすれば出来るようになる” これを強調したい小林先生は、僕の演奏を音楽祭の目玉にしたい様子で、あえて…上手な子供たちの演奏を聴かせた後、僕の演奏を聴かせて、証明しながら…惺山の講演で、後押しをするつもりみたいだ… 全て、彼女の手のうちに仕組まれた…補助金を引き出すための舞台。 年齢を経てるだけある。 こういうのを海千山千って言うんだって…隣の家のおばちゃんが教えてくれた…。 「はは…それは構いませんけど、あまり…この子にプレッシャーをかけないで。ただでさえ、緊張するのに…そんなに沢山、あなたの期待を乗せないで…。ただ、音楽を楽しませてあげてくださいよ。」 惺山はそう言うと、少しだけムッとして小林先生を見下ろした。 「え~…えっと、えっとぉ…どうかなぁ?」 素敵な彼に睨まれると、小林先生は顔を真っ赤にしながら動揺した。 そして、しどろもどろになって、手元の帽子の紐を捻じりまくると、そのまま後ずさりして…玄関を出て行った。 「…変な人だね?」 鍵をかけて彼がそう言うから、僕は項垂れながら言った。 「兄ちゃんの彼女なんだよ?」 「大吉から聞いたよ…散々だな…」 …大ちゃんはおしゃべりで、惺山に猥談を話す事を…日課にしてるみたい。 首を振りながらそう言った彼を見上げると、首を傾げて聞いてみた。 「惺山…テンガって何?」 「…そんな事…誰から聞いたの?…あぁ、大吉か…」 すぐに察して、彼はそう言って項垂れると、僕を抱きしめて優しく撫でながら言った。 「ひとりでする時に使う、オナホールだよ…片手に収まる…こういう形の…。はぁ~!大吉は少し…規制をかけた方が良さそうだ。あいつは一体どこからそんな情報を得てるんだ?」 不意に彼に抱きしめられると…堪らなくなって、大ちゃんの話も…テンガの話も…どうでも良くなった。 彼の背中をぎゅっと抱きしめて顔を埋めると、もっと…体に埋まってしまいたくなって、グリグリと頬ずりしながら彼を押した。 「お~ほほ、豪ちゃん…なんだなんだ…」 そう言って笑う彼を壁まで追いやると、グリグリしながら言った。 「惺山の中に…埋まって行きたい…!」 「もう…。そんな事したら、こうして抱きしめられないじゃないか…」 彼はそう言って笑うと、僕の髪を両手で撫でて、頬を包んでキスをくれた。 そんな彼の唇に舌を入れると、甘い吐息が漏れてくる彼の口の中に自分の舌を入れて、彼の舌を舐める。 「惺山…したいよ…エッチしたい。」 彼の襟足を指先に絡めて、惚けた表情で彼の頬に頬ずりすると、何度もキスしながらそう言った。 「あぁ…豪ちゃんは、可愛いね…」 そう言って僕の頭を撫でると、彼は優しく瞳を細めて、僕に気持ちの良いキスをくれる。彼の舌が、僕の舌を絡めて…彼の息が僕の口の中に入って…気持ち良くなって来ると、息が荒くなって行って…体中が火照ったみたいに熱くなっていく。 あぁ…普通は、こんな事…女の子がするんだ。 僕は…普通じゃない。 初めのうちは戸惑ったこんな感情も…彼は、受け入れてくれた… だから、僕は…思ったまま、感じたまま、彼に話しても良いんだって…安心出来た。 「ん、もっと…もっと…好きって言って…」 彼の頭を抱きしめて抱き付くと、涙を流しながら彼にしがみ付いてそう言った… 「大好きだよ…豪ちゃん、大好き…」 足らない… 足らないよ… ひとつになってしまいたいんだ。 もう、二度と離れなくて良い様に…ひとつになりたい。 「やぁだぁ…!惺山、触りたい…あなたが欲しい…惺山の全部を…僕にちょうだいよ!」 「良いよ…豪ちゃんにあげる。俺の全てを豪ちゃんにあげる。」 彼を壁に押し付けながら息の荒いキスをすると、彼の股間に手を伸ばして…いやらしく撫でながら自分の股間を彼の足に擦り付けて…クラクラして行く頭の中で、まるで抑えが外れたみたいに、彼を求めて行く… 足らないんだ… 死んでしまうのなら…僕にちょうだい…あなたの命も、あなた自身も。 「もっと…もっと!」 「あぁ…豪ちゃん、そんな…はは…」 嬉しそうに惚けた笑みを浮かべる彼の唇にキスをして、彼の素肌を撫でる様にシャツの上から胸を撫でると、すぐに堪らなくなって…彼の首にキスしながら服の下に手を滑り込ませる。 「好き…好きなの…」 狂ったみたいに止まらなくなった僕は、うっとりとしながら、彼の胸にキスをして、ペロペロと舐めて、頬ずりした。 彼の胸の温かさが…堪らなく気持ち良くて…彼が僕を堪らなくおかしくさせるんだ。 疼いた股間を恥かしげもなく彼の足に擦り付けると、1人で気持ち良くなって腰を動かした。 「あぁ…豪、堪んない…!可愛い!」 彼がそう言って僕を抱きかかえると、そのまま寝室に連れて行って、畳んだ布団の上に下ろした。そして、僕のTシャツを脱がせると、いつもの様に僕の体を舐めて…気持ち良くしてくれる。 「ダメぇ…僕がするの…僕が、惺山を貰うの…!」 そう言って彼の背中を掴むと、ぐっと自分に引き寄せて、彼の体に足でしがみ付いて自分の上に落とす。 「ぐへっ!」 思った以上に…彼の体は重くて、潰された瞬間…そんな声が出た。 「ふふ…!落ち着きなさいよ…」 彼はそう言うと、素敵な髪を垂れさせながら僕に甘くてクラクラするキスをして…僕の勃起してしまったモノをズボンの上から握って動かした。 「あぁ…!惺山!惺山…、気持ちい…!もっと、もっと…して!」 彼のモノを同じ様に撫でて、掴むと…同じ様に動かして硬くなっていくのを感じて、口元が緩んでいく… 苦しくて怖かったけど…僕はこれを中に入れて欲しいんだ。 僕の中に入れて…ひとつになりたいんだ…! 「したい…惺山、僕に挿れて…これ、この…おちんちん…僕に挿れて…!」 彼の胸に頬ずりしながらそう言うと、彼の素敵な手が僕のモノを握っているのを見て、頭が真っ白になって行く… 「あっああ…!ダメぇ…気持ちい!」 体中に快感がめぐって、真っ白になった頭で考えるのは…気持ち良い事だけになって…その快感を、彼がくれているって思ったら…僕は耐えられなくなった。 「ん~~!あっああん!!」 彼の手の中でビクビク脈打ちながらイクと、クラクラする頭のままあの人の唇にキスして、ねっとりと舌を絡ませて、全て自分の物にしたい気持ちをそのままに彼を貪る。 「はぁはぁ…惺山は、僕の…」 汗だくの背中に布団が冷たく感じて、気持ち良いんだ…。 彼に撫でられて、舐められて、火照った体を、ゆっくりと布団に沈めると、彼のくれる快感に身悶えしながら、両手で彼の髪を撫でる。 「そうだよ…俺は、豪のだよ…」 足らないよ… 仰け反って行く体をそのまま伸ばして、彼が僕のモノを口の中に入れるのを感じると、腰がフルフルと震えて、体中が痙攣したみたいに跳ねる。 「んん~~…気持ちい、気持ちいの…惺山、気持ちい…あっああ…らめぇん!イッちゃうの…イッちゃう…はぁはぁ…あぁ、だめぇん!」 「どうして…?イッたら良いのに…」 こんなに興奮して我を忘れてるのは…僕だけみたいに…彼はいつもの様にそう言ってクスクス笑うと、僕のモノを再び口の中に入れて…最高に気持ち良くしてくれる。 「はぁあ…!らっらめぇ!ん~、あっああ…気持ちいっ!あっああん!」 トロけて行く体をそのまま脱力させると、キスをくれる彼に…半開きにした口を向けて、だらしなく舌を伸ばす。 惺山…大好き… 「可愛い…」 僕の中に彼の綺麗な指が入って来ると、一気に体が緊張して強張って行く… 「怖い…」 「大丈夫…もう、乱暴しないよ…ごめんね、豪…」 眉を下げる彼の胸に顔を埋めると、優しく僕を撫でる彼の声に耳を澄ませる…そして、僕を覗き込む彼の頬を撫でて、うっとりと瞳をトロけさせて舌を出して言った。 「キス…して…」 「ふふ…」 溺れてしまいそうな位…息が出来ない位…このまま死んでも良いくらい、甘くて長いキスをして…彼の熱い息が僕の口の中で…頬を内側から熱くしていく。 「はぁはぁ…あっ…んん、せいざぁん…ふっ…はぁはぁ…好き…好き…」 「トロけちゃてるね…可愛いんだ。豪は俺を骨抜きにする気だね…」 クスクス笑いながらそう言うと、彼は僕の足の間に体を入れて…自分の大きくなったモノを僕の中に沈め始める。 …怖い でも…彼が欲しい… 乳首を撫でられて…気持ち良くって体を跳ねさせると、彼のモノが僕の中に入って来て…お腹の奥が苦しくなっていく… 「せ、惺山…もっと…もっと、おっぱい撫でて…」 彼の手を掴んで自分の胸に当てると、彼の指先が自分の乳首を撫でて動く様に、彼の手のひらの上に自分の手のひらを合わせて動かした。 指先が、乳首に触れるだけで、体が跳ねて…快感に首を仰け反らせると、中に入って来る彼のモノが…もっと硬くて大きくなって行く。 「はぁ…可愛い、豪…堪んない…」 そんな彼のエッチな声を聞いて…気持ち良さそうにだらしなくなった彼の顔を見ると、体中が狂ったように喜び始める。 「…はぁはぁ、惺山…して、もっと…して…」 僕の中に彼のモノが入って…ゆっくりと腰を動かし始める彼を見つめて、お腹の奥が苦しい事より…彼の気持ち良さそうな表情に興奮して、一緒に気持ち良くなっていく… 「あぁ…豪、気持ちい…はぁはぁ…イキそう…」 エッチだ… 惺山はエッチで、格好良い… 「ん~…はぁはぁ、せいざぁん…もっと強くして…もっと、激しくして…僕を壊して、僕をめちゃくちゃにして…」 僕の腰を掴む彼の手を上から掴むと、彼の手を自分の手のひらと合わせながら指の間に指を絡めて繋ぐ… 「はぁ…!あぁ…豪ちゃん、イッちゃいそう…!」 僕と両手を繋いだまま布団に押し付けて、腰を動かしながら彼がそう言った… 知ってる… イッたら…終わるって。 「まだ…まだ…もっとしたいの…!」 彼の腰を足で締め付けると、瞳を潤ませながら彼に言った。 「もっと…もっと、あなたに…愛されてたいの…!」 「はぁはぁ…ダメだ…イッちゃう!」 惺山はそう言って苦悶の表情を浮かべると、僕の中から慌てて出して、お腹の上で精液を吐き出してイッた。 「…ん~~!」 悔しかった…悲しかった… 僕の中で…イッて欲しかった… 両手で顔を覆って体を捩って唸ると、彼が僕の顔を覗き込みながら言った。 「はは、豪ちゃん…怒らなくても…惺山は絶倫だよ…?」 惚けた顔でキスしながら彼がそう言うから、僕は彼の背中を抱きしめて言った。 「最後まで中に居て…中に居て!」 「ダメだよ…コンドームが無いんだもん…」 …ふふ、変なの! 彼の頬を撫でて汗ばんだおでこを撫でると、トロけた瞳をする…可愛らしい彼に言った。 「僕は妊娠しないよ?」 「違うよ、ここは…セックスするための場所じゃない。そんな所に精液が入ったら…お腹が痛くなっちゃうだろ…」 え… 彼が再び僕の中に入って来るのを感じながら…どうして自分は女の子の体で産まれて来なかったのか…どうしてコンドームがないのか、考えた… 「だって…ずっと中に居て欲しいの…」 そう言って彼を抱きしめると、甘える猫の様に彼の首に頬ずりして舐める。 「あぁ…気持ちい…次は長持ちするよ?」 そんな彼の言葉に口を緩めて笑うと、優しくくれるキスをもっと欲しがって…舌を入れて絡めて行く… 「惺山…大好き、大好き…」 この…大きな背中も…興奮すると掠れる声も…柔らかくて長い髪も…素敵な、瞳も…全部大好きで…全部が気持ち良い… 僕には…あなたの全てが、気持ち良い… こんな風にしなくても、こんな風にしても…どっちでも、気持ちが良い。 そんな人…あなたしかいない。 彼の髪を指ですくいながら…下から突き上げる彼の動きに翻弄されて、喘ぐ口からよだれが垂れて行くのをそのままにすると…甘い彼に溺れて、トロけて、ひとつになった。 「はぁはぁ…凄かった…!」 そう言ってうつ伏せに突っ伏す惺山の背中をぼやけた瞳のまま見つめると、そっと手を伸ばして指先で撫でる。 汗ばんだ背中に…僕がなぞったあとがゾクゾクと鳥肌を立てて行く… 「惺山…惺山…僕の、大事な惺山…」 怠い下半身を起こして、彼の背中に覆い被さって乗ると、笑い声を出しながら彼の体が揺れて、僕を小さく揺らした。 「ねえ、豪はもう…ツンデレをやめたの…?」 下敷きになった彼がそう言うから、僕は彼の背中を手のひらで撫でながら言った。 「…知らない。」 「ふふ…やめて無かった…」 彼の言葉に口元を緩めて笑うと、大好きな彼の背中にキスをする。 お母さん…僕が女の子だったら、彼の子供が欲しい。 小さい頃から…ピアノを習わせて、バイオリンを習わせて、女の子でも、男の子でも、音楽家に育てる。そして、彼の遺伝子を継いだ…愛する子供が、素敵な曲を演奏するのを胸を震わせて聴きたい… そんな人生が…良かった。 「いつ…?」 「明日…。持って来たい荷物があるから、一度、東京に戻って…荷物を持って戻って来る。」 お風呂で体を流して、洋服を着直すと、彼が突然、東京に戻ると言った。 「だめ…」 惺山のシャツを掴んでそう言うと、彼は困った様に眉を下げて言った。 「仕事で必要な物なんだ…」 でも…東京に戻ったら、目が覚めて、僕の事を忘れてしまうかもしれない… 素敵な熟れた女の人と出会って…恋に落ちるかもしれない… もう…ここに、戻って来ないかもしれない…! 「だめ…!」 「ん~…参ったな…」 笑いながらそう言う彼は…言葉とは裏腹に、全然、参った様に見えない。 彼の背中に抱き付いて顔を埋めると、グリグリと顔を擦り付けながら言った。 「じゃあ…僕も行く!」 「駄目だよ。兄貴が怒るだろ?」 惺山はそう言うと、僕の頭を撫でて宥める様に抱きしめた。 そんな彼の胸の中で、ぐずる様に体を揺らすと、背中を何度も撫でながら聞いた。 「町に売ってないの…?」 「売ってない…」 「ん、だぁめぇ…行かないで…!」 「ん~…」 もし、彼が死んでしまったら…? 僕の知らない所で、彼が天に召されたら…? そう思うと、片時も離れたくなくなるんだ。 1分1秒たりとも、離れたくないし…目を離したくない。 じっと…様子を窺い続けるストーカーみたいに、彼の行動を全て、知って…全て同行したい。 ひとつになってしまった方が、良いんだ。 僕は彼の中で生きて…彼が永遠に生き続けたら良いのに。 体に纏わり付いて離れない僕を、彼は優しく撫でながら途方に暮れている。 わがままを言ってるって、自覚はあるし、困らせているって自覚もある… でも、彼をひとりで行かせるなんて…僕には出来ない。 「じゃあ…豪ちゃんの兄貴が仕事から帰ったら、話してみるよ。良いって言ったら一緒に来たら良い…。でも、兄貴がダメって言ったら…ダメだよ?どうしてかって言うと、兄貴は豪ちゃんの唯一の肉親で…ずっと、お前を守って来てくれた人だからだ…。」 惺山はそう言うと、僕の顔を覗き込んで…チュッとキスをした。 僕は、うん…なんて、返事をしたくなくて、黙って彼の髪を撫でた。 …兄ちゃんは、行っても良いなんて言わない。 絶対に、ダメだって言う… 「きらきら星…弾いて…?」 嫌な事を忘れる様に彼の手を握ってそう言うと、惺山はニッコリと微笑んで…僕をピアノの部屋に連れて行く。そして、自分の隣に座らせて、あの綺麗なきらきら星を聴かせてくれる。 彼の指が凄い速さで鍵盤を走るのを見て、ピアノから重厚な音と、軽快な音が、交互に聴こえてくるのを体中で感じながら、感動して、瞳を細めて、頬を濡らす。 「素敵…」 まるで、天の星が…全部、自分の頭の上に落ちて来るみたいに…止めどが無いんだ。次から次へとピアノの音色が体を叩き付けて、胸を揺らして行くんだ…。 こんな事が出来るなんて… 「ピアノって…凄い。惺山は…もっと凄い…」 うっとりと彼を見つめてそう言うと、笑った彼の口元に…そっとキスをした。 「兄ちゃんは…9時には帰って来るよ。」 「分かったよ…気を付けて帰るんだよ…」 大好きな彼と別れて、とぼとぼと家に帰る道。 手に持ったバイオリンを胸に抱えると、何度も振り返って僕を見送る彼を見つめた。 居なくならないでしょ…? そんな気持ちをひた隠しにして、彼の優しい瞳が見えなくなるまで…何度も振り返った。 …また明日ねって、笑顔で別れた後…次の日、死んでいたお姉さんが居た。 療養目的で湖畔の別荘に訪れていた…高校生のお姉さん。 湖で遊ぶ僕たちを、湖畔のベンチに座って、ただ、ぼーっと眺めている彼女の体にも…モヤモヤが見えた。 「お姉さんも湖入ったら?気持ち良いよ?」 僕がそう言って声を掛けると、お姉さんはこちらも見ずに、暗い表情をそのままにポツリと言った… 「…そう。良かったね…」 とっても悲しそうで…とっても寂しそうで…とても辛そうだった。 …病気なのかな? 「ほらぁ…!おいで?ここに座ってみて~?」 お姉さんの手を引いて桟橋を一緒に歩いて進むと、彼女のサンダルを外して一緒に腰かけて、足を湖に浸した。 「あぁ…冷たい…!」 そう言った彼女が、少しだけ笑顔になって…嬉しかった。 「豪ちゃん!ん、も…ダメだよ…!女の人に…勝手に、そんな事したら…!」 清ちゃんがそう言って僕の手を引っ張るから、僕はお姉さんの手を握って言ったんだ。 「豪ちゃんだよ…?また、明日…一緒に遊ぼう?」 「…遊ぶ?」 首を傾げてそう呟いたお姉さんに、深く頷くと、僕はまた言った。 「そう!豪ちゃんと、一緒に遊ぼう?」 次の日も…そのまた次の日も…僕はお姉さんの元に通い続けた。 「豪ちゃん!クッキー作ってあげる!」 「わぁ~い!やった~!」 そしていつしか、お姉さんと仲良くなって…ご両親と仲良くなって、別荘にお呼ばれしたり、僕の鶏を撫でさせてあげたり、てっちゃんの自転車で、二人乗りをして…転んだりした。 あんな暗かったお姉さんの表情も、笑顔が8割…悲しい表情が2割…なんて比率になって、とっても、嬉しかった… でも、彼女の体を纏わり付くモヤモヤはどこにも行かないで、毎日彼女の体の周りをうろついた… 嫌だった… こんなに優しいお姉さんを”死“が付け狙ってる… 「お姉さんは、病気なの?」 「ん、違うよ?」 別荘のテラスで、ベンチに腰掛けながら僕がそう言うと、お姉さんはクスクス笑って言った。 「…学校で、嫌な事があって…行きたくなくなっちゃったの…」 なんだ…そんな事… 僕はお姉さんの手を握って、彼女の顔を見つめて言った。 「お姉さん…?豪ちゃんの兄ちゃんは、高校に行かなくても元気に生きてるよ?嫌なら行かなくても良いんじゃないかな?豪ちゃんと、一緒に居たら良いんじゃないかな?」 「ふふっ!」 僕の言葉に吹き出して笑うと、お姉さんは僕を抱きしめて言った。 「…そうだね、豪ちゃん…。私も、豪ちゃんとずっと一緒に居たい…」 そうしたら良いのに… ずっと一緒に居たら、僕はお姉さんが危ない目に遭う前に…助けてあげられる。 危険を予測して回避出来る様に、お姉さんを“死”から守る事が出来る。 「うん…ぜひ、そうしてみて?」 お姉さんの長くて綺麗な髪を撫でてそう言うと、彼女がクスクス笑う声を聴いて、一緒になって笑った。 「じゃあ…また明日来るね?」 夕方の5時…僕は帰り道に立って、お姉さんにそう言って手を振った。 「うん…また、明日ね。」 お姉さんはいつもの笑顔でそう言うと、いつもの様に僕に手を振り返した。 なのに… 明日…会うつもりだったお姉さんは、その後すぐに…自殺して死んだ。 理由…? やっと元気になったお姉さんに、クソッタレがとどめを刺したんだ… 携帯電話なんて持たない方が良い。 自分を傷付ける人と、どうか、繋がらないで。 世界は広いんだ。 自分で自分を追い詰めたりしなくても…柔らかなゴムの様に形を変えて、違う場所に…逃げてしまえば良かったのに… 酷い事を言う奴の言葉に…耳なんて貸さなくて良かったのに…! 「あぁぁぁぁ!!お姉さん!お姉さん!今日、遊ぶって言ったじゃんっ!」 冷たくなったお姉さんに抱き付いてそう言うと、彼女のご両親は怒りの形相で可愛いストラップの付いた、おねえさんの携帯電話を握り締めていた。 「豪ちゃん…ひろ子は…ここに居た間だけでも、君と遊べて…楽しかったんだ。豪ちゃん…ありがとう…ありがとう…」 お父さんがそう言って僕を抱きしめると、お母さんは泣き崩れながら僕に言った。 「…豪ちゃん…聞いたの…。あなたが傍に居ると、人が死ぬって…。もしかして…」 「おい!やめろっ!」 あぁ… お母さんを宥めてそう言うお父さんを見つめて、放心した気持ちを持ち直す事が出来なかった… 表立っては言われない…でも、そういう風に…見られている事は知っていた。 “悪魔”“死神”“呪われた子”そんな陰口は、嫌でも耳に入って来たもの。 傷付かない訳無い…でも、知らない振りをした。 僕に向けられる悪意に、気付かない振りをしてやり過ごして来たんだ。 てっちゃんのお父さん、お母さん、清ちゃんのお父さん、お母さん、晋ちゃんのお父さん、お母さん、大ちゃんのお父さん、お母さん…この人たちが…僕を守ってくれているから…僕は、馬鹿な振りをして、悪意に気付かない振りをして、何とか生きて来た。 僕のお父さんの様に、僕が”死”を運んで来るって思っている人が、村の中にだって一定数居るんだ。そんな人から話を聞いて、お姉さんのお母さんは動揺してしまったんだ… 「…ごめんなさい…」 救えなくて、助ける事が出来なくて… 僕が、傍に居て…ごめんなさい… 力なくそう言うと、モヤモヤの無くなったお姉さんの遺体を見つめて涙を落した。 「はぁ…」 惺山…人はどんなタイミングで死ぬのか…誰にも分からないね。 だから…あなたと離れたくないんだ。 ため息を吐きながら暗くなった帰り道を歩いて進むと、晋ちゃんのお店に掛けられた青い明かりに集まった大きな蛾がバチバチと羽音を立てて暴れていた。 死んでしまうというのに…どうしても、この明かりに集まってきちゃうんだ… 哀れだ… ガララ… 玄関を開いて、朝のままの食卓の上を片付けると、洗濯し損ねた服を慌てて洗濯機に入れてまわす。 もう…夕方の5:00 きっと、乾かない。 彼に書いて貰った…“指を置く場所が書いてある紙”を見つめて、バイオリンを取り出すと、肩とほっぺに挟んで首にずらす。そして、左手の指を立てて、書いてある通りに指を弦に置いて行く… 彼の弾いたバイオリンはとても綺麗だった… のびのびとした、青空。その下に…僕が見えた。 そして彼に向かって…笑顔で駆け寄って来るんだ。 そんな、彼の”愛の挨拶”のイメージが…僕に流れ込んで来た。 不思議だな… 僕が…弾いたら…どんなイメージになるのだろう… 誰を思って、何を思って弾くのだろう… 「あ…ご飯、作らないと…」 慌ててバイオリンを首から離すと、綺麗に拭いて、弓には松脂を塗って丁寧にしまった。 お世話するのは全然苦じゃない…生き物の様に感じて、逆に愛着が出てくる。 僕が鶏を飼っているせいかな…? それとも、バイオリンを持った人は…そんな気分になってるのかな… ピーピーピーピー 洗濯が終わった音を聞くと、走って向かって急いで洗濯物を籠に移した。そして、勝手口から家の裏に行くと、物干しざおに洗濯物を干していく… あぁ、こんな事バレたら…兄ちゃんに怒られそうだ… だって…家の事をちゃんとしないで、ずっと彼の傍に居たんだもの… 「あら~?豪ちゃん…これから?」 「うん…ちょっと…遅くなっちゃったの…」 夕方から洗濯物を干し始める僕を、隣のおばちゃんが洗濯物を取り込みながら、不思議そうな顔をしてそう言った。 「乾かないかなぁ…」 「乾くよ。明日の朝にはね?」 そんな優しい事を言ってくれると、おばちゃんはケラケラ笑って言った。 「父ちゃんの作業着なんて、大昔、夜中に干しても乾いたもん。」 わぁ… 上には上がいる… 「ホント?だったら…良かったぁ。ちょっと…豪ちゃん、朝から忙しくって、洗濯出来なかったんだぁ。」 「お利口さんだね?うちの孫も…豪ちゃん位良い子なら良いのに…ぶつぶつ…」 おばちゃんはそう言うと、取り込んだ洗濯物を抱えて家に帰って行った。 …お利口? 僕は…お利口なんかじゃない。 普通と違う…厄介な…“変わった子供”だよ? 孫が僕みたいだったら、きっと、おばちゃんは嫌なはず… 「豪ちゃ~ん!」 「ん、こっち~~!」 玄関の方で、僕を呼ぶてっちゃんの声がした。 走ってくる足音が聞こえると、僕が洗濯を干しているのを見て、てっちゃんは眉を下げて言った。 「あ~あ…」 うん…あ~あ、だ。 付き合いの長い彼は、瞬時に僕が家事をさぼった事に気づいて、その後、兄ちゃんに怒られるところまで、想像したに違いない… 「これから家でお好み焼きを焼くよ?豪ちゃんもおいでって、母ちゃんが言ってる。これ…終わったら一緒に行こう?」 てっちゃんはそう言うと、兄ちゃんのTシャツを手に取って一緒に干すのを手伝ってくれた。 「うん…」 惺山の服を手に取ってしわを伸ばす様にパンパンと払うと、誰のよりも丁寧に干した。 そんな僕を見ると、てっちゃんは首を傾げながら言った。 「どうして、バイオリンをやるって…言ったの?」 「ん、だって…先生が3年越しの補助金で買ったって…目をキラキラさせて豪ちゃんに言ったんだぁ…可哀想で断れないよ。それに…」 「それに?」 自分のパンツを洗濯ばさみに挟みながら、食い気味に聞いてくるてっちゃんを見て言った。 「惺山が…ピアノを弾いてくれるから…」 僕の言葉に、急に黙ってしまったてっちゃんを首を傾げて見つめると、彼はため息を吐いて言った。 「はぁ…豪ちゃんは、あのおっさんが好きなの…?」 え…? 「違う…ただ、面白い人だから、気に入ってるの。」 馬鹿みたいにケラケラ笑ってそう言うと、てっちゃんは少しだけ悲しそうな顔をした。 …変な、てっちゃん。 兄ちゃんが僕の生活を支えてくれる人なら…彼は、もう一人の兄ちゃんのような人。 友達付き合いや、礼儀を教えてくれた。 幼い頃から、彼は…ぼくの、もうひとりの兄ちゃん。 頼りになって…強くて、格好いい。そして、どんな時も…僕を助けてくれる。 そう…あの、雨の日も… 自分の安全よりも…僕を助ける事を考えてくれた。 スーパーマンみたいな…兄ちゃん。 「豪ちゃんはね、お好み焼きに…チーズを入れるよ?」 ケラケラ笑って、てっちゃんにそう言うと、彼は口を尖らせて言った。 「…邪道だな。」 「邪道じゃないよ?お洒落なんだよ?」 おどけてそう言うと、てっちゃんはいつもの様に僕の頭を撫でながら笑って言った。 「お洒落?あ~はっはっは!豪ちゃんはお洒落より、食い気だろ?」 なぁんだ! ムッと頬を膨らませると、干し終えた洗濯籠を両手に抱えて言った。 「ち~が~う!」 「そうだ!」 「ち~が~う!」 「そうだ!」 “兄ちゃん。てっちゃんの家に居ます。” そんな書置きを食卓の上に置くと、てっちゃんと一緒に暗くなった道を歩いて彼の家に向かう。 「てっちゃん?鈴虫が鳴いてる…もう、秋?」 「そうだね…鈴虫が鳴いてる。」 惺山と変わらない背の高さの彼の背中を見つめると、彼よりも締まったてっちゃんの背中を撫でて言った。 「…ムキムキ?」 「はぁ~~~!?ち、ち、違うよっ!?」 動揺した様に慌て始めるてっちゃんを見て思った… きっと、隠れて筋トレしてる。 そして、町からくる本校のお嬢様を狙ってるって… てっちゃんならモテまくるだろう。 …だって、ムキムキだし、この村で一番のイケメンだもの。 「お腹は~?豪ちゃんにだけ見せて~?」 「え…!…ダメだぁよ!見せない!」 彼のTシャツを掴むと、チラッとめくり上げて彼の腹筋を確認する。 わぁ… 「ムッキムキ~!」 「あっ!あぁ…!ダメだよっ!」 一緒に湖で泳ぐのに… …暑い日は”北京ビキニ”なんて言って…お腹を出して歩いてるのに… 顔を赤くして嫌がるてっちゃんに、首を傾げる。 「も一回見せてぇ?豪ちゃんに、見せて?」 「ん、だぁめだよ!…ん、もう…!ほんとに、怒るぞ!?」 しつこくてっちゃんのTシャツをまくり上げようとする僕から、必死に逃げるてっちゃんを追いかけると、あっという間に彼の家の近くまで来た。 「連れて来たよ~!」 てっちゃんの家に着くと、勝手知ったる我が家の様に、走って居間に向かう。 てっちゃんのお家は大きい。 廊下の幅も…扉の大きさも…全てが規格外。 良く滑る艶の良い廊下を走って抜けると、中庭を見渡せる縁側を走って、お座敷に座るてっちゃんのお父さんとお母さん…その他…いつものみんなと、その両親に、笑顔を向けて言った。 「豪ちゃんも、来たよ~?」 「お~!やっと揃った!」 酔っぱらった、てっちゃんのお父さんはそう言うと、自分の隣をポンポンと叩いて言った。 「豪ちゃん!おいちゃんにビールを注いで!」 「わぁ~い!」 僕は大喜びして、てっちゃんのお父さんの隣に座ると、ビールの瓶を両手に持ってゆっくりとコップに入れて行く。 初めは…ゆっくり入れて…最後は泡が立つように入れる… コップの傾きを徐々に起こしていくてっちゃんのお父さんに合わせて、慎重にビールを注いだ。 「お~~!お上手~~!」 綺麗に泡が立つと、てっちゃんのお父さんは僕の頭を撫でて喜んでくれる。 「ふふ~!豪ちゃんはビール注ぐの上手だもんね~!」 ケラケラ笑ってそう言うと、てっちゃんの隣に座り直して、てっちゃんのお母さんがくれるコップにお茶を入れて貰う。 「おばちゃん、ありがとう~!」 「良いって事よっ!」 ふふ…この食卓に座るみんな…晋ちゃん、清ちゃん、大ちゃん、てっちゃん…その、お父さんとお母さん… みんな…僕の兄弟で、みんな…家族。 お父さんが居なくなってしまった僕と、兄ちゃんを…代わる代わる、面倒見て育てて、守ってくれたんだ。 だから、こうしてみんなと一緒に居る時が、好き。 「豪ちゃんが、あのおじちゃんに“せいざ~ん!”って抱き付いて…カレカノ感出してた!」 大ちゃんがそんな要らない事を言うと、鉄板にお好み焼きのタネを流しながらてっちゃんのお母さんが言った。 「…豪ちゃんは、お世話好きだから…」 「そうね。豪ちゃんはお世話好き。小さい頃…ナメクジを殻の無くなったでんでんむしだと思って…穴の空いてる物を置いては、あ~気に入らないんだ…なんて、ブツブツ言ってた事もあった。」 清ちゃんのお母さんがそう言うと、晋ちゃんのお父さんが吹き出して笑って言った。 「俺が足を骨折した時、ずっと付きっ切りで看病してくれてた!」 ふふ…!覚えてる…7歳の頃だ… 動けなくなった大人が面白かったんだ。 大人なのに…何も出来ないで動けない…そんなの、面白いでしょ? だから、コップにお水を入れて、無理やり飲ませたり…おやつのイチゴを寝てるのに…口の中に無理やり入れた。後は…リモコンを取って来てあげたり…新聞をめくってあげたり…絵本も読んであげた。 「…豪ちゃん、何入れる?」 晋ちゃんのお父さんをニコニコ笑って見ていると、てっちゃんのお母さんがそう聞いてくるから、僕はにっこり笑って言った。 「チ~ズ!」 「ぷぷっ!お洒落なんだよな?あ~はっはっは!」 意地悪なてっちゃんがそう言うから、僕は彼のお皿の上のお好み焼きを、ペロリと食べてやった。 「あ~~!」 「美味しい!おばちゃんの料理、大好き!」 両手を合わせてウルウルと瞳を潤ませてそう言うと、てっちゃんのお母さんは豪快に笑って言った。 「山芋を入れるんだ。そうするとフワフワになる。」 へぇ~!知らなかった!! 惺山にも…食べさせてあげたい。 作ってあげたい… 「健ちゃんにも持って帰ってね。おばちゃん…お皿に入れてあげるから…」 「うん!やったぁ~!」 紙皿に兄ちゃん用のお好み焼きを置いてくれると、てっちゃんのお母さんは僕のチーズ入りのお好み焼きを作り始める。 「ホントだ~。粘り気がある~。」 グルグルとかき混ぜられるお好み焼きのタネを見つめてそう言うと、清ちゃんのお父さんが言った。 「豪ちゃん、バイオリンを弾くんだって?」 「うん!」 「徹が小さい頃…ず~っとピアノばっかり弾いてて…こう、勉強してても、聴こえて来るもんだからさ、音楽があるのが…当然になっちゃったみたいで。おじちゃんは音楽を聴くのは好きなんだ。だから、豪ちゃんのバイオリン…めっちゃくちゃ楽しみにしてる!」 あぁ… 僕は苦笑いすると清ちゃんのお父さんに言った。 「豪ちゃんは初めてなの!だから、上手じゃないの!」 「良いんだよ。音楽は…楽しめば。」 そう言った清ちゃんのお父さんは、まるで惺山と同じ様な優しい目をしていた。 …不思議だな 音楽を好きな人って…みんな、楽しめば良いって言う。 音を楽しむと書いて…”音楽“ だけど、練習して分かった。 全然、楽しくなんてない… やればやる程…目標が遠ざかって行くような、現実を突きつけられる。 惺山が傍に居て…彼が教えてくれるから出来る様なもの。 僕ひとりだったら…絶対に挫折する… 「我らが豪ちゃんの…晴れ舞台だな!」 大ちゃんのお父さんがそう言うと、晋ちゃんのお母さんがケラケラ笑って言った。 「赤飯だ!」 「あ~はっはっはっは!」 大人の大きな笑い声に囲まれて心地良くなると、焼きあがったお好み焼きをお皿に貰って、てっちゃんがくれるソースとマヨネーズをかけて、青のり…鰹節を乗せた。 「てっちゃん?チーズを入れると美味しいんだよ?食べてみて?あ~ん…」 お箸で切り分けて、隣のてっちゃんの口に運ぶと、ドギマギしたてっちゃんが恥ずかしそうに口を開いた。 「…豪ちゃんはね、魔性なんだ。」 大ちゃんが、僕を指さしてそう言った。 「てっちゃん、あ~んして?惺山、あ~んして?って…どっちが本命なの?」 …本命? 「ね?美味しいでしょ?」 てっちゃんの顔を覗き込んでそう聞くと、コクコク頷く彼を見て、満足する。 やっぱり…チーズは最強だ! 「無視するなよ~~!」 そんな大ちゃんを無視して、お好み焼きを一口に切ると、自分の口に入れて言った。 「ん~~~!美味しい!」 ふわふわなのに…外側がサクッとしている…最強の焼き加減だぁ! 余りの凄技に、うっとりとてっちゃんのお母さんを見つめて首を横に振ると、てっちゃんにもたれかかって言った。 「てっちゃんのお母さんのお料理は最強!豪ちゃんのお師匠さんにしよう!」 「哲!良かったな!豪ちゃんが嫁に来てくれるってよ!」 晋ちゃんのお父さんがケラケラ笑ってそう言うと、てっちゃんは顔を真っ赤にして怒って言った。 「ん、な…ん、な…!あっ…な、ん…!違う!」 変なの。 …僕は男の子だから…嫁には行かない。 てっちゃんのお母さんの…お料理の弟子になるんだ。 「作曲家の先生は…曲を作ってるのかい?」 てっちゃんのお父さんがそう言った。 「イケメンなのよ…」 大ちゃんのお母さんが、うっとりとしながらそう言った。 「剥けてるんだ…」 最低の大ちゃんがそう言った。 「作ってるよ?今…3つ出来たの。豪ちゃん…ずっと家の外で聴いてたから知ってる。」 僕がそう言うと、清ちゃんのお父さんが目を丸くして言った。 「もう?速いね…?3つも作ったの?ここの環境が落ち着いたのかな?それとも…何か曲を閃くヒントが散らばっていたのかな…?」 「知らない。でも…雰囲気が全く違う曲を、あっという間に作るんだ。ねえ、豪ちゃんの惺山は凄いでしょ?ふふ~ん!」 胸を張って威張ると、お皿の上のお好み焼きを一口に切って口に入れる。 フワフワに膨らんだ、お好み焼きの生地にちりばめられた紅ショウガが…う~ん!美味しい! あっという間に一枚食べると、おかわりをてっちゃんと半分にして…もう半分を食べた。 「…お腹いっぱいになった?」 僕の顔を覗き込んでてっちゃんがそう聞いて来たから、彼の唇に着いた青のりを指でこそぎ取りながら言った。 「うん…豪ちゃん、お腹いっぱいになった。」 「ほらぁ!魔性だ!」 そんな大声を出す、大ちゃんは無視する。 大ちゃんがあんなにすぐに何でもエッチにしたがるのは、きっと、お父さんとお母さんがエッチだからだ。 大ちゃんの家でお世話になっていた時、夜中にひとりでトイレに起きたんだ… その時、激しくエッチする2人を見た。 幼心に見てはいけないものだと思って…何も言わないで通り過ぎて、トイレを済ませた。そして、トイレから出ると、やけに取り繕った様に離れている2人を見て、首を傾げた。 あんなにくっ付いて…激しく動いていたのに…って不思議だった。 今思えば、あれはエッチをしていたんだ。 大ちゃんは日常にあんな刺激的な事があるから、何でもエッチに見えるんだ。 「森山惺山…頭角を現したかと思ったら、急に都落ち…」 大ちゃんのお父さんが、携帯電話を見ながら…そう言うと、晋ちゃんのお母さんが興味津々に顔を覗き込ませて言った。 「…何かあったの?」 「不倫だって…」 「あぁ…」 そんな大人の会話が漏れ聞こえる中…縁側でスイカを食べると、てっちゃんのお母さんがくれた”兄ちゃんのお好み焼き”を袋に入れる。 「おっさん…不倫してたんだ…」 てっちゃんがスイカの種を飛ばしながらそう言うと、大ちゃんがケラケラ笑って言った。 「おじちゃん…なかなかやるねぇ!剥けてるだけある!」 晋ちゃんが肩をすくめながらコソコソ声で言った。 「おっちゃんが…他所の家の母ちゃんと、出来てたって事か?」 「尊敬するわ…人妻とか、ご褒美じゃん…」 「え…?」 清ちゃんの意外な性癖を知ってみんなが固まる中…僕は、袋を手にかけてお座敷で談笑する大人に言った。 「おじちゃん、豪ちゃん、帰る~!」 「ん、おう!哲!送ってってやんな!」 てっちゃんのお父さんの一声でてっちゃんが僕の隣に来ると、惺山の噂話を続ける大人に言った。 「惺山の事、色々言うのやめて?豪ちゃんの大事な人を虐めないで?」 「虐めてないさ…ごめんね、豪ちゃん…もう言わないよ…?」 そう言った清ちゃんのお父さんを見下ろして、僕は自分でも信じられないくらい…冷たい視線を送って低い声で言った。 「絶対、嘘だ…」 「…豪ちゃん?」 訝し気に眉をひそめた大人たちが僕を見ても…僕は、彼を悪く言われるのが…嫌だった。だから、言葉で言えない分…目に力を込めて、怒った…。 僕の大切な人を…悪く言わないで… 「豪ちゃん…もう、行こう…」 てっちゃんがそう言って僕の手を強く引いて、玄関へと連れて行った。 きっと、そうでもしないと…僕が動かないって分かったからだ。 あんなに楽しかったのに…胸の奥が逆立って…苛ついた… 「…豪ちゃん、怒るなよ…」 繋いだ手の先、僕の腕を揺らしててっちゃんがそう言うから、僕は月の光で出来た彼の影を見つめて言った。 「うん…」 我慢出来なかった… あんなにお世話になった大好きな大人達が…惺山の噂話をしている姿を見たら、一気に汚い物の様に見えた。 隠せない嫌悪感を出して、睨んでしまった… 「嫌だったの…?」 「うん…」 てっちゃんの言葉に頷いてそう答えると、彼の手を強く握って俯いて歩く。 それ以上何も聞かないで僕と一緒に歩いてくれる彼の手を見つめると、我慢できなかった事を後悔して、ポロリと涙を落とす… 嫌いじゃない…大好きな人たちなのに。 酷い態度をとってしまった… 惺山の事を、何も知らないのに…悪く言わないで欲しかったんだ。 だって、それは、僕の事を”悪魔”と言ったり…”死”を呼ぶ子供と噂を立てる人たちと同じじゃないか… 何も知らないのに…何かを語る事なんて出来ない。 憶測で語る事なんて…それは、もはや、真実じゃない。 噂なんかで、彼の何が分かるというの…? 話してもいないのに…触れてもいないのに…分かる訳、無いんだ。 そんなもので、彼の価値を決めるなんて…許せなかった… 「あ…兄ちゃん、帰ってる。」 家の前に着くと、兄ちゃんのバイクが止まっていて、家には電気がついていた。 「てっちゃん、ありがとう…また、明日ね?」 てっちゃんの手を離してそう言うと、彼は僕の手を掴んだまま言った。 「うん。」 何か言いたげに僕を見つめて来るから、首を傾げながら言った。 「…どうしたの?」 「いや…また、明日ね…」 そう言って手を放すと、てっちゃんは来た道を戻って歩いて行く。 僕は彼の背中が見えなくなるまで、じっと見つめて見送った。 惺山よりも…ムキムキの背中… 小林先生が…色目を使うのは、あのムキムキのせいかもしれない…と、思った。 「ただいまぁ~…」 玄関を開いて家に入ると、ムスくれた顔をして僕を見る兄ちゃんに手に持ったお好み焼きを見せて食卓に置いた。 「てっちゃんのお母さんがくれた。兄ちゃんの分だよ?」 「え…?」 そう言ってもじもじしながら中を覗き見ると、兄ちゃんはすぐに機嫌を直して、僕に手を出して言った。 「豪!箸!」 …自分で取れば良い… 内心そう思うけど、僕はこれから…兄ちゃんに外出の許可を取らなきゃダメなんだ。 東京まで、彼について行く…許可を貰わなきゃダメなんだ… 「はい…」 そう言って差し出されたままの手にお箸を乗せると、コップにお茶を入れて置いてあげる。 時刻は…8:00 9:00過ぎに彼は来るだろう…それまでは、機嫌を良く…とまではいかなくても、悪くする訳にはいかない。 「美味しい?」 「うん…旨い。」 兄ちゃんはてっちゃんのお母さんの作ったお好み焼きを、満面の笑顔で食べながら、隣に座った僕に言った。 「豪…米!」 …はぁ 何も言わずに立ち上がると、炊飯器を開いて兄ちゃんのどんぶりにお米をよそって伸ばした手の上に、ポン…と置いてあげる。 「やっぱり、お好み焼きはおかずになる!」 そんな風にケラケラ笑って話す兄ちゃんに何も言わずに頷いて答えると、仏壇の前に行ってバイオリンの“指を置く場所を書いた紙”を眺めて、彼を思う。 …惺山、今日あなたの事を、大人があれこれ言っていた… 許してね…傷つかないでね…僕の大切な人… 彼らはあなたの痛みの微塵も知らないだけなんだ。 コンコン… 玄関をノックする音に俯いた顔を上げると、僕を見つめる兄ちゃんを無視して玄関に走って向かった。 ガララ… 曇りガラスの扉を開いて見上げると…そこには、僕の、大好きな彼がいた… 「惺山!」 堪らずそう言って抱き付くと、彼の胸にすりすりと頬ずりして言った。 「あぁ…ふふ!惺山だぁ…!兄ちゃん、惺山が来た!」 「お。おぉ…」 動揺する兄ちゃんを無視して、彼の手を引いて家にあげる。 「…あ、こんばんは…ご飯中でしたか、すみません。」 お好み焼きでご飯を食べる兄ちゃんにそう言うと、惺山は僕を見下ろして…眉を下げて言った。 「やっぱり…」 「なぁんで!」 弱気になった彼を叩くと、兄ちゃんの隣に座らせて、催促する様に腕を押した。 「…豪、なんだ…」 そう言って僕を見る兄ちゃんに、惺山を見て言った。 「言って!早く、言って!」 彼はため息をひとつ吐くと、お好み焼きを箸で掴んだままの兄ちゃんに言った。 「明日…東京に荷物を取りに行くんだけど…豪ちゃんも一緒に行きたいって言うんだ。どうかな…連れて行っても良いかな…?」 「はぁ…?ダメに決まってますよ。」 兄ちゃんはすぐにそう言うと、一気に顔をしかめて僕を見て言った。 「豪!お前、この人に言わせたら、兄ちゃんが言う事を聞くとでも思ったのか!」 「違う…豪ちゃんは何も言ってない…。ただ、兄貴が心配するだろうから、駄目って言われたら止めようねって…そう話してたんだよな?」 惺山がそう言うと、兄ちゃんは彼の右手首に付いた僕のミサンガを見つけて、グッと目に力を込めて睨みつけて言った。 「あなたも…あなただ!良い年した大人が…子供の言いなりになってどうすんですか!」 「えぇ…?」 すごい剣幕の兄ちゃんに怒られると、惺山はしょんぼりした顔をして僕に言った。 「はぁ、兄貴は駄目だって言った。まぁ、すぐに帰って来るから…。心配しないで…?じゃあ…」 「やぁだぁ!」 帰ろうとする彼の腕を掴むと、引っ張って手繰り寄せて、逃がさない様に体を足で挟んだ。 そんな僕を見ると、兄ちゃんは眉を吊り上げて怒鳴りつけて言った。 「豪!」 「うるっさい!!」 「豪ちゃん…ダメだ。それは違うだろ…?兄貴はお前を心配してるんだ…」 惺山はそう言うと、兄ちゃんを睨む僕の顔を自分に向けて言った。 「豪…良く聞きなさい。兄貴はお前が心配だからダメだと言ってるんだ。それを…うるさい!は…違うだろ?」 「ん~~!違くない!」 真剣な表情で僕にお説教をする惺山に顔を背けると、彼にしがみ付いた四肢を外して、逃げ出そうと体を翻した。 「…待ちなさい!」 「やだぁ!惺山は…豪ちゃんを置いて行くんだ!」 ボロボロと泣きながらそう言うと、兄ちゃんがブチ切れて言った。 「豪!迷惑をかけるな!お前はいつも…!」 …やっぱりそうだ… ダメだって、言うと思ってた。 粘ったって…僕が惺山に付いて行く事なんて出来ないんだ…! こんな事なら…初めから言わなければ良かった…!! 困り果てた顔をする惺山の胸を叩くと、怒った顔をして兄ちゃんを指さして言った。 「ほら、見てよ!兄ちゃんは絶対に良いなんて言わない!惺山は、兄ちゃんに聞いて良いって言ったら…付いて来て良いよって言ったけど…それは体よく僕を追い払うための口実なんでしょ!」 「…はぁ、違うよ…」 「嘘つき!!」 そう言って怒ると、惺山の頭にしがみ付いて言った。 「ん、絶対離れないからっ!僕は、絶対に、惺山から離れないからなっ!」 両手をがっしり組むと、両足で彼の体を締め付けて…言葉の通り…彼を雁字搦めにした。 カチカチと時計の秒針の音が響く部屋の中…僕の胸の中で、彼がため息を吐いて言った。 「はぁ…どうしたら良いんだよ…」 …知らない! もう、知らない! 「豪…一緒に行きたいの…?」 え…? ポツリとそう言った兄ちゃんを見るのが怖くて、惺山の髪に顔を埋めたまま頬を膨らませると、口を尖らせながら言った… 「行きたいよ。行きたいけど…どうせ、兄ちゃんはダメって言う。僕はそんな事、分かってた。なのに、惺山が兄ちゃんに聞こうって言った。馬鹿なんだ…。本当の事を言ったって…良い事なんて無いのに…!ほれ見た事か!やっぱり兄ちゃんはダメって言って…僕を睨みつけた!思った通りの展開だ!」 「…行って良いよ…ただ、彼と、連絡先を交換する…」 え…? あまりにあっさりとそう言った兄ちゃんに逆に不安になると、惺山の“雁字搦め”を解いて、チラッと横目に兄ちゃんを見た。 兄ちゃんは…やけに穏やかな顔をして、惺山の携帯電話の番号を聞いていた。 そんな様子を横目に見ながら、彼の襟足を指先に絡めると、くるんと巻いて解いた。 …なんだ。行って良いんだ… それが僕の感想。 もっと反対されて、もっと怒られて、外出禁止にされると思ったのに…兄ちゃんは意外にも、すんなりと、僕の希望を聞いてくれた。

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