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#28
交響曲を書き始めて、3日…
既に…第二楽章が整った。
きっと、第三楽章も…第四楽章も…あっという間に出来上がるだろう…
まるで、この子から早く離れろと…運命が言っているみたいに、とんとん拍子に進んでいく作曲作業に、怖くなるよ。
こんなんじゃ…すぐに出来上がってしまう。
「あぁ…惺山…大好き、大好き…」
この子の…この声も聴けなくなって…この子の温もりも…感じれなくなって、それでも生き続ける事に…意味はあるの…?
「豪ちゃん…あぁ、可愛いね…」
柔らかい頬に頬ずりしながらそう言うと、トロけ切った豪ちゃんの瞳を見つめたまま、あの子の中に自分のモノを埋めていく…
「んっ…はぁはぁ…惺山…惺山…離れないで…」
離れたくないさ…俺だって、離れたくないさ。
「分かってるよ…」
そう言ってあの子の唇がこれ以上、胸をかき乱す矛盾を話さない様に唇を塞ぐと、あの子の中をゆっくりと動いて、細くて…小さな手のひらに背中を抱かれる…
あぁ…良い…
この温かさに…トロけて行きそうだよ…
荒い息遣いも…喘ぐ悩ましい声も、全て俺にくれ。
君の全てを…俺にくれ。
俺の全てをあげるから…君の全てを…俺にくれよ…
「ふぅん…はぁはぁ…らめ、イッちゃう…イッちゃうぅ…」
そう言ってあの子が俺の背中を高速ナデナデするから、口元を緩めてゆっくりと腰を動かしながら言った。
「豪…気持ちいの…?」
「気持ちい…惺山の、気持ちいのぉ…」
トロけた瞳で俺を見つめると、うるうると瞳を揺らしてあの子が俺の頬を撫でて言った。
「惺山…愛してる…」
あぁ…
だらしなく開いた口は俺のキスのせいか、いやらしく濡れて、唇の向こうにはヒクヒクと震える可愛い舌先が見える。
こんな最強なビジュアル…興奮させる為にある様なものだ…
「ん~~…はぁはぁ…イキそう…イキそうなの…あっああぁ…ん、も…ダメぇ…」
身を捩って悶えながら、豪ちゃんは俺の腕を掴んで快感を耐える様に顔を伏せた。
「豪…こっち見てよ…」
間髪入れずにそう言って、腰を執拗に動かしながら、硬く瞑った瞳をゆっくりと開く豪ちゃんにキスをした。
キスした唇が震えて、あの子の声が俺の口の中に響くと、きつく抱いた腰がビクッと跳ねて、覆い被さったお腹で挟んだあの子のモノがビクビクと震えてイクのを感じた。
「あぁ…イッたの…」
豪ちゃんの唇を何度も舐めながら、意地悪くあの子のモノを手で撫でて言った。
「まだ、ビクビクしてる…すっごい気持ち良さそうだね…?」
「ふっ…はぁはぁ…ん、あぁ…らめ…気持ちい…あぁん…気持ちいの…」
官能的…?
いいや、もっと…凄い。
まるで…天使を抱いているみたいに…綺麗な物を汚していく様な背徳感を感じる。
それは、何度抱いても変わらない…
この子が俺を求めて乱れる姿を見ると…堪らなく、いけない事をしている気になって…どんどん興奮していくんだ。
「ほらぁ…もっと、気持ち良くしてあげる…」
体を起こして、豪ちゃんの細い腰をいやらしく撫でてから、がっしりと両手で掴んだ。そして、あの子の中に何度も自分のモノを擦り付けて、どんどん気持ち良くなって行く…
「ん~…ダメぇ…声が出ちゃう…!」
そんなあの子にお布団の端を手渡す。
だって、それ以外防ぎようがないからね…
可愛く小刻みに震えるあの子のモノを両手で扱いて、先っぽをグリグリと親指で詰りながら言った。
「…ここ…気持ちい?」
「はぁはぁ…あっはぁ…ら、らめ…ん、いやぁ…やあん…」
「なぁんで…?嫌なんて言うなよ…」
そう言いながらクスクス笑うと、あの子のモノを扱きながら指先で先っぽのくびれを執拗に撫でてあげる。
「ん~~…あっああ…ああ…らめ…イク…イッちゃうの…だめぇ…」
「イケよ…俺に見せて、豪ちゃんのイキ顔見せてよ…」
「あっああん!意地悪言わないで…、はぁはぁ…あっあっああ…らめぇん…んんっあっああん!!」
咄嗟に布団を口に当てた豪ちゃんは、体を震わせながら…気持ち良さそうにイッた。
そんなあの子の顔を見つめて…一緒にイキそうになると、グッと堪えてあの子の中でビクビクとモノを震わせながら言った。
「はぁはぁ…今、中で出したら…大変だ…健太を跨いで、ふふ…お風呂に行かなきゃダメになっちゃう…ふふ。」
あぁ…堪んない…出ちゃいそう…
ビクビク震える自分のモノを、イッたばかりのあの子の中でガン突きして、無防備なあの子を更に気持ち良くさせる。
「ん~~!んっ!だめぇん!気持ちい…あっああ…らめぇ…んんん…!!」
あぁ…出ちゃう…!
咄嗟にあの子の中から出して一気に快感を吐き出す様に…あの子のお腹の上に精液を出しながら…だらしない声をあげた。
「あぁ…っあぁ…気持ちいい…」
堪んない…豪ちゃんが、可愛くて…堪んない…
この子と離れて…俺は大丈夫なのかな。
この子に触れられなくて…正気でいられるのかな。
そこまでして生き抜いた先、待っているのは…果たして、俺の望んだ未来なのかな。
分からないよ…豪ちゃん。
君と離れる事は、俺の不幸だ…
黙りこくった俺の様子に何かを察したのか…豪ちゃんは、淡々と服を着直して、俺の腕の中に入って来た。そして、優しく俺を抱きしめながら、くぅくぅと寝息を立てた。
俺はそんな豪ちゃんを抱きしめて、いつもの様に柔らかい髪に顔を埋めて瞳を閉じた…
こんなの…こんな選択…残酷だ。
「コッコッコッコッコケコッコ~~~~~!」
いつもの様に雄鶏が朝の鳴き声を上げる。
すると、すぐ近くから、もう一羽の狼煙が上がった…。
「コッコッコッコッコ、ンコケコッコ~~~~~~~~~~!!」
あぁ…
声を聴いただけでわかる。
こっちの雄の方が、強い…
だって、コケコッコーの前に…“ん”が入ってるんだもん…こぶしが利いてる。
「あの野郎…また来やがった…!」
俺の腕の中で、血の気の多い男になる豪ちゃんを抱きしめると、ユラユラ揺らして言った。
「お口が悪い…駄目だ…」
「ん、だってぇ…」
「豪ちゃんは可愛くして…?俺はね、可愛いお前が好きなんだ…だから、お口が悪いのは…駄目…」
そう言ってあの子の唇をツンツンすると、眉を下げて唇を尖らせるあの子を見つめてクスクス笑った。
つっかえ棒を外して寝室の引き戸を開く。廊下の奥から蠕動運動してくる健太と目が合って、手を挙げて言った。
「…おはよ…」
「ん…」
あいつは…この距離でも器用に布団に包まりながら進んでくるんだもん…笑っちゃうよ…
ガタガタ…
急いで雨戸を開く豪ちゃんを横目に、足元に来た健太を足で踏んで、グラグラ転がしながら言った。
「ほら~!ほら~!あ~はっはっは!なんだこれ!」
「この野郎!止めろ!怒るぞ!」
芋虫の癖にそう言って顔を赤くする健太にゲラゲラ笑って、ジタバタと体を揺らす姿に、腹を抱えて突っ伏して畳を叩きながら大笑いする。
「だ~はっはっはっは!芋虫だぁ!」
そんな俺目がけて体当たりをかました健太は、全体重を俺に乗せて暴れながら言った。
「どうだ!どうだぁ!参ったか!この野郎!」
「…うぐ、く、苦しいっ!ギブ!ギブ!」
それは思った以上に凄い圧力と、強い衝撃を俺の体に加えた!
「あぁ…ん、もう…」
そんな激戦を健太と繰り広げる俺を無視して、開いた雨戸から庭を覗き見た豪ちゃんがポツリとそう言って項垂れた…
「どした…」
芋虫を蹴飛ばして台所まで転がしてから、豪ちゃんの丸まった背中を抱きしめて、一緒に庭を覗いた。
「おぉ…、やったな…」
朝の庭先…小屋の中に居る筈の鶏たちは、いつの間にか悠々と庭を闊歩していた。
「あぁ、壊したのか…」
小屋の扉が風に揺られてブラブラと揺れるのを眺めてそう言うと、押し黙る豪ちゃんの視線の先を見て、固まった。
黒い雄鶏と…豪ちゃんの群れのリーダーの雄鶏が、ただならぬ緊張感を漂わせながら対峙しているではないか…
その周りには、まるで派閥を分けた様に丁度半々に分かれて雌鶏たちが草をついばんでいる。
…こんなに分かり易くグループが別れるのか…
まるで、人みたいだな。
あっちの方が分が良いと分かると…手のひら返しをして、すぐに見向きもしなくなる。
そんな光景とよく似ている目の前の鶏たちにため息を吐くと、腕の中のあの子を見下ろして言った。
「黒い雄鶏を捕獲して…山の向こうの飼い主の所に届けに行こう。」
「…うん。」
あの子は俺の胸に抱き付いてシクシクと涙を落として言った。
「…どうか、喧嘩が起きません様に…」
鶏の喧嘩…?
そんな事で泣く必要は無いだろうに…どうせ、コケコケ言って終わるんだ。
彼らは…ただの、可愛い鶏ちゃんだ。
悲しみに暮れる可愛い豪ちゃんの髪を撫でながら、庭で対立を始めた二つのグループを見下ろして残った雨戸を開いた。
あぁ…俺はまだ田舎の暮らしに馴染めていなかったみたいだな…
そんな考えは…甘かったと、すぐに、分ったんだ。
「あぁ~~~ん!だめぇ!」
もう、今日は、朝ご飯どころじゃない!
「クケ~~~!コココッコケ~!!」
「コケ~コッコッコッコ!!」
そんな雄たけびを上げた二匹の雄鶏が…一気に距離を詰め始めたんだ。
互いに譲らぬ姿勢で向かい合って、円を描きながらじりじりとお互いの間隔を詰めていく二匹…いつもなら体に沿って生えている首の羽を立てて、威嚇する様に翼を体から離した。
「クケ~~~~!」
「クォケ~~~~~~!」
それはまるで、恐竜の様に…凄まじい咆哮だ。
「おぉ…!喧嘩か!」
布団から脱皮した健太は、喧嘩を止めに行きそうな豪ちゃんを羽交い絞めして言った。
「…豪、ケガするから行くな!」
「ん~~!だめぇ…!」
豪ちゃんは瞳を歪めながら、ボロボロと涙を落として言った。
「惺山…!止めてよぉ!」
え…?
あれは、俺の知ってる鶏じゃない…まるで、闘鶏の様な緊迫感と、殺気だ…
「…分かった…」
とりあえずそう言って、寝室のつっかえ棒を手に…庭へ降りた…
「ほら、止めなさい…」
へっぴり腰で近付きながら、棒の先で雄鶏の胸をチョンチョンと突いて言った。
「ほら…も、止めなさい…」
「ココココココ…」
まるで“うっせえ…黙ってろ”と言わんばかりの気迫だ…
俺を横目に喉の奥を鳴らした雄鶏は、黒い雄鶏目がけて足をあげてジャンプした!
「あ~~!惺山!逃げてぇん!」
そんな豪ちゃんの声に後ずさりして、二匹の雄鶏から距離を取った。
攻撃をかわした黒い雄鶏は、同じ様に雄鶏目がけてジャンプして、鋭い爪先を振り落として体を踏ん付けた…
そして、下敷きになった雄鶏の体をついばむ様に突き始めた。
…見る見るうちに白い雄鶏の体に、ピンクの斑点が滲んだ浮かんだ。
血だ…
慌てて部屋に戻ると、長袖を二枚着込んで、豪ちゃんに言った。
「黒い鶏を捕まえる!何か入れるものを用意しろ!」
「…んん…わ、分かったぁ!」
このままじゃ、白い雄鶏がやられる…
張り詰めた緊張感の中、闘志むき出しで睨み合う二匹をじっと見つめて、俺はそそくさと黒い雄鶏の背後に回った。
「コココ…」
黒い鶏はそんな俺の様子を横目に見て、警戒しながら小さく喉を鳴らした…
まるで”なんだ…?“とでも、言ってるみたいじゃないか…
人の群れに勝手に入って…雌を奪う、お行儀の悪い…お前を捕まえるんだよ!
「コココココ、コケ~~~コ!」
そんな気合の入った雄叫びを上げて、白い雄鶏が黒い雄鶏目がけてくちばしで攻撃をし始める。
「コケ!」
黒い鶏も負けじと翼を大きく広げて、再びジャンプをしながら白い雄鶏目がけて足を振り落とした。
「よっ!」
丁度、飛び上がったそのタイミングで黒い鶏をキャッチした俺は、くちばしで突いて来るのを二枚重ねの長袖で耐えながら、豪ちゃんに言った。
「つ、つ、捕まえたぁ!!」
「よくやった!惺山!」
そんな健太の喝采を受けても、返す余裕なんて…無い!
「…あわ、あわわわ…こ、これぇ!これに、入れてぇ!」
豪ちゃんが慌てて用意した段ボールに黒い鶏を押し込んで、一気に蓋を閉めた。
捕まえた…早漏を、捕まえたぞ…!
ドンと片足を段ボールに乗せると、エッヘンと胸を張ってポーズを取って言った。
「皆の衆、喜べ!悪の黒騎士は、我によって封印された!」
「きゃ~~~!惺山、カッコいい!」
やんややんやと大喜びする豪ちゃんを見下ろして、ケラケラ笑いながら言った。
「ご褒美にチュ~して?」
「…ん、もう!惺山!大好き!」
そんな期待以上の言葉をくれた豪ちゃんは、俺に抱き付いて何度もキスをくれた。
あぁ…ふふ、ぐへへ…
「…なぁんだよ、大げさだな。都会の男は大げさだ。」
呆れた様な声でそう言った健太は、ふと、怪我をした雄鶏を指さして豪ちゃんに言った。
「豪、傷の具合を見ろ。」
「う、うん…!」
近付いてしゃがみ込んだあの子に、興奮冷めやらないのか…雄鶏は羽を大きく動かして警戒した。
「…大丈夫。僕の事知ってるだろ…?今まで、お前に酷い事なんてした事は無い。だから、安心して…痛い所を見せて…?」
撫でる様な落ち着いた声色で話しかけながら、豪ちゃんは身を屈めたままゆっくりと雄鶏の体に手を伸ばした。
体に触れる事を嫌がる事なく受け入れる雄鶏の様子に、ホッと安心したあの子は、鶏の体を抱き抱えてピンクに染まった羽の奥を覗いた。
「…獣医さんが必要だ…」
ポツリとそう言った豪ちゃんは、ボロボロと涙を落としながら俺を見上げて言った。
「…連れてって…」
「分かった…」
たった一度の衝突で…黒い雄鶏は、白い雄鶏の肉を割いた…
それは、切り傷なんてレベルじゃなく…まさしく、肉を割いた。
「獣医は山の向こうだぞ…ついでに、こいつも返して来い!」
健太がそう言って後部座席に黒い雄鶏の入った段ボールを積むと、豪ちゃんは白い雄鶏を自分のブランケットに包んで、助手席に座りながら頷いた。
「…わ、分かった…」
「豪ちゃん…道案内してね…」
そう言って車を出す。
段ボールの中で暴れる黒い雄鶏と、豪ちゃんの腕の中で大人しく項垂れる白い雄鶏を乗せて…山の向こうへと車を走らせた。
…今朝は慌ただしいぞ…朝ご飯なんて食べてる暇はない!
「獣医さんは…こんな早くに診てくれるかな…?」
前を見据えたままそう尋ねると、豪ちゃんは白い雄鶏の頭を撫でながら言った。
「ここら辺の家畜を診てる獣医さん…だから、朝は早いんだ。ただ、居るかは分からない…。牧場に行ってたら、お終いだ…」
意外にも取り乱すことなく落ち着いたあの子の声を聞きながら、チラリと横目に腕の中に抱いた白い雄鶏の様子を見て、眉を顰めた。
すっかり瞳を閉じて…首を垂れ下げている様子は…獣医じゃなくとも重篤だと判断出来た。
駄目かもしれない…
きっと…この子も、そう思ってる。
雄鶏の体を包んだ豪ちゃんのブランケットが、ピンクの斑点模様に染まって行くのを見ながら、さっきの一瞬の戦いが…壮絶な物だったんだと思い知った。
何度も、くちばしで突かれていたからな…
「小屋の扉をもっと…頑丈にしておけば良かった…」
「この先は…?どっちへ曲がれば良い…?」
弱々しくそう呟いた豪ちゃんに道を尋ねた俺は、あの子を横目に見ながら返事を待った。すると、じっと腕の中の鶏を抱きしめていた豪ちゃんは、ポロリと涙を一つ落としてから、指を差して言った。
「…右。」
「右ね…」
そう言ってハンドルを切って、車を走らせていると…耳に聴こえ始めるあの子のすすり泣く声に…察した。
あぁ、死んだんだ…
「いつも…ありがとう…。あなたは強かった…。あなたは、強かった…。」
豪ちゃんの震える小さな声が耳に届いては、俺の胸の奥に消えていく…それは、決して大げさに騒ぐ訳でもない…静かな別れの言葉だった。
豪ちゃんは、膝に抱えた白い雄鶏の頭を鶏柄のブランケットにそっと包み込んで、手のひらで優しく撫で続けた。
「…間に合わなかった?」
そんな俺の言葉に、豪ちゃんは鼻を啜りながら頷いて言った。
「…うん。」
あぁ…
ため息を吐いて項垂れると、目の前に現れた鶏小屋が連なる敷地を横目に見て、あの子に言った。
「…獣医さんの所じゃなくて、養鶏家の…所に来たんだね…」
「うん…」
諦めが早い…?
違うよ。この子は現実を見てるんだ。
それを非情だと思う?
それを冷たいと思う?
でも…
無くなった命は…戻らない。
冷たくなってしまった体は、もう、動かないんだ…
白い鶏を抱えたままのあの子と一緒に養鶏家の敷地の呼び鈴を鳴らすと、中から気の良さそうなこじゃれた青年が出て来た。そして、俺と豪ちゃんを見下ろすと、にっこりと微笑んで言った。
「…どうされました…?」
「…この黒さつま鶏は、あなたの家の鶏ですか…?」
豪ちゃんはそう言うと、俺の抱えた段ボールを顎で指して言った。
「確認して貰えますか…?」
「あぁ…また、逃げたのか…」
その青年はそう言うと、俺の抱えた段ボールを開いて覗き込んで言った。
「プレートが付いてるんで…うちのですね。わざわざ、すみません。よく居なくなるんですよね…自由に育ててるせいか、性格も自由で…ははは。」
へらへら笑ってそう言った青年は、段ボールの中の鶏を両手で捕まえて近くの鳥小屋に放り込んだ。そして、悪びれる様子もなく…にっこりと微笑みかけて来た。
「…お宅の鶏が、今朝、うちの鶏を怪我させて、殺した。」
豪ちゃんは、腕の中に抱いた鶏柄のブランケットを開いて、瞳を閉じた白い雄鶏の亡骸を青年に見せて言った。
「いっぱしに管理も出来ないのに、生き物を扱うんじゃない…!逃げた事すら気が付かない癖に…。この子はな、自分の群れを守る為に必死に戦って死んだんだ!この…クソッタレが…!!」
そう言って睨みを利かせた豪ちゃんは、たじたじになって表情が強張った青年に凄んで言った。
「生き物の命を扱うって事はな、自分の生活の為に死んで下さいって言ってる様なもんなんだ!全ての命を管理しろよっ!お前の為に死んでくれる命を、一匹残さず、全て管理しろよ!物じゃねんだぞ!生きてるんだっ!」
青年の足を思いきり蹴飛ばして、豪ちゃんは踵を返しながら俺に言った。
「惺山!行くぞ!」
「…ほい。」
これで、この子の溜飲が下がる訳、無い…
こんな理不尽…許される訳がない。
敷地の外に停めた車へ向かう途中…お洒落に飾られた看板を忌々しそうに睨み付けた豪ちゃんは、何度も足で蹴飛ばして言った。
「畜生!畜生!!何が…ナチュラルフードを食べて、伸び伸びと育った黒さつま鶏だ!ふっざけんじゃねえ!!なにが、おしゃれな養鶏家だ!死ね!死ね!」
豪ちゃんは、手あたり次第、看板に書かれた売り文句に暴言を吐いて、終いには看板を引っこ抜いて放り投げて言った。
「お洒落な養鶏家!次、お前のとこの鶏が来たら、ブチブチに羽を抜いて、ぶっ殺してやるからなっ!そして、この看板にぶら下げてやる!覚えとけよっ!!」
「も…やめときなさい…」
見てられない。
やり場のない怒りに震える豪ちゃんを強く抱きしめて、何度も優しく背中を撫でた。
「…落ち着け…豪、落ち着け…」
「畜生…畜生…!!」
力の入らなくなった豪ちゃんを抱えながら、ヨロヨロと車まで戻ると、すっかり呆けた表情のあの子を助手席に乗せて、ため息を吐いた。
膝の上の亡骸を撫でて口を一文字に結んだまま、豪ちゃんの顔を覗き込んで言った。
「…群れを守ったんだ。」
「うっうう…うっ…」
喉の奥で嗚咽を漏らすあの子の頭を撫でて、車のエンジンを淡々と掛けて、来た道を帰って行く…
あっという間に消えた命を目の当たりにして…豪ちゃんが今まで対面して来た、幾つもの人の命と比べる。
…これが、もし…俺だったら…
そう思うと…
君が怖がって我を忘れてしまう気持ちを、やっと…実感として分かった気がするよ。
さっきまで生きていたのに…あっという間に、いとも簡単に、死ぬんだ。
命が寿命まで続く事自体、奇跡なのかもしれない…
それ程までに…”死“という物は、身近で、いつも傍に居る物の様だ。
徹の実家に戻って来ると、雌鶏たちに白い雄鶏の亡骸を見せて回る豪ちゃんの背中を見つめて…胸が苦しくなった。
「あぁ、駄目だったか…」
庭の豪ちゃんの様子を見た健太は、肩を落としてそう言った。そして、ヘルメットを抱えて縁側を下りると、俺の肩を叩いて眉を下げながら言った。
「…お疲れ、惺山。俺は仕事に行ってくる。豪を、よろしく…」
「おう…気を付けてな…」
そう、気を付けて。
”死“なんて…ひょんな時に、思わぬ所から突然顔を出すんだ。
いつもより“気を付けて”という言葉に気持ちを乗せて、健太の背中を見送った。
「兄ちゃぁん…!」
バイクに跨った健太に気付いた豪ちゃんが、急いで健太に駆け寄った。
腕の中の雄鶏の亡骸を見せるあの子に、健太は何度も頷きながら、あの子の頭をポンポンと叩いて、ギュッと抱きしめた。
そんな光景を見つめながら、ホロリと涙を落とす。
「豪ちゃん…ご飯を食べて、学校に行く準備をしなさい…」
庭先で雌鶏たちに囲まれてしゃがみ込むあの子に声を掛けて、俺の声に振り返ったあの子を見つめて、手招きする。
トコトコと俺の元に近付くと、豪ちゃんは腕の中のブランケットに包まれた雄鶏を俺に掲げて言った。
「…この子を…土に埋めてあげたい…」
「学校から帰ったら、やりなさい。」
眉を下げて瞳を潤ませる豪ちゃんを見つめながら、段ボール箱を差し出して、あの子に言った。
「ここに…寝かせてあげて。日陰にこうして寝かせておくから…皆とお別れを済ませた夕方、土に埋めてあげたら良い…」
俺の言葉に瞳を歪めた豪ちゃんは、ボロボロと泣きながら言った。
「せいざぁん…こんな事、馬鹿げてるよね…。だって…どうせ、たかが、鶏の死なんて…!大した事ないじゃないか!毎日食べる鶏肉や、豚肉!牛肉の命は…?誰にも泣かれる事なく、死んでいく、あの子達の命は?…こんな事で、心を痛めている振りをして、唐揚げを食べる事の矛盾は?悲しむ事自体が…偽善だ!」
「豪…おいで…」
そう言ってあの子を抱きしめると、混乱して動揺したあの子に優しく言った。
「森を見なくて良い…木だけ見て、悲しんだって良いじゃないか。手の届く範囲の大切な誰かの死を悼んで、どうして偽善なんだ…。泣いても良い。ただ、それは亡くなった誰かを思って泣きなさい…。自分の存在を否定する様な、そんな涙は流すんじゃない。」
大事に…大事に…壊れてしまわない様に…震えて消えてしまいそうな豪ちゃんを優しく、強く、抱きしめた。
この子は、柔らかい感性の塊。大事な雄鶏の死を悼む自分を、偽善者だと言って…罵った。それは、身近な大切な誰かの死を受け入れられなくて…わざと、森を見ようともがき苦しんでいる様に…見えた。
だから、俺は…豪ちゃんに、もう一度、木を見る様に促す。その涙は、その木の為にだけに流せと…言った。
「良い鳴き声の…雄鶏だったね。群れを守ったんだ…格好良いじゃないか…」
「うっううう…うわぁん…!僕がひとりで泣いてる時、いつも寄り添ってくれたんだ…僕が、掃除をしてる時も…傍に来て…挨拶してくれた…。押せ押せのAKB世代から逃げながら、それでも…群れの雄として、立派に務めを果たしてくれた…!悲しい…悲しいよ…!せいざぁん…僕は、悲しい…!」
豪ちゃん…
「そうだね…悲しい。」
豪ちゃんの腕の中のブランケットを抱き抱えて、段ボールの奥にそっと寝かせた。そして、豪ちゃんの手を引いて、縁側から部屋に入って、手を洗わせる。
…時間は、否応なく進んで行くんだ。
誰かの死を悼む時間も日常においては、タイムスケジュールの一コマの様に、割り切らなくてはいけない。
「今日は…俺の作った…卵焼きをご馳走してあげる。」
豪ちゃんの目の前に見よう見まねで作った形の悪い卵焼きを置いて、シクシクと泣き続けるあの子の口元に運んで言った。
「豪、あ~んして?」
「ふぐっ…ぐすっ…ぐすっ…あ、あ~ん…」
一口食べた豪ちゃんは、モグモグしながら真っ赤な目を俺に向けて言った。
「…美味しい。」
「形は悪いけど…良い卵を使ってるからね…」
にっこりと微笑んでそう言うと、ご飯をお箸で摘んであの子の口に運んで言った。
「はい、あ~ん…」
「ふぐっ…ふぐっ…あ、あ~ん…」
「コケ~コッコッコッコ…コケ~コッコッコッコ…」
いつの間にか縁側の下に置いた段ボールに雌鶏たちが集まり始めて、まるで雄鶏の死を悼むみたいに…鳴き声をあげ始めた。
動物だって…”死“が、分かる。もう、二度と会えないと…分かる。
「豪ちゃ~ん!」
いつもの調子で哲郎が縁側にやって来た。そして、俺に餌付けされる豪ちゃんを見つけると、ムスッと頬を膨らませて、ドカドカと部屋に上がって来て、俺を見下ろして言った。
「おい、おっさん、止めろよ…!」
ふふ…良いタイミングで、豪ちゃんの”日常“が目の前に、現れてくれた。
気持ちを切り替えるチャンスだ…
呆けた表情のままの豪ちゃんの口にお米を入れて、顔を覗き込みながら口元を緩めて微笑みかけて聞いた。
「…豪ちゃん、自分で食べられる?」
「無理ぃ…」
そうか…無理か…
そんな豪ちゃんの様子にしびれを切らせた哲郎は、俺の手から箸を取り上げて言った。
「俺が食べさせる!」
あぁ…そうしてくれ…
死を目の当たりにして、打ちひしがれているこの子には、他愛のない日常が必要なんだ。進まなくては行けないマーチを行く人に、手を引いてもらう必要があるんだ。
「へいへい…じゃあ、あたくしはお洗濯でもしますわ…」
息まく哲郎にそう言って首を横に振って見せながら、重い腰を上げて洗濯物を回収して回る。ふと、さっきまで雄鶏の亡骸を包んでいたあの子のブランケットを手に取って聞いた。
「豪ちゃん…ブランケットどうする?洗って使う?」
「うん…」
「そう…。豪ちゃん、今、着てる部屋着も、全部…脱いじゃって?」
「…うん。」
ぼんやりする豪ちゃんから身ぐるみを剥がして、パンツいっちょにした。目のやり場に困り始めた哲郎を横目に、洗濯機を回しに向かう。
亡骸を包んだブランケット…使うんだ…
そうか、そうだよな…別に汚い物じゃ、ないもんな。
「豪ちゃん…ここ、赤くなってるね…?ぶつけたの?」
「…ん、分かんなぁい…」
そんな会話を耳に聞きながら洗濯物がグルグルと回る洗濯機を眺める。豪ちゃんのブランケットに付いた雄鶏の血は、付いたばかりだったせいか…水で流したらあっという間に流れて落ちた。
「…あ、ここも赤くなってる…どうして、こんな胸元をぶつけたの…?」
「んん…やぁ…」
気のせいかな…だんだんと、哲郎の声色が色っぽい雰囲気を纏い始めてる気がする。
「あぁ…ここもだ…赤くなってる。ほらぁ…」
「ん…てっちゃぁん…いやぁ…」
なんだ?!哲郎!
お前は、昨日、最大のチャンスを…いいや、最大の難関を突破したんじゃないのか?!それともなにか、昨日の豪ちゃんのお尻事件は、お前の鉄壁の防波堤を崩す呼び水の様になってしまったとでも言うのだろうか?!
急いで居間に駆けつけた俺は、パンツいっちょの豪ちゃんを視姦しながら指で愛撫し始める哲郎をジト目で見て言った。
「お触りしてないで、早く食べさせろよ!」
「はっ!今、食べてんだよ!おっさん!…はい、豪ちゃん、あ~んして?」
「あ~ん…」
明らかに…豪ちゃんの口には多すぎる量のお米を箸で掴んだ哲郎は、あの子の口からこぼれるお米を手のひらで受けながら笑って言った。
「駄目だろぉ?こぼさないで…全部、口の中に入れないとぉ…」
「ん、だってぇ…」
「ほら…これも食べて…」
そう言って受け止めた手のひらをあの子の口元にかざした哲郎は、柔らかい唇におし付けながら言った。
「ほら、舐めて…」
…哲郎!
こんな事を日常的に行っているとするならば、大吉に“豪ちゃんをいたぶって悦んでる”というガチホモのドSというレッテルを張られても…仕方が無いと思うぞ?!
哲郎…!
「ん~…」
しぶしぶ豪ちゃんは哲郎の手のひらをペロペロと舌で舐めてた。予想通り、哲郎は恍惚の表情を見せて満足げに口元を緩めて言った。
「あぁ…くすぐったぁい…はは。」
哲郎君のお母さん。彼はきっと…立派な植木屋のドSに成長する事でしょう…
台所でお皿を片付けながら居間のテーブルに座った豪ちゃんと、あの子の隣で悦びを堪能する哲郎をジト目で見つめ続ける。
ふと、哲郎は豪ちゃんの剥き出しの肩を撫でて、スッと胸を掠め下ろしながら言った。
「はい…じゃあ、次ね…あ~んして?」
「んん…」
絶対、今、乳首を撫でただろ…どスケベめ…
再び箸に大量の米を乗せた哲郎は、正面からあの子の口に箸を向けて言った。
「もっと大きく開けて…」
「ん、だぁめぇ…」
嫌がって体を離そうとするあの子の腰を片手で掴んだ哲郎は、ググっと自分の体をあの子の体に寄せながら言った。
「なぁんだよ、逃げるなよ。入らないだろ…?」
そんな目がギラギラした哲郎の肩を押して、豪ちゃんは困った様に言った。
「ん、だってぇ…そんなに沢山…入らないのぉ…」
「大丈夫…ちょっと慣らせば、ずっぽりと入るから…。最初だけ我慢しろよ…」
はて、何の話をしてるのかね…?
いそいそと豪ちゃんの制服を持って来た。そして、あの子が哲郎に凌辱されながら餌付けされる中、シャツを羽織らせて、腕を通させて、頭をポンポンして言った。
「…豪、ボタンを留めなさいよ?」
「はぁい…」
さあどうだ…哲郎。
Tシャツなしの白ワイシャツは、どうだ…?!
豪ちゃんのスラックスのしわを伸ばして、畳んで脇に置くふりをしながらチラッと哲郎を横目に見た。
下からボタンを留め始める豪ちゃんの手元を凝視し続ける哲郎…
分かるよ…
手元の奥の素肌を見てるんだろ…?
そして閉じられていく様を…あぁ…と、ため息を吐きながら、よだれを垂らしてるんだろ?!
「豪ちゃん、ちょっと…」
「ん…?」
急に話しかけて、ボタンを留めるのを止めさせると、俺を振り返ってキョトン顔する豪ちゃんの胸元を、我を忘れて凝視する哲郎を見て、インナーマッスルが崩壊するくらい腹の中で大笑いする。
「あ~…何でもないよ。」
俺の言葉に首を傾げた豪ちゃんは、再びボタンを留め始めた。そして、胸元を凝視し続ける哲郎の顔を覗き込んで首を傾げて言った。
「…てっちゃん、何かついてた?」
可愛い乳首が付いてる。
「え…?いや、何でもない…!」
慌ててそう言った哲郎は、やけに前屈みになりながら豪ちゃんの口元に箸を運んだ。
「はい…あ~ん…」
あの角度、あの体勢…間違いない。彼は、勃起したんだ!
俺はそう確信すると、急いで豪ちゃんの傍に行って、あの子のために用意したスラックスを持ち上げて言った。
「豪ちゃんのスラックスは哲郎のよりも小さいの?ちょっと、哲郎、立ってみてよぉ。比べさせてよぉ!」
「なぁんでだよっ!」
明らかにキレた様子じゃないか!
口元を緩める俺を睨みつけた哲郎は、やや前屈みになりながら、豪ちゃんを見つめて言った。
「…も、早く食べてよ、豪ちゃん…」
そうだ…哲郎のおちんちんは勃ってる。
だから、早く食べて欲しいんだ…
「そうだ!豪ちゃん!牛乳を持って来てあげよう!」
俺はそう言うと、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注いで入れた。
え…?
悪乗りし過ぎだって?
良いんだ、これくらいしないと…気分が滅入ってなんないからね…
「はい!豪ちゃん…!牛乳ゴクゴクして!」
そう言って豪ちゃんの口元にコップを当てた俺は、否応なくコップを傾けて、欲しがってもいない牛乳を無理やり飲ませた。
「んん~…!はぁ…ん…!」
怒った…豪ちゃんが、怒った。
俺の胸をバシバシと殴って嫌がりながらも、仕方なくコップの中の牛乳を飲んでいく光景は、普通だったら「おい、おっさん!豪ちゃんが嫌がってるだろ!やめてやれよお!」なんて、哲郎の鉄拳が飛んできてもおかしくない状況だ。
だけども、だけども…哲郎氏は苦悶の表情を浮かべて牛乳を飲む豪ちゃんに夢中の様子だ。あの子の口端から垂れた、白い牛乳が胸元に流れて落ちて行くのを、よだれを垂らして見ている。
「あぁ…豪ちゃ…ん…良い…」
哲郎は胸元ががっぽり開いた豪ちゃんの胸を指先で撫でて、白い牛乳を肌に擦り付けた。
「ん…!なぁんだぁ…やぁん!」
そう言って体を捩った豪ちゃんの口からコップを離すと、白い牛乳にすっかり心奪われた哲郎が、あの子の首筋をぺろりと舐めて極まって言った。
「はぁはぁ…豪ちゃん…!」
はは!
「哲郎君は…バター犬なんて、知ってるかい…?」
豪ちゃんの素肌に着いた牛乳をティッシュで拭いて、あの子の開いたままのシャツのボタンを留めてしまうと、俺を睨みつける哲郎をジト目で見て、首を傾げてやった。
「バター犬?アフロ犬なら知ってる。豪ちゃん、持ってるよ?虹色の髪なんだ。」
豪ちゃんはケラケラ笑って、両手を合わせて言った。
「ご馳走様でした。惺山の卵焼き…美味しかったよ?ありがとう。」
あぁ…良い子だね。
哲郎を弄ぶ為に、俺におもちゃにされたなんて、気が付いてないんだ。
「ふん…!」
鼻息を荒くして、股間を気にしながら立ち上がった哲郎は、俺を見て豪ちゃんに気付かれない様に中指を立てた。
感謝されたとしても、中指を立てられるような事はしてない。
解せないな…?
「…気を付けて行って来るんだよ。」
「はぁい…行ってきます…」
豪ちゃんはそう言うと、哲郎に手を引かれて学校へと向かった…
振り返って俺を見つめる瞳が、久しぶりに、少しだけ悲しみを帯びているのは…今朝の雄鶏に俺を重ねて見ているから…かな。
失う恐怖を…少しだけ、感じてしまったから。
「さぁ…!第三楽章は、楽勝だ!なんつって…なんつって…」
そんなつまらない冗談をひとりで呟いて、おもむろに縁側の下に降りた。
段ボールの中の雄鶏の亡骸をそっと、撫でて、死後硬直の始まった硬くなった体を手のひらに感じて…眉を顰めながら両手を合わせると心の中で言った。
…お前は強かった。よくやった。もう、自由だ。天国に行きな…
段ボールを両手に抱えて日に当たらない日陰に置いてやると、纏わり付いて来る雌鶏たちを見下ろして言った。
「旦那さんが死んじゃったな…。悲しいな…。豪ちゃんがめちゃくちゃ怒ったんだ。可哀そうにな…。あの黒い雄鶏を、早く捕まえていれば良かった…。パリスにも酷い事をしたんだ…あの時、とっつかまえてしまえば…良かった…」
出てくる言葉は今更言ってもどうしようもない事ばかり…
…後悔は先に立たない。
こうなる事を恐れて、あの子は俺と離れる決断をしたんだ。
あの時…こうしておけば良かった…
それはきっと、豪ちゃんが幾つもの命と向き合った後、必ず感じたであろう、たらればの後悔…
俺に対して…そんな感情を持ちたくないから…離れる決断をしたんだ。
そうだよね…豪ちゃん。
縁側から部屋に上がって、ピアノの部屋に向かった。そして、テラスの隅で大事そうに卵を温め続けるパリスを見下ろして言った。
「お前は…随分な男に惚れたもんだ…!お陰で大混乱が起きた…」
「コッコッコッコケ…」
彼女はそう言うと、お腹の下に温めた卵を腰を浮かせて見せた。
あぁ…
「…その子のお父さんは、屑野郎だったぞ?ちょい悪に引かれるのは、お嬢様の悪い所だな…ん?パリス!」
俺がそう言うと、彼女は首を傾げながら卵を温め直した。
はぁ…
胸の奥でため息を吐いて、開いたままの窓をそのままに、ピアノに腰かけて空の五線譜をピアノの上に置いた。
「豪ちゃんはマズルカが好き…ポルカも好き。異国の雰囲気が漂う様な、独特のリズムと、拍子と、旋律…あの子の好きな物で、彩ってあげよう。」
ピアノの上に乗ったあの子のバイオリンをぼんやり見つめてそう言うと、左手でマズルカのリズムを決めながら、右手を掲げてあの子を思い浮かべて口元を緩めて微笑んだ。
「ん…こんな風よりも、もっと…こっちの方が良い…微睡んだ夕暮れの様な、アンニュイな雰囲気と、コロコロと転がる様な軽快さを…」
そう…極端な陰と陽が混在したあの子を…旋律に乗せて、少しばかりトリッキーに仕上げよう。
「ふふ…良いね。まるでトロける様なロンドだ。」
ピピピピ…ピピピピ…
ピアノの上に置いた携帯電話のアラームが鳴ると椅子から立ち上がって、体を伸ばしてすぐに止めた。そして、鍵盤を見下ろすと、ジッと、固まって動かなくなる…
何か…違う。
こんな綺麗なロンドじゃない…
もっと違う、何かが欲しい。
自分を道化にする事で”普通”というマーチを進んだ第二楽章…そこを経ての第三楽章が、こんな物なんて…しょぼすぎる。
もっと豪華な舞台を、あの子に用意してあげたい…
それはまるで怪しげな仮面舞踏会。
それは、あの子が触れた事も無い…”音楽“という場所。
そこで…自分で言うのも、気持ち悪いけど…王子様と出会うんだ。
そうだ。
悪いか…?
俺だ。
俺が王子様だ。
年齢を考えると…そうだな…男爵、あたりにしておくか…
目元を隠す様な仮面を付けて、装飾の刺繍がいっぱい入った服を着てる…イケてて、土地を沢山持ってる、強い、男爵様だ。
道化の姿のまま仮面舞踏会へやって来たあの子は、男爵を見て言うんだ…
「あぁ…なんて素敵な人なんだろう…キュン死する…!」
道化の衣装を脱いで、いつものぶっかいタンクトップと半ズボン姿になると、目元を隠す仮面をつけて、俺の傍まで来てもじもじして言った。
「僕…男爵様が大好き!キュン死する!」
「はは…仕方が無いなぁ…どれ、少し踊って見るかい?ははは…」
あぁ…知ってる。気持ち悪いだろ?
ひとりでこんなセリフを話してる俺自身も、うすうす気づいてるさ。
「え…?僕。踊れないよう!」
あの子はそう言ってもじもじすると、潤んだ瞳で俺を見つめて頬を赤くした…
「大丈夫さ、さぁ…私の手を取ってごらんなさいな…」
そう言って差し出した手を、あの子が恐る恐る掴むと、俺がリードしながら…踊り始める。
それは…音楽と言う、形の無いロンド。
「何それ…?何のお話?」
いつの間にか隣に座ったあの子がそう言って首を傾げた。
え…?
「今、何時…?」
あの子を見下ろしてそう聞くと、豪ちゃんはシャツのボタンをひとつだけ外して言った。
「…2時だよ?今日は水曜日だから早いんだ。」
そして、俺を見つめてクスクス笑い出した豪ちゃんは、ニヤ付く顔をそのまま俺の肩に乗せて、ツンツンと俺の頬を突きながら言った。
「ね、続きを話してよ…」
あぁ…全く…聞かれていたのか…
朝に比べると、少しだけ気持ちを持ち直したあの子の様子に安心して、髪にキスして言った。
「駄目だ!」
「なぁんでぇ~?」
そんなの…恥ずかしいからに決まってる!
俺は譲らない気持ちを表現する様に、眉を片方だけ上げてとぼけた顔をした。
そんな俺を見つめてクスクス笑った豪ちゃんは、俺の襟足を指に絡めながら、ずっと左手で弾き続けるマズルカのリズムに乗せて体を揺らし始めた。
「こんなに綺麗な所…僕は見た事が無い。自然と体が動いて、自然と笑顔になるのはどうしてだろう…あぁ、そうか…目の前の…男爵様が、居るからだ…」
はぁああああああああん?!
ピアノを弾く手が危うく動揺して止まりそうになった。
クスクス笑う豪ちゃんの声をすぐ近くで聞きながら、顔を真っ赤にする。
「男爵様が、僕を知らない所へ連れて行ってくれる。それは、何も隠さなくても良い所。こんな仮面を付ける必要も無くて…みんなと同じ様にする必要もない。自由に好きな様に、羽を伸ばして…休める所。」
豪ちゃんはそう言うと、俺の襟足を指に絡めながら、顔を覗き込んで、食むようなキスをくれた。
あぁ…
俺を見つめて瞳を細めるあの子の微笑みに…ピアノを弾く手が止まりそうだ…
こんなの弾いてる場合じゃない…今すぐ、抱きしめて、その開きかけたシャツをブチ切って露わになった胸にむしゃぶりついてやろうかな…
そんな事を悶々と考えていると、おもむろにあの子が立ち上がってピアノの上のバイオリンケースからバイオリンを取り出した。
「待って…!」
そう言って左手でリズムを刻みながら、ピアノの上の携帯電話の録音ボタンを右手で慌てて押した。
「…ここは、怪しい舞踏会…?」
「そうだね…」
左の耳を傾けて焦点の合わない瞳で宙を見つめるあの子を見上げると、首に挟んだバイオリンのネックを指先で撫でるあの子の仕草に…そこはかとない妖艶さを感じて、思わず視線を逸らした。
「ふふ…あなたは男爵様…」
あの子はそう言って右手に持った弓を構えると、俺をじっと見つめて言った。
「素敵な…男爵様…」
あぁ…
キュン死するのは…俺の方だ…
舐める様なあの子の視線が…堪らなくいやらしく見えて…エロイんだ。
そんな俺の勝手な欲情など一切合切を無視して、豪ちゃんは静かに弓をバイオリンの弦に当てると、長く音を響かせながら言った。
「それは…凪の様な静かな人。つっけんどんに見えるあなたは、とても素敵なピアノを弾いて、僕に音色で話しかけてくれた…」
あ…
自然とピアノを弾く手が止まった…
そして、ただただ、目の前のあの子が語りながら奏でるバイオリンの音色に…鳥肌を立てて聴き入った。
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