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#17

「すみません。ずんだのシェイクひとつと…あと、コーヒー下さい…」 普通に注文を済ませて、背中を押して来る大吉に押し退けられて弾かれると、店の端であの子と向かい合って口を尖らせて言った。 「押された…」 「ん、もう!大ちゃんは、我を忘れてるね…?」 そう言って俺の胸に顔をスリスリすると、豪ちゃんはクスクス笑いながら俺を見上げて言った。 「女の子って良い匂いする。」 はは…!ウケる!このタイミングで言うって事は俺が臭いみたいじゃないか! 「…豪ちゃんも、良い匂いがするよ?」 そう言ってあの子の頬をプニプニと摘んで撫でて、手に持った麦わら帽子を取って、あの子の頭に被せながら言った。 「頭が痛くなっちゃうからね…被ってなさい。」 「ふふ…うん…」 豪ちゃんは瞳を潤ませて嬉しそうに俺を見つめて笑った。そして、そんなあの子の笑顔にデレデレになった俺の鼻を、指でツンツン叩きながら豪ちゃんが遊び始めた。 「ぐふっ!死ぬ…!」 こんなもんじゃない…俺とこの子は…こんなもんじゃないぜ…? 「ずんだと、コーヒーのお客様~」 「ほいほい…」 注文した飲み物を手に取って、敷地の中に設けられたテーブルに二手に分かれて座ると、子供に紛れてコーヒーを啜った。 俺と豪ちゃんのテーブルには、哲郎と、女の子2人…向こうの席には、清助、晋作、大吉と…女の子…3人。 まるで…合コンの様だ。 「清ちゃんは木登りが得意なんだよ?」 「すご~い!」 意外にも…そんな話題で盛り上がる向こうの席に聞き耳を立てると、しきりに晋作があのネタをぶっ込む様子を見て、驚愕した… 「ちっ!これだから…お嬢様は…!」 あはははは!腹痛い! 本当にやりやがった!! あんなの、鼻で笑われて…冷たい視線を受けるだけだというのに!! 「晋作君って…ワイルドなんだね?ふふ!」 ふぉっ!? これまた予想外に、あいつのネタとも言える“ワイルドな俺を格好付けてアピール”に、女子が食い付いている…! はぁ… 分からんもんだね。哲郎氏… そんな表情を見せながら、豪ちゃんの隣で硬派なバニラシェイクを飲む彼を見て、首を横に振った。 「豪ちゃん…バニラも飲んでみる?」 「飲む~!」 ニコニコ笑顔の豪ちゃんは哲郎の差し出したストローに口を運んで、毎度の如く…彼の性癖によって、何度もストローの向きを変えられて弄ばれた…。 その度に口をパクパクさせる豪ちゃんを見た女子は、堪らずよだれを垂らした。 「んっはっぁ!何、この展開…!」 ポツリと呟いたつもりの独り言の音量調節すら、忘れる程だ…。 食い入る様に目の前で繰り広げられる…哲郎の豪ちゃんへの凌辱プレイに目が釘付けになっている… 「ん、もう!てっちゃんの意地悪ぅ!」 「あはは…!ごめんよ。はい、どうぞ?」 ニヤけた顔をそのままにそう言うと…ストローの先を摘んで、あの子の唇に触れながら、哲郎は自分のシェイクを飲ませた。 …哲郎は女子の前でも豪ちゃんをいたぶって悦ぶんだ… 「萌え死ぬ…」 ポツリと女の子がそう言うと、驚いた様に目を丸くして豪ちゃんが言った。 「日陰に行く?燃えちゃうくらい熱い?豪ちゃんの帽子を貸してあげようか?」 ふふ…! 「ぶふっ!ううん…大丈夫だよ?豪ちゃんは…惺山先生と、哲郎君と、ふたりと仲良しなんだね?とっても…特別に…仲良しに見える…」 そんな意味深な言葉をあの子に投げかけて、女の子は恍惚の表情で豪ちゃんを見つめる哲郎の様子を、鼻の下を伸ばして見た。 「そうだよ?てっちゃんは豪ちゃんのお兄ちゃんみたいなの。惺山は、豪ちゃんのお気に入りで、大好きなの。」 あの子がケラケラ笑ってそう言うと、表情を曇らせた哲郎が豪ちゃんの麦わら帽子のつばをはたいて言った。 「なぁんだよ…」 あぁ…いじけるぞ! 「…ん、てっちゃんも、ずんだ味のシェイク飲む?」 哲郎の気持ちなんてつゆ知らず…あの子はにっこり笑ってそう言うと、哲郎の口元に自分のシェイクのストローを差し出した。 「…要らない。」 プイっと顔を背ける哲郎に首を傾げたあの子は、じゃあ…とばかりに俺を振り返って言った。 「惺山、ずんだ味のシェイク、飲んでごらん?」 「ほい…」 迷う事無くあの子のストローに食い付くと、チュウッと一口飲んで顔を歪める。 「甘すぎる…!」 「ふふ!それが良いんだよぉ。だって、お砂糖が使われていない甘さなんだよ?」 あの子はそう言ってケラケラ笑うと、目の前でやきもちを焼いてそっぽを向いてる哲郎と、熟練の技を持つ大人の男に挟まれた豪ちゃんを、顔を真っ赤にして見つめる女の子に聞いた。 「イチゴ味も美味しい?」 「…やばい。マイターンだ…」 女の子はポツリとそう呟いて生唾を飲み込むと、不思議そうに首を傾げる豪ちゃんにコクコク頷いて言った。 「イチゴも…美味しいよ?豪ちゃん…飲んでみる?」 ほほっ!やるな! 「え?良いの~?わぁ~い!」 あの子は体を揺らして喜んで、女の子が震える手で差し出したストローをパクリと口に咥えて、彼女を見つめながらチュウッと吸った… 「んふぅ…美味しい!」 可愛い笑顔でそう言うと、悩殺された女の子がクラクラする中、あの子は彼女の手を掴んで言った。 「これ…どうしたの?」 「あわあわあわあわ…」 それは指の先に出来たタコ。 長い間楽器をやっていれば自ずと使う指の皮が厚くなって、部分的にタコが出来る事なんてしょっちゅうだ… でも、この子には珍しかったみたい。 「サックスを支える時に出来たタコだよ。」 隣の女の子がそう言うと、豪ちゃんは自分の左手の指を眺めて言った。 「豪ちゃんには無いね?惺山は?」 そう言って俺の左手を掴んだ豪ちゃんは、自分の目の前に引っ張り上げて、両手で俺の手を撫で始めた。 あぁ…豪ちゃん… 興奮して来ちゃう… 一本一本指を撫でられて、いちいち確認するみたいに親指と人差し指で摘まれる指先に、妙ないやらしさを感じて、あの子を見つめたまま鼻の下を伸ばして言った。 「気持ち…良い…」 「ぐほっ!」 「豪ちゃん!俺の手には…沢山タコがあるよ?!」 突然息を吹き返した哲郎が慌てた様にそう言って、あの子の目の前に自分の手のひらを差し出して見せた。そして、反対の指で自分の手のひらに出来たタコを示して言った。 「…触ってごらん?」 「ん~、凄い…!かった~い!」 嬉々としたあの子が俺の手を離してあいつの手を掴むと、哲郎の鼻で笑う声が聞こえないのに、聞こえた気がした… 「これは…萌え死ぬ展開!これ、やってんな…。絶対、やってんな…!」 女の子が満足げにムフムフと鼻の下を伸ばす中、豪ちゃんは哲郎の手のひらに出来たタコに夢中になって、何度も指で撫でて言った。 「てっちゃん…すっごい、硬い…」 来た…この展開… 「こっちの方が…もっと、硬いよ…」 あいつはそう言うと、違う個所を指さしながら豪ちゃんに言った。 「触ってみてよ…豪ちゃん。」 「ん、凄い…」 「タコが大きくなると…感覚が無くなってくんだ…だから、こうしても何も感覚がないんだよ。」 誘う様にそう言った哲郎は、自分の手のひらのタコを指で触って、豪ちゃんを伺い見る様に上目遣いをして言った。 「…触ってみて?」 あいつに言われるまま頷いた豪ちゃんは、そっと指でタコを撫でながらあいつの顔を見上げて言った。 「…どう?感じる?」 「もっと、強くしないと分かんない…」 「じゃあ…これは?感じる?」 「あぁ…ちょっと、良い…」 何を見せられているんだ!! 「ふん…!」 鼻から息を吐き捨てて顔を逸らした俺は、隣の平和なテーブルを眺める… デレデレだな… 特に、清助…お前がそんなに女の子の前で、ガッツく男だとは思わなかったよ… 全く、ませてんだな… 「三角関係!めっちゃ哲郎君がやきもちを焼いて…豪ちゃんがほわわんとしてて、惺山先生がデレて、その後に…哲郎君が豪ちゃんといちゃつき始めたら、今度は惺山先生がそれを面白くなさそうに見てた!」 「愛子…やめなって…!すぐにそう言う目で見て、良くないよ?この前だって、父親と息子なのに、ふたり連れってだけで…恋人設定して遊んでたでしょ?正直、気持ち悪い…、趣味が悪いよ。」 ハッキリと言う友達に窘められても、なお…彼女の興奮は治まらなかった… 唾を飛ばしながら、俺と豪ちゃん…そして、哲郎の、妄想とも呼べない話を他の子と共有したがって…煙たがられた。 BL好きの女の子は…愛子ちゃん… そんな要らない情報を更新すると、5人仲良く保護者の車に乗って帰る女の子たちを見送って、見えなくなるまで、手を振った。 「良い子だった…特に、敏子ちゃんは、絶対、俺の事好きだと思う。」 晋作がそう言うと、大吉が鼻でせせら笑った。 良いんだよ。男あるあるだ。 少し優しくしてもらっただけで、自分に気があると…勘違いしてしまうんだ。 俺の予想を裏切って、運に恵まれ、奮闘した彼らは、来週末の”音楽祭”で再び彼女たちに会う事を楽しみにしている様だった。 良かったよ。 哲郎のひとり勝ちになって…いじけて拗ねて、友情にヒビなんて入らなくてさ。 「惺山…お野菜、買って行こう?」 俺の手を引いてあの子がそう言った… お野菜… 「じゃあ…俺たちは野菜を買いに行くよ…」 興奮冷めやらぬギャング団が、小林先生に見つかってお手伝いを頼まれる中、ひとり寂しそうに豪ちゃんを見送る哲郎の目が、可哀想になるくらいに…寂しそうだった。 はぁ…すまんな… 「あぁ!とうもろこし、買って行こう?あと…トマトと、インゲンも…」 籠を左手に持った豪ちゃんが、次から次へと入れて行く野菜を見つめて口を尖らせて文句を言った。 「インゲンは要らない。青臭くて嫌いなんだ。」 「そうなの?じゃあ…違うのにしよっかぁ…」 首を傾げながら野菜を選ぶあの子の後姿を追いかけて、あぁでもないこうでもない…と脇から文句を言うと、豪ちゃんは楽しそうにケラケラ笑って俺の背中を撫でた。 そして、買い物を済ませて、袋を両手に持ちながら麦わら帽子のあの子を追いかける。 「豪ちゃんもね、あの女の子達、好きになったよぉ?だって、良い匂いがして…とっても優しくしてくれたもん。」 俺を振り返ってあの子がそう言うから、俺は首を傾げながらクスクス笑って言った。 「あぁ、モテモテだったからね…?」 「ん…違う…!ん、もう…そんなんじゃ…ないもん!」 顔を真っ赤にしてそう言ったあの子は、俺の手に持った袋をひとつ持ち上げて言った。 「指にタコが出来るまで楽器を練習してるなんて…凄いね。…なんだか、格好良いね?」 あぁ…そうだね。 君はそんなに練習しなくとも、上手に弾けちゃうんだもんね… でも…長く続けれていれば…いつかは壁にぶち当たって…タコどころじゃなくなる。 そんな時…俺が傍に居てあげられたら…良いのに。 「惺山、バイオリンの練習がしたい!」 ふふ… 「じゃあ…帰るか…」 お揃いの麦わら帽子を被りながら、ガサガサと音の鳴る袋を一緒に持って、仲良く一緒に…車へと戻った。 こんな他愛もない情景が、やけに目に染みるんだ。 「“きらきら星変奏曲”の編曲はどうする?何か具体的にイメージ出来た?」 運転席に座って助手席のあの子にそう聞くと、豪ちゃんは何度も頷いて言った。 「出来た!」 本当かな… 「そう、良かった…」 そこはかとない来た時と同じ。クーラーを全開にした車を発進させて帰路についた。 「惺山!僕は分かったんだぁ!昨日、家に帰って何度も何度も考えた結果、分かった事があるんだよ?それは、具体的な言葉で示すよりも、もっと有効的だよ?」 おぉ… どうした…豪ちゃん。 徹の実家に戻ってピアノの部屋に行くと、あの子は賢そうにそう言ってピアノに座った俺をじっと見つめて言った。 「僕が弾いてみる!」 ほほ! 「本当?じゃあ…聴かせてもらおうかな?」 あの子を見て自然と微笑む顔をそのままにそう言うと、バイオリンを首に挟んだあの子が深呼吸をして宙を見つめながら言った。 「ここは…湖の前…しんと静まった湖畔に立っています。鳥も眠る夜の空には…月が煌々と輝いて、僕を照らし続けます。」 え…? あの子は静かにそう言うと、顔を上に上げて、瞳を細めて言った。 「黒い森の影と…二つの山の峰の間には…キラキラと輝き続ける沢山の星たち…」 あぁ… この子は、情景を口に出しながら…自分に言い聞かせてるんだ。 この星を、弾くと… そして掲げた弓をそっと弦に当てると、あの子は上を見上げたまま弾き始める。 “きらきら星”… 「あぁ…素敵だ…」 シンプルで、単調…それがただの“きらきら星”… この子はそんな旋律に、情緒を込めて…満天の星空を俺の目に映した。 音楽が見えるって…こう言う事か… 鍵盤の上を自然と指が動いて、あの子と一緒に満天の星空を眺めながら”きらきら星“を”きらきら星変奏曲”へと持って行く… 「素敵だね…惺山…」 うっとりしたあの子の声を聴きながら頷くと、真っ暗な夜の湖畔で…響き渡る自分のピアノの音色に瞳を閉じて陶酔していく。 本当、綺麗だ… 開放感のある屋外は、音を反射させる様なものは無い。だから…ピアノの音色も…あの子のバイオリンの音色も、闇に吸い込まれるか…頭上の青暗い空へと…吸い込まれていく。 そんな情景が…目の前に広がっている… これは…錯覚?それとも…思い込みの極地…? 「あぁ…驚いた…」 そう言って瞳を開けた俺は、目の前のあの子が瞳を閉じながらバイオリンを奏で続ける姿を見つめて、口元を緩めて笑った。 あの子は“きらきら星”の単純な旋律を上手い具合に合わせて、俺の”きらきら星変奏曲“を奏でるピアノに乗せて来る。 それはずっと同じメロディの筈なのに、弾き方を変えて…弓の強弱をつけて…全く違う姿を表現して行く…。長いメロディを知らなくても、弾けなくても、こんな風にアレンジを加えて、タイミングをずらして、絶妙な曲展開をしながらセンスの良い曲運びをする。 こんな事をやってのけるなんて…思いきりが良いのか…ノリが良いのか… 何だか…君のバイオリンの音色は、とっても…ワクワクする。 「惺山…!こんな感じの“きらきら星”が弾きたい…!」 あの子はそう言うと、タイミングをわざとズラして”きらきら星“のメロディを俺のピアノに乗せてクスクス笑った。 「あふふっ!楽しいねぇ?」 楽しい…? 楽しい…! 「はは…!そうだね、満天の星空だ!豪ちゃん…!」 ケラケラ笑ってそう言うと、あの子の合わせて来るバイオリンの音色を、自分のピアノの音色に絡めて、星空へと上げて行く。 それはふたりにしか紡げない…“きらきら星”だ。 驚いた… 俺のバイオリンを手渡してから3日も経たない内に、表現の方法を知ったこの子は、文字通り…開花した。 アドリブで合わせられたのは…何回もこの曲をピアノで聴いているせいだ。 音の中を自在に泳ぐ魚の様に、あの子はセオリーを無視して…自由に泳ぐ。 まるで幼い頃からそうして来た様に、俺のピアノの音色に耳を澄ませると、弦を静かに弾きながら…寄り添う様に、バイオリンの音色を添えてくる… 右手の使い方が…絶妙だ。 この子に…超絶技巧を教えて、リストを…弾かせたい。 一体…どんな音色を紡ぎ出すのか…知りたい。 「さぁ!惺山!一緒に月に行こう!」 ”きらきら星“の終盤が近付くと、あの子はそう言って俺の周りを歩きながら”きらきら星”の奏法を巧みに変えて、盛り上がりを作り出していく… それは、まるで…星をバイオリンから生み出しているみたいに見えた。 あの子の指先でピチカートして弾かれた弦から、小さな星が産まれては空に飛んでいく様に…見えたんだ。 「ははっ!豪ちゃん!最後は、軽やかにだ!」 頬が痛くなるくらい笑顔になってそう言うと、あの子と一緒に軽やかに駆け上がって…月まで行った。 あぁ、地球は…青かった… ケラケラ笑いながら体を揺らすあの子を横目に、余韻に浸りながら感慨深いため息をひとつ吐いて、放心する… 「はぁ…!素敵だったね…!」 俺の背中にもたれかかるわずかな重さを感じて我に返ると…ホロリと涙を落としながら言った。 「素敵どころじゃない…。とっても美しくて、とっても…楽しかった…」 情景に混じって…音楽の中に溶け込んでしまったかの様な、錯覚を覚えた。 何年も音楽に携わって来たのに…こんな感覚、味わった事ない。 断片的な情景を思い描きながら演奏するのとは違う。 まるで…情景の中に入ってしまったかの様に…自由だった。 「さっきみたいなさぁ…”きらきら星“を…作ってみてぇ?」 そう言って俺の背中を撫でるあの子の言葉に、ポロポロと涙を落としながら何度も頷くと、あの子の手を大事に撫でて言った。 「豪…キスして…好きって言って…」 こんなに素敵な子に…愛されたなんて、素晴らしい人生だったじゃないか…惺山。 この子は…きっと、音楽の神様が愛した子だ… 「惺山…大好きだよ。僕の…大切な人…」 ピアノと俺の間に体を入れると、あの子はうっとりと瞳を潤ませてそう言った…そして、俺の髪を掻き分けながら襟足の髪を指に絡めると、そのまま優しいキスをくれた。 あぁ…もう…駄目だぁ… そんなあの子の腰を強く抱きしめると、離してしまわない様に体ごとしがみ付いてキスを受け取る… 離れたくない… 死にたくない… この子と、ずっと…一緒に居たい… 神様…俺はそれなりに酷い事をして生きて来た… でも、人並みの物だ。 人殺しをした訳でも無いし…小動物を虐めた訳でも無い。 なのに…どうして、こんな最愛の人に出会えたタイミングで死ぬなんて…こんな残酷な仕打ちを受けなければならないの… 分からないよ… 「豪ちゃん…”きらきら星“を編曲して、楽譜に書いていくから…向こうで、バイオリンの練習をしておいで…」 そう言ってあの子を部屋から追い出すと、ピアノの部屋の扉をゆっくりと閉めて、独りぼっちになった部屋の中、床に突っ伏して声を押し殺して…泣き崩れた。 嫌だ… 死にたくない…! あの子の傍で…もっと一緒に、音楽を奏でたい…! これからも作り続ける全ての曲を…一番に聴いて、隣で微笑みかけて欲しい…! 残酷だ… あまりに、残酷だ… まるで最後の花火の様に…俺の暗くなった夜空を明るく…美しく…一番の輝きで照らすみたいに… 人生の最後が迫ってる様に… 次から次へと、未練の残る様な事ばかりが起きる。 あの子を愛して…あの子の感性に触発されて、一番の輝きを見せて、死ぬ。 恒星の様だ… 「死にたくないよ…豪ちゃん…!」 泣き声交じりの押し殺した声でそう言うと、唇を噛み締めて宙を睨み付ける。 体の周りにモヤモヤが見える…それはもうじき死ぬ人のサイン… まだ、俺の体に…そのモヤモヤは、見えるんだろうか…? あの子が何も言わないという事は…そうなんだろう… 「畜生…!畜生…!!」 突っ伏した体を丸めて唸る様にそう言うと、噛み締めた唇から血が垂れて、舌の先に鉄の味がした… いつ、どんな形で、死ぬのかまでは分からないんだ… でも…確実に…あの子が見たモヤモヤを纏った人たちは、命を落とした。 死ぬんだ… 「…大丈夫…」 背中にふんわりと感じる柔らかな感触に涙を落とすと、震えながら泣いて言った。 「死にたくないんだ…!豪ちゃん…!!」 「大丈夫…僕が、絶対に…守ってみせる…!」 柔らかなあの子の体にしがみ付いて、嗚咽を漏らしながら泣くと、あの子は俺の背中を優しく包み込んで抱きかかえた。 「怖くない…僕が守るから!」 そう言って俺の髪を撫でるあの子の手が…前に感じた様に、力強くて…慈愛に満ちていて…馬鹿みたいに安心するんだ… 「守って…俺を守って…!」 この子を置いては死ねない… 愛してるんだ。 まだ、離れたくなんて無いんだ…! 「約束するよ。あなたの命が…力尽きるまで生きられる様に…僕が守る。」 豪ちゃんは静かにそう言うと、俺の頬を両手で包み込んで噛んでしまった唇を指先で優しく撫でて、キスをくれる…そして、じっと俺の瞳の奥を見つめて言った。 「あなたは…死なない。」 あぁ… 豪ちゃん…! 「うん…うん…」 何度も頷いて豪ちゃんの胸に顔を埋めると、優しく撫でられる髪を気持ち良く感じながら瞳を閉じて、安心して、あの子の体に沈み込んでいく… 俺は…死なない… 「練習しておいで…もう、大丈夫だから…」 どの位こうしていたのか…顔を埋めた豪ちゃんのお腹がグウ…と鳴って、ケラケラ笑いながらそう言った。 「練習は後でする。お腹が空いたから…この前の余りのそうめんを茹でてあげる。」 豪ちゃんはそう言って目元を拭うと、ピアノの部屋を出て行った… 縋りつくなよ…惺山。 あの子だって、どうしようも出来ないのに… 床に着いた手のひらをしなる音がする程固く握ると、唇を噛み締めて立ち上がった。 そしてピアノに座ると、豪ちゃんと奏でた”きらきら星“の高揚を思い出しながら編曲していく… 胸の高まるやり取りを…旋律に落として行くんだ… まるでデュエットの曲を歌う様に、どちらともなく絡まって…どちらともなく抱きしめて、どちらともなくキスをする様な…そんな、上級者の様な絡まり付く旋律。 絶妙なタイミングで入っては抜けて…ふたつでひとつの旋律を作っていく… 「せいざぁ~ん、ご飯!」 あの子の声に頷いて応えると、五線譜に音符を書き込みながら言った。 「食べさせて!」 「ん…もう!」 良いんだ…こうやってあの子に甘ったれても。 だって、豪ちゃんは…拗らせたお世話好きだから…喜んでやってくれるんだ… 「はい…あ~ん…して?」 ほらね? ピアノを弾きながら五線譜に音符を書くと、あの子が口元に運ぶそうめんを啜って食べて言った。 「おいひい…」 「そうでしょ?これはね、てっちゃんのお母さん直伝の出汁だから、美味しいんだ。はい…トマトも食べて?あ~んして?」 きらきら星を頭の中で流しながら、あの子の差し出すトマトを口の中に入れると、指先で奏でた旋律を五線譜に書き込んで首を傾げる。 「頭の中が混乱して来た…」 そう言って鍵盤から手を離した俺はピアノの椅子に跨って座って、正面からあの子に餌付けしてもらう。 「とうもろこしを茹でてあげるね?きっと甘くて美味しいよ?だって、粒がプリプリしてたもん…」 俺の口からこぼれたそうめんの出汁をぺろりと舐めると、あの子は麺を掴んで持ち上げながら言った。 「こぼさないで食べるの!」 「ぐふっ!」 そんな無茶振りに吹き出しそうになるのを堪えて頷くと、汁っ気のたっぷり付いたあの子の差し出すそうめんを口の中に啜って行く。 「ん、もう…!またこぼしたの!」 口を尖らせてそう言うと、豪ちゃんはお皿を置いて俺の唇にキスをして言った。 「お行儀が悪い…」 あぁ…! 豪ちゃん! 「どうしてか…上手に食べられない…」 そう言って豪ちゃんを抱き寄せると、可愛い柔らかな髪を撫でながら覆い被さる様にキスをして…潤んだ瞳で俺を見つめるあの子を見つめた。 「惺山…大好き…」 知ってる… 知ってるよ…豪ちゃん… 「うん…俺も豪ちゃんが大好き…」 豪ちゃんの股間を撫でながらそう言って、吐息が漏れてくる可愛い唇を何度も食みながら言った。 「こういう時、なんて言うの…豪ちゃん…」 そんな俺の言葉に顔を赤くして瞳を潤ませると、あの子はうっとりとした声で言った… 「惺山…エッチしたい…」 あぁ…! 豪ちゃん!!ブラボーーー! 「でも、惺山は可愛い豪ちゃんの為に…”きらきら星“を編曲しなくちゃ…ダメなんだぁ…」 潤んだまん丸の瞳を覗き込みながら意地悪にそう言うと、何度もキスを落としてあの子の股間を撫で続けた。 「んん…せいざぁん…意地悪しないで…」 そう言って俺の胸にすり寄って来る豪ちゃんの腰を抱きしめると、半ズボンの上から勃起したモノを掴んで、優しく撫でながら言った。 「どうしようかな…」 「あぁん!もう…!もう!」 じれったくなったのか…豪ちゃんは怒ってそう言うと、俺の胸をポカスカ叩いた。そして、項垂れた頭を俺の胸に付けると、ピタリと大人しくなった… おや… 俺は、引き際を間違えたのか… さっきの哲郎とのイチャつきを見て、感情的になって…引き際を間違えたのか…?! そんな焦った様子など微塵も見せないで柔らかい髪を撫でると、俺を見上げる潤んだ瞳を見つめながらキスをして、あの子のズボンの中に手を入れて行く… 「あっああ…!ん…せいざぁん…!はぁはぁ…!」 快感に身を捩ってそう言うあの子をギラギラした目で見つめながら、どんどん硬くなって行くモノを優しく扱いて、吐息と喘ぎ声を漏らす可愛い唇に唇を押し当てながら言った。 「舌で舐めて…」 「ふっ…はぁはぁ…あぁん…」 俺の首に両手で掴まると、快感に震える腰をそのままに、あの子は俺の唇をペロペロと舐めて舌を入れたキスをくれた。 「ん~~…気持ちい…イッちゃう…」 あぁ…堪んない… 苦悶の表情を浮かべながら、気持ち良くなってトロけて行くあの子を見つめて…口元を緩めて意地悪に扱く手を強める。 「…イッて良いよ?惺山は豪ちゃんの為に”きらきら星”を編曲しなくちゃダメだからね…」 豪ちゃんの腰を掴んで自分に引き寄せると、背中を抱きしめながら、勃起した自分のモノをあの子のお尻に擦り付けた…。そして、抱きしめた両手で可愛いあの子のモノをきつく扱いてあげた。 「あぁっ!だめぇん!イッちゃう!!」 「あぁ…豪ちゃん…可愛い…」 今すぐ、ズボンなんて物を脱ぎ捨てて、この子の中に挿れてしまいたい!! でも…しない。 この子が、もっともっと乱れて…おねだりするまでは、我慢してみる! 「はぁはぁ…ん~~!だぁめぇ!あっああん!」 快感に仰け反った顔を見下ろしながら可愛い唇にキスすると、あの子は唇をフルフルと震わせて俺の手の中でイッてしまった…。 そして、そのままトロけた様に俺の胸に頬を当てて、くったりと項垂れた。 「気持ち良いの…?」 柔らかい髪を撫でてそう聞くと、コクリと頷いた頭に何度も何度もキスをする。 かんわいい!! この子、さっきめっちゃすごい演奏してた子だよ?!俺の手を引っ張って…曲の情景の中に連れて行ってくれた、すんごい子だよ?! 「は…!」 そんな幼心をひた隠しにしていると、おもむろにあの子に股間を撫でられてゾクゾクと背中に鳥肌を立てた。 …豪ちゃんに、火が付いたんだ…! でも、ここは…ピアノのある部屋。大きな窓が付いた…パリスの寝床と、テラスのあるオープンスペースだ… こんな所で…おっ始める訳には行かない! 「あぁ…豪ちゃん、ちょっと…待って、待って!」 「なぁんで!ばかぁ!」 すっかり俺に焦らされた豪ちゃんは、我を忘れた様に俺のズボンのチャックを下げると、頭を屈めて勃起した俺のモノを口に入れた。 あぁ…ダメなんだぁ… 「ちょうだいよぉ!惺山のおちんちん、早く、ちょうだいよぉ!」 そう言ってあの子がむしゃぶり付くから…すぐにイキそうになって顔が仰け反って行く… 「だめ…待って…あぁ…だめだってば…ここじゃないとこで…」 そんな俺の言葉なんて…興奮しきった豪ちゃんには聞こえないみたいだ… 俺のモノをペロペロと舐めて、口の中で気持ち良くすると、あの子は自分がされたように先っぽを舌の腹で押して舐めた。 「あぁ…!イッちゃう!」 「イッてよぉ…惺山、大好き!僕のお口で、気持ち良くなって、イッてよぉ!」 可愛いあの子のお願いを聞かない訳に行かない… だって…俺はこの子に弱いんだ… 「あっああ…!」 苦悶の表情を浮かべて短く呻くと、あの子の口の中で果てた… 続きは…ウェブで… そんな気持ちであの子の腰を掴んで立たせると、寝室へ向かう為、椅子から立ち上がろうと体を屈める…のを、両手で押さえつけられると、おもむろに豪ちゃんが俺の膝に乗って来た… 「ダメだぁ…椅子から落ちるからぁ!」 そう言ってあの子の腰を掴むと、豪ちゃんは俺の顔に頬ずりしてうっとりしながら言った。 「やぁだぁ…やぁだぁ!したいのぉ!今すぐ、したいのぉ!」 俺のモノと自分のモノを一緒に扱きながら、豪ちゃんは甘くてトロけるキスをくれる…俺は理性を失くして…されるがまま…あの子のくれる快感に酔い始める。 「はぁはぁ…豪ちゃん…だめ…」 「なぁんで…こんなに…おっきくなってるのに、意地悪言わないで…」 俺の唇にキスをしながらそう言うと、あの子はうっとりと色づいた瞳を向けながら腰をゆるゆると動かし始める。 なぁんてはしたない事を!! …良いじゃないか! そんなあの子の乱れた姿に興奮してお尻を掴んでモミモミしながら、あの子のモノと一緒に扱かれる自分のモノに感じる快感に顔を歪める。 「あぁ…可愛い…気持ちいい…」 だらしなく口を開いてそう言うと、トロけた豪ちゃんがくれるキスに溺れて、目の前で喘ぎ声を出す可愛いあの子しか見えなくなって行く。 「惺山…中に挿れて…。僕の中に来て…」 首筋にキスをしながらそう言ったあの子は、俺のモノを強く扱いて、我慢出来ないみたいに腰をいやらしく揺らした。 あぁ…堪んない…!! 堪らず豪ちゃんの中に指を入れて、俺の体にもたれかかって快感に身を捩る細い体を支えながら、何度もキスをする。 「はぁはぁ…いけない子だね…豪ちゃんは…エッチだ…」 トロけ切ったまん丸の瞳を見つめてそう言うと、口端を上げてほほ笑むあの子の姿に、クラクラする。 「あぁっ!せいざぁん…気持ちいのぉ…気持ちいのぉ…!」 俺の膝に跨ったままの豪ちゃんの中に勃起したモノを沈めると、あの子は自分のタンクトップを捲り上げながら言った。 「はぁあん…おっぱい舐めてぇ…ん、ねえ…僕の…舐めてぇ!」 あぁ…豪ちゃんはリミッターが外れると…やばい。 ツンデレのデレデレを超えて…ドロドロに溶けて、最高にエロくなる… 「ん…ふふ、可愛い…じゃあ…豪ちゃんが気持ち良く動くんだよ…?」 あの子の腰を抱きしめてそう言うと、逃げて行かない様に背中をきつく抱きしめながら、あの子の乳首をペロペロと舐めて口の中に入れる。 「はぁはぁ…あっああ…気持ちい…あっああん…好き、好きなの…!」 すぐに腰砕けになってしまうあの子のお尻を持ち上げると、あの子の中を下から突き上げる様に自分の腰を動かす。 「あっああん!だぁめぇ!!イッちゃう!!」 「ふおっ!」 そんな大きな喘ぎ声を出すあの子の唇に慌ててキスをすると、汗で濡れた背中を撫でながら言った。 「豪ちゃん…見て…ここは寝室じゃない。ひょっこり、誰が来てもおかしくないんだよ?特に…大吉はよく俺の所に遊びに来るから…要注意だ。」 「あふぅ…うん…うん…でもぉ…気持ちいのぉ…!」 だらしない唇で喘ぐあの子は、俺の顔に頬ずりしながらキスを何度もくれる。 あぁ…可愛い…止まらない…止まりそうにも無いし、止まれそうにも無い… どうか…誰も、来ません様に…! そして、俺の友達…徹と、その子供たち…すまない!君たちのピアノで、やらせていただきます! ピアノの蓋を閉めて、あの子の小さいお尻を乗せて、座っていた不安定な椅子から立ち上がった。そして、細い腰に腕を回すと、あの子の中に自分のモノを何度も擦り付けて言った。 「あぁ…豪、気持ちいい…」 そんな俺の背中を抱きしめながら、あの子は顔を真っ赤にして俺の胸に頬ずりしながらキスをくれる… 堪んない…すぐにイッちゃう… 「はぁはぁ…らめぇ!イッちゃう…イッちゃうのぉ!」 こんな声…哲郎が聴いたら、どう思うか… そんな事を考えただけで…俺のモノはギンギンになって…この子の中で、果ててしまいそうだ… 「イッて良いよ…豪ちゃん、可愛いから、イッて良いよ…」 あの子の中を抉る様に腰を動かすと、ビクビクと震えるあの子のモノを握って強く扱いてあげた。 「ひゃぁん!だめぇ!ん~~!気持ちい!あっ!あっああん!!」 あの子の可愛いイキ顔を間近に見て、あの子の吐息を浴びて、あっという間に極まってしまった自分の腰が震えて…すぐに果てた。 「あっ…はぁはぁ…!」 慌てて中から出してあの子の太ももに精液を吐き出すと、日に焼けていない白い太ももが妙にいやらしく見えて…クラクラした。 「ん…惺山…大好き…!大好きぃ!」 豪ちゃんはトロけた瞳のまま火照った体で俺に抱き付いて、何度も何度もキスをくれて、何度も何度も、大好き!なんて…甘い言葉をくれた… 練乳の様に…甘くて、喉の奥が焼ける…そんな愛だぁ。 「はい、あ~んして…?」 激しい愛の衝動が終わると、あの子は汁を存分に吸ったそうめんのお皿を手に持ち直して、餌付けを再開した… 「ん、も、しょっぱくなったぁ!」 そう言って顔を背ける俺に、口を尖らせた豪ちゃんが悲しそうに眉を下げて言った。 「ん…もう…!わがままなんだからっ!」 なんだと! 「ほい…」 俺はこの子に弱いんだ… すぐに大人しくなると、従順にしょっぱくなったそうめんを口に入れて言った。 「しょぺ…」 そんな俺の言葉に口を尖らせた豪ちゃんは、そうめんを一口食べて、眉を下げてしょんぼりとして言った。 「…水で薄めて来てあげるね?」 ほらぁ!やっぱり、しょっぱくなってたじゃないか! まぁったく!世話好きなら、こういう所までケアして欲しいよね? 紆余曲折有り…何とか”きらきら星変奏曲“の編曲を済ませて、あの子に運指の紙をこさえると、居間でバイオリンの練習を始めたあの子をこっそりと覗いて見た。 …鶴の恩返しの様だ。 急にバイオリンを習得したあの子の秘密を探るんだ… しかし、豪ちゃんは、楽譜を見る訳でも無いし、特別な何かをする訳でもなく、首に挟んだバイオリンを一音一音鳴らして遊ぶばかりだ…。琴の様に畳に置き始めた所で、諦めて、声を掛けた。 「出来たよ…これを今度は覚えておいで…」 「わぁい…!やったぁ~!」 嬉しそうにケラケラ笑ったあの子は、楽しそうに弓を揺らしてバイオリンを弦を撫でながら音を出して言った。 「惺山、ありがとう~って、言ってるの。」 ぷぷっ! 何それ… 「…そんな風に聴こえない!」 わざと意地悪くそう言うと、吹き出して笑うあの子と一緒になってケラケラ笑った。 「豪ちゃ~ん!夕釣りに行こうぜ!」 音楽祭の手伝いから戻ったのか、晋作と、大吉…清助が豪ちゃんを誘いに来た。 「…ん、うん…」 そう言うと、不安な表情を見せて俺を見つめて来るから、あの子の頭をポンポン叩きながら言った。 「今日は、もうピアノの部屋に籠って作曲作業するから…。どこにも行かないから、気にせずに遊び行ったら良い…」 「うん…」 寂しそうにそう言うと、豪ちゃんは玄関から外に出て…彼らと一緒に湖へと向かう。 そして…湖までの道を、何度も、何度も、振り返っては悲しげな瞳で俺を見た… 「ドナドナ…」 あの子の悲しげな表情を見つめてポツリとそう言うと、見えなくなるまで見送って踵を返して家に戻った。 居間に置かれたバイオリンを見下ろすと、おもむろに手に取って首に挟んだ。 そしてあの子が弾いた様に…”きらきら星”を弾いてみる… …違う こんな音色じゃなかった… もっと…瞬いていた。 ポケットに入れたままの携帯電話を取り出して、停止ボタンを押した。そして、要らない部分を削除すると、ヘッドホンを耳に付けて、あの子の弾いた”きらきら星“を再生させて聴いてみる。 …嫌がるから言わなかった。 でも…あの子が弾くと言った瞬間…ポケットの中の携帯電話の録音ボタンを押したんだ。 理由? 知らないさ… 誰に聴かせるでもなく…俺が聴くだけなんだから、問題ないだろう… 「あぁ…凄い…」 あの子のバイオリンの音色は誰の物とも被らない。 もはや、情景そのものなんだ… 目を閉じてじっくりと聞くと…一音一音に…星が煌めく様が込められて…まるで満天の星空を仰ぎ見ている様な気分になって来る。 これは…俺の主観なのか…それとも、事実なのか… 誰にも聴かせられない以上…分からない。 でも、俺はこの音源が…宝物の様に感じた。 あの子の…バイオリンの音色だもの… 「ちょっと変えよう…」 そう言って譜面を持って来ると、あの子のバイオリンを聴きながら細かい箇所を修正して、あの子に渡した”運指の紙“を修正する。 「この方が…あの子の“きらきら星”にしっくりくる…」 そう言ってパソコンに向かうと、書いた楽譜を編集ソフトに落として行って…好きな様にアレンジする。 「これは…何の音色が良いか…」 ぶつぶつと独り言を言いながら夢中になって、あの子と作った”きらきら星変奏曲”の編曲をオーケストラ用に再編集すると、縁側の向こうであの子が言った。 「惺山…!もう、9時だよ?ご飯、食べてないでしょう?」 え…? さっき…4時ころ…豪ちゃんがドナドナされて…もう、9時になったの… キョトンとしたまま、縁側で怒った顔をするあの子を見ると、手に持ったお皿を見て言った。 「食べさせて!」 そう言ってすぐにモニターに視線を移して、嬉しそうに口を尖らせたあの子が、ぶつぶつ言いながら隣に座るのを待った。 「ん、もう!」 はは…! 可愛い! 「あ~んして?」 「あ~ん…モグモグ…」 ヘッドホンを首にかけたまま、あの子の給仕してくれる美味しい何かを口に入れると、目を丸くして言った。 「おいひい!」 「ふふ…!これはね…今日釣った魚のフライだよ?晋ちゃんが上手におろしてくれたんだ。だから、僕は衣をつけて揚げるだけで良いの。ふふっ!魚のヌルヌルが嫌いなんだよね…だから、楽しちゃった!」 俺の体にもたれかかってそう言った豪ちゃんは、ヘッドホンから漏れ聞こえてくる”きらきら星“に気が付いた様子で、ムスッと頬を膨らませると、俺の胸をペチンと叩いた。 「なぁんで!」 「なぁにが…」 「いつ録音したの?」 そう言って俺の頭を揺すると、怒った様にペチペチと叩いて来るから、あの子の腰を抱きしめて言った。 「俺が聴くだけなんだから良いだろっ!?まぁったく!信用してないの?ほらぁ、あ~ん!」 強気に…偉そうに…そう言って、馬鹿みたいな顔をして口を開けた。 …そうすると、どうだ!あの子はしょんぼりと眉を下げて、俺の口に魚のフライを入れてくれるではないか! 「…ん、もう…」 そう…豪ちゃんは…押しに弱いんだ… 「おいひい…豪ちゃん、おいひい…!」 そう言ってあの子の体にもたれかかって体を揺らすと、可愛いあの子は頬を赤くして、俺の髪を優しく撫でてくれる…襟足の髪を指に絡める事も…忘れない。 「可愛い人…」 年下のあの子にそう言われて鼻の下を伸ばすと、デレデレになって口を開けて言った。 「あ~ん…」 分かってるさ。 最悪だろ? そうなんだ、俺は今…人に見られないくらい…最悪なんだ。 人生の灯が消えかかってるからって…やけになってる訳じゃない。 ただ、愛してくれる人に…全力で甘えてるんだ。 そう、こんな俺を愛してくれるこの子に…全力で甘えて、今までした事も無いくらいに、全力でこの子を愛してる。 「お風呂入れたからねぇ?ちゃんと入ってぇ…11時には寝るの。良い?」 あの子を家まで送ると、玄関の前で何度も注意事項を伝えられて、何度も頷いて面倒臭そうに言った。 「わぁかってる…」 そんな俺に、あの子は首を傾げると口を膨らませて言った。 「…嘘つき!」 ガララ… そんな声を聞きつけたのか…豪ちゃんの兄貴が、玄関を少しだけ開いてこちらをジト目で見つめ始めた… しかし、俺は彼の視線には…慣れてしまったようだ。驚きはしても、ビクビクする事は無くなった。 「また、明日、ご飯を食べに来てね…?」 あの子がそう言うと、コクリと頷いてチュッとキスをする。 デレデレになったあの子の頭をナデナデすると、踵を返して来た道を戻って、いつもの様に、ふと、振り返って見る。そして、俺を見つめるあの子を見つめると、にっこり笑って手を振った。 あぁ、一緒に寝たいな… あの子の温もりを感じて、一緒に寝たい。 そんな欲を出すと、しょんぼり背中を丸めて、トボトボと家路に着いた… 「あの、あの…!ちょっとぉ…!」 ん…? そんな声に足を止めて、振り返りながら声の主を確認した。 豪ちゃんの兄貴だ… 「どしましたか?」 彼の顔を見てそう言う俺に、豪ちゃんの兄貴は慌てた様に俺の肩を掴んでひそひそ声で言った。 「別れ方のポイントは…?」 は…? あたりを気にする様にキョロキョロと首を動かすと、俺にも聞こえない位の小さな声で豪ちゃんの兄貴が言った。 「今朝、あんな事、言われてから…ずっと考えていたんだけど、俺は豪やあんたみたいに…さやかちゃんにベタベタしたいと思わないんだ…。触れたいとも思わない。これって…好きじゃないって事だよね?あの…それで、別れるには…どうしたら良いのかな?」 はは… 「…もう、別れましょうって言えば良い…」 緩んだ口元でそう言うと、豪ちゃんの兄貴は苦々しい顔をして言った。 「言った事、何回もあるんだ!でも、うやむやにされて…気が付くと、エッチしてる事が多いんだ…。だってぇ、すぐに股間を撫でて来るんだ!それでぇ、つい…」 あぁ… あるあるだ… 困り果てた様に眉を下げる色男を見つめて…まぁまぁ…こんなイケメンを簡単に手放したくない小林先生の胸中も、お察しする所ではあった。 俺が女だったら、こんなイケメンとエッチできる”彼女”なんてポジション…嫌われても放したくないもんね。 「じゃあ…そうだな。誰か、好きな人でも先に見つけてみたら良い。そうすれば…その人の為に、きったない肉欲を踏み止まれるかもしれない…」 自分にも出来なかった事を、それっぽく豪ちゃんの兄貴に伝えると、妙に感心した様子で俺を見て言った。 「なる程ねぇ~…」 ぷぷっ!ウケる…! 「じゃあね…」 そう言って兄貴と別れると、徹の実家に戻って…縁側の雨戸を閉める。 そして、煌々と光るモニターの電源を切ると、あの子が入れてくれたお風呂に入って…布団に入った。 「はぁ…」 ため息を吐きながら天井にぶら下がる蛍光灯をぼんやりと見つめ、体を横にしてあの子に見立てた布団を強く抱きしめる… 豪ちゃん…死にたくないよ… 毎日、君の隣で眠って…君の隣で、目覚めたい… そんな欲が…芽生えてしまった。 ホロリと落ちる涙をそのまま枕に落として、瞳を閉じて眠った… 「コッコッコッココケ~コ!コッコッコッココケ~コ!」 今日もパリスの調子は良い… こんな毎日を…永遠に繰り返していたい… フラフラと寝ぼけた頭であの子の家に行き…ジト目で睨み続ける兄貴の視線をかわして、あの子にベタベタに甘えて美味しい朝食を食べて…お片付けの手伝いをして…徹の家に戻って来る… 縁側にはいつもの様に子供が群がって…昨日の女の子の話で盛り上がるのを横目に見て、せせら笑う。 そんな毎日を…永遠に繰り返していたい… 俺の隣には可愛いあの子がいて…餌付けするみたいに食べ物を口に運んでくれて、可愛い笑顔で微笑みかけてくれて、抱きしめると温かい温もりを体に伝えてくれる。 そんな毎日を…永遠に繰り返していたい… 「はい…とうもろこし茹でたよ?」 そう言ってモニターを見つめたままの俺の目の前に大きなとうもろこしをひとつ置くと、ザルに入ったままの大量のとうもろこしを縁側にたむろするやくざの様なギャング団に振舞った。 まるで…みかじめ料だな… 「うんめ!」 「豪ちゃん…とうもろこし剥いてよ…」 そんな甘ったれた声を出す哲郎を横目に一瞥すると、鼻を鳴らしてモニターに映ったフレームを横にズラした。 …お前が剥いて欲しいのは、とうもろこしの粒じゃないだろっ! 哲郎…! 剥けてる俺には関係のない話だけどな!はん! 「んっんっ!」 豪ちゃんが無駄に踏ん張ってとうもろこしを上手に剥くと、ひとつ指に摘んで哲郎の口に入れて言った。 「美味しい?」 「ん…甘い…」 「豪ちゃん!お茶、ちょうだい!」 鼻の下を伸ばした哲郎が目に浮かんで、咄嗟に大きな声でそう言うと、口を尖らせてエンターキーを押した。 目の前のスピーカーから流れ始めた”きらきら星”を聴くと、縁側に座った大吉が大喜びして言った。 「かっけ~!」 ははん!そうだろう。そうだろう。これは…俺と豪ちゃんの合作だからな… 言わば…愛の結晶だ。 分かるか? 愛の…結晶だ!! 「わぁ…素敵だね?バイオリンじゃなくても、キラキラ輝いて見える。やっぱり…惺山は凄い人…ふふ。」 最上級の誉め言葉を振舞って、豪ちゃんは俺の隣に膝立ちしながら空のコップにお茶を注いで言った。 「すっぽんの…スープなんだけど、おじちゃんが全部飲んじゃったんだって。だから、今しめてるすっぽんの分を予約して来た。明日には持って来てあげるね?」 え… また、すっぽんを見つけて、また、しめたのか… 凄いジジイだな… 「うん…」 あの…豪ちゃんの兄貴のチェリーボーイ喪失を促した…魔のすっぽんスープ。 俺はそんな物を摂取して、平気なんだろうか… 不安を抱きつつ頷いてそう言うと、あの子がむしってくれたとうもろこしを口の中に入れて貰いながら、キーボードにテンポを入力した。 「おっちゃん、すっぽんなんて飲んだら勃起しまくってオナニーが追い付かないぜ!?あ~はっはっは!!」 「え…?!」 突然の清助のセクハラ発言に頬を赤らめると、豪ちゃんは俺を見下ろして言った。 「…じゃ、じゃあ…豪ちゃんが飲むよ…」 「へ…!!」 そう言ったのは、哲郎… 「豪ちゃんがすっぽんなんて飲んだら、てっちゃんが勃起して、オナニーが追い付かなくなるよっ!」 そんな大吉の的確ともいえる指摘に顔を真っ赤にすると、哲郎は大吉にプロレス技をかけて、殺しにかかった。 「ギブ!ギブ!」 タップしても止められないのが…哲郎だ… 「てっちゃん、大ちゃんが落ちるからっ!」 清助と晋作が慌てて止めると、やっと解放された大吉が顔を真っ赤にして居間に逃げ込んで来た。 …口は禍の元だ。 特に…哲郎氏に、豪ちゃん関係の下ネタなんて言うんじゃないよ… でも…すっぽんスープを飲んだ…豪ちゃんも見てみたいな… さぞかしエロくなるんだろう…むふ、むふふ 「むふふふふ…」 不気味に笑う俺に眉をひそめた豪ちゃんは、数珠繋ぎになったとうもろこしを俺の口に入れて言った。 「ん、もう…ばかぁ…」 堪らんわい! 今日も子供たちは小林先生に駆り出されて“音楽祭”の準備へと向かった… すっかり静かになった居間には…俺と豪ちゃんのふたりきり。 おもむろに“運指の紙”を見ながらあの子がバイオリンの練習を始めると、居間にゴロンと横になってあの子を仰ぎ見て言った。 「豪ちゃん、おいで?」 「ん、やぁだぁ!」 口を尖らせてそう言うと、あの子は俺の隣に座って首に挟んだバイオリンのネックを眺めて、弦に指を置いていく… そんなあの子の足に手を乗せてナデナデすると、あの子は“運指の紙”を俺の顔の上に置いて、クスクス笑った。 可愛い… ん、もう!って怒る時も…こうしてじゃれてる時も…いつも、可愛い… 「豪ちゃん…ずっと居て…俺の傍に、ずっと居て…」 俺がそう言うと、あの子は顔に乗った”運指の紙“をひらりと捲って、優しくキスしながら言った。 「うん…ずっといるよ。」 それが…たとえ、嘘だったとしても、嬉しかった… にっこりと微笑んであの子を見ると、そのまま足を撫でながらウトウトしていく… 耳に聴こえるあの子が弦を指で押さえる音を聴きながら、あの子の温もりを感じて…気持ち良くなって…寝た。

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