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#31

「…先生、来て?」 豪ちゃんはおもむろに立ち上がって、先生の手を引いてピアノの部屋へ戻った。そして、後ろを付いて行く俺を振り返って弱々しくおねだりして来た。 「せいざぁん…ピアノしてぇ…?」 「ほい…」 言う通りにピアノに座った俺は、バイオリンを首に挟んだ豪ちゃんを見つめて、首を傾げた。 …何を弾こうとしてるんだろう… そんな俺を見つめた豪ちゃんは、体の力を抜く様に大きく息を吐き切った。 「先生に…お話を聞かせてあげる。これは…ある所に住んで居る、少し変な子の話です…」 語り口調でそう話し始めた豪ちゃんは、右手に構えた弓を優しく引きながら“シシリエンヌ”を奏で始めた。 それは、ゆったりと穏やかで、まるで霧に隠れている情景を映し出す様な音色だ… 物語の始まりに…相応しい。プロローグの雰囲気を醸し出してる… 「…体の周りにモヤモヤを纏わせた人が居る。初めこそ気にもしなかったけれど、だんだんと分かって来た…そして、それは、もうすぐ死ぬ人に現れる物だという事に気が付きました。他の誰にも見えない。その子にしか、見えないモヤモヤです。」 繊細なあの子のバイオリンの音色を、そっと撫でる様にピアノで伴奏をして下から支えた。満足したのか…豪ちゃんは気持ち良さそうに口元を緩めて微笑みながら、幼い頃の自分の情景を音色に映し始めた。 「ほほ…」 一気に色付き始めたバイオリンの音色に驚いた様にそう言った先生は、豪ちゃんを見つめながら部屋の壁に背を持たれさせてニヤリと口端を上げて笑った。 これは…始まりに過ぎない… この子はあんたを情景の中に連れ込んで行く気だぞ… 話しても…簡単には伝わらない感情や、その当時の状況を、全て音色に乗せて…伝えようとしてるんだ。 本来の楽譜には載っていない。本来の演奏ではそんな強弱は付いていない。 そんな“シシリエンヌ”で、豪ちゃんは自分の幼い当時を、先生に伝えようとしてる。 曲調を変えて一気に沈んだ音色を奏でた豪ちゃんは、辺りを夜に変えて…幼いあの子と…恐れを抱いた表情であの子を睨みつける…自分の父親を目の前に映し出した… 「あぁ…」 先生の心痛な声を耳に聞きながら、あの子のバイオリンの音色に合わせて、この情景を伴奏で彩って行く… 「お父さんは…僕を“悪魔”と呼んで…何度も、殺そうとしました。しかし、ことごとく失敗して…ある日、家を出て行ってしまいました。僕は、人と違う。…この事は、誰にも言ってはいけないと…幼心に刻み込んで、15歳の年になるまで…自分を偽って生きて来ました…。」 そう言って“シシリエンヌ”を弾き終えると、舞台の場面が変わった様に、あの子は表情を一変させて、にっこりと優しく微笑みながら”きらきら星変奏曲“をバイオリンで続けて弾き始めた。 目の前の情景が音色と一緒に場面を変えて、テラスの窓から俺の後姿を覗いて見つめる、あの子の背中を目の前に映し出していく… 「そんな時、ピアノでお話をする人が目の前に現れました。でも、彼の体の周りには…モヤモヤが見えていたのです。きっと…この人も、死んでしまうんだろう。僕はそう思いました。止める事なんて出来ない。抗う術さえ知らない。僕は…無力です。」 そう言いながら表情を歪めた豪ちゃんは、指先でこもったピチカートをしながら、先生を見つめてため息を吐いた。そして、俺を見つめると同じ様に悲しそうな顔をして、ため息を吐いた。 …無力。 確かに…この子は誰一人、救う事が叶わなかった… あいつを除いては。 「惺山!きらきら星を…沢山上げるよ!」 急に表情を変えてあの子がそう言うと、バイオリンの音色が一気に煌めき始めて、あの子のバイオリンの弦から、こぼれ落ちた小さな星が空へと上がって行く… 「あぁ…!凄い!」 まるでそれが見えるかの様に感嘆の声を上げた先生は、満面の笑顔になって豪ちゃんのバイオリンから紡ぎ出される星を目で追いかけた… …凄いだろう? この子はまだまだ星を作り出していく。 それは、煩いくらいの満天の星空だ。 豪ちゃんは細かく弓を弦の上で弾ませながら次から次へと煌めく星を作っては、空高く放り上げて行った。 「素晴らしい…」 そう呟いた先生が見上げる、満天の星空の下…コロコロと傾いては揺れる星たちを見上げながら、豪ちゃんはお話を続けた。 「僕と兄を置いて家を出て行ったお父さんは…体にモヤモヤを纏わせていました。だから、きっと、どこかで死んでいるだろう…そう、思っていました。でも…10年ぶりに再会を果たした時、彼は生きていた。皮肉な事に…僕が助けようとしなかった人が、生き残っていたんです…。」 そう言って涙をホロリと落とした豪ちゃんは、揺れる様な途切れの無い音色を響かせて、急に曲を変えた。 それは…ベートーヴェンの“交響曲第9番第4楽章”の…合唱のメロディだ… この旋律は…神々しいな… 自然と自分の頬に涙が伝うのを感じて、込み上げて来そうな感情を押し殺した。必死に、あの子のバイオリンの音色が、もっと輝く様に伴奏を付けていく。 地面から湧き上がる白い輝きに包まれた豪ちゃんは、バイオリンを奏でながら悲しそうに瞳を細めて言った。 「”悪魔”から…逃げれば助かる。…そう言ったお父さんの言葉を、僕は信じた。あの人が…唯一、僕に教えてくれた、僕が苦しまなくて済む方法です。」 あぁ…豪ちゃん… 「だから…僕は、惺山の傍に居てはいけないのです…」 あの子の右手に揺れる弓を見つめながら、ダラダラと流れる涙をそのままにして、美しくも儚く消えて行くあの子の旋律を追いかけて行った。すると、あの子は“交響曲第9番”を弾きながら、合間、合間に、“きらきら星”の主題を入れ始めた… あぁ…戻るつもりなんだね… イカしてる… 自在に曲を行き来する柔軟性と、応用力…トリッキーな曲展開に、首を横に振りながら脱帽して、あの子を見つめて口端を上げて笑いかけた。 そんな俺を見つめると、あの子は瞳を細めて微笑んだ… 分るよ…君の事が、君の声が、分かる。 「さぁ!惺山…!星を落とすよっ!」 「よし来た!」 豪ちゃんがそう言うと、一気に情景が瞬く星空の下に早変わりして、奏でるメロディも“きらきら星”へと戻って行く。 あぁ…煌めく星たちよ…尻尾をなびかせて落ちて行け… 豪ちゃんの弾いてかき鳴らした音を合図に、ピアノを跳ねる様に打ち鳴らして行くと、満天の星空には尾を引いて落ちて行く星たちが…真っ暗な空に直線を描いていく… …あぁ、綺麗だ…! 「はぁ…」 感嘆のため息を吐いて首を横に振り続ける先生を横目に見ながら、あの子と一緒に流れ星を作って地面に叩きつけていく。 「ふふっ!」 そんな声を出して、豪ちゃんは楽しそうに体を弾ませ始めた。 …あぁ、楽しいんだ… この子は、音色そのもの。 この子は…音色なんだ。 「あぁ!惺山!もっと…もっと落として、月さえ落としてしまおう!」 弓を引き切って興奮した様に目を輝かせた豪ちゃんは、俺を見て満面の笑みで言った。 「行こう!惺山!」 ふふ… 「ほい!」 あの子に元気に返事を返して、指が追い付かない位に音色を飛ばして、満天だった星空を幾つもの直線を残しながらべた塗りの黒へ変えて行く。 それは、ピウ・モッソ…いいや、アッチェレランドだ! 「ブラボーーー!」 そんな先生の感嘆の声を横に聞きながら、大きな月を豪ちゃんと一緒に見上げて、首を横に振って言った。 「あぁ…豪ちゃん、ダメだ月が落ちて行かない!」 そんな俺の言葉にニヤリと笑った豪ちゃんは、クルッと回転しながら言った。 「そんな時の為に、僕は凄いものを用意したんだ!」 あ~ははは!おっかしい! 悪乗りしてる? いいや、違う、楽しんでるんだ。 あの子は曲の中の情景を、自由な想像力で…自在に変えて行ってるんだ。 ”きらきら星”の伴奏を続ける俺のピアノを背景に、ファンファーレの様にバイオリンをかき鳴らした豪ちゃんは、上手にピチカートしながら言った。 「この白馬を見てよ…この子はね、凄いキック力を持ってるんだよ?」 「ぶふっ!」 先生が吹き出して笑った。 こんなもんじゃない。この子の想像力は…こんなもんじゃない。 もっと、面白いんだ! 豪ちゃんはケラケラ笑いながら、ピチカートで音階を駆け上がって行く。 あぁ…本当、この子は自由だ… 見える…見えるよ。 美しいたてがみの白馬が、音色の階段を踏みしめながら、月へ向かって空を駆け上がって行くんだ。 そんな豪ちゃんのピチカートに合わせて音階を下がって行くと、目に力を込めて俺を見つめ続ける豪ちゃんに言った。 「そんなもの…一気に蹴飛ばしちゃえ~~~!」 「いっけ~~~!」 空に向かってそう叫んだ豪ちゃんは、思いきり弦を弾いて、ギターの様にネックに指を滑らせてポーズを取った。 決まった! そんな豪ちゃんのキメ顔とキメポーズにゲラゲラと大笑いしながら、鍵盤から手を離して大きな拍手を送った。 「あっはっはっは!やったな!豪ちゃん!ブラボーー!」 あぁ…面白かった… あぁ、楽しかった…! 白馬の後ろ脚キックで…大きな満月を蹴飛ばして、遠くまで飛ばしてしまった! 「くっくくく!あ~はっはっは!おっかしい!最高のフィニッシュだった!」 あの子は、そんな笑いの止まらない俺を見つめて嬉しそうにはにかんだ。そして、もじもじと体を揺らして、恥ずかしそうに顔を赤くした。 「こりゃあ…たまげた!」 壁にもたれたまま、開いた口が塞がらなくなった先生が、そう言った。鼻にかかった眼鏡は、興奮のせいか…曇って、傾いている… あぁ…分かる。 この子の情景に引きずり込まれた時…俺も同じ様に唖然とするしかなかった。 さっきの”華麗なる大円舞曲”では、完全に取り込む事が出来なかった先生を、豪ちゃんは見事に情景の中に引きずり込んで、全ての情景を、体感させた。 …これが、この子の…真骨頂だ。 豪ちゃんは首からバイオリンを外して、先生にペコリとお辞儀をした。そして、じっと彼を見つめたまま、眉を下げて言った。 「…これが、僕が、惺山と一緒に居られない理由です。」 「へえ!そうなんだぁ!」 軽い… 先生は、簡単に済ませた…。 そんな事よりも、あの人にとったら豪ちゃんの創造した情景の中を連れまわされた事の方が、衝撃だったんだ… それを証拠に…先生は、フルフルと震える手を抑えられないでいる… 木原先生は、ヨロヨロと豪ちゃんの目の前に出て、あの子を見下ろしたまま…固まった。そして、ぷにぷにの頬を撫でながら、目いっぱい開いた瞳で言った。 「…今のは、どうやってやったの…?どうやって…?」 …ふふ、凄いだろ? 俺の豪ちゃんはね…可愛い顔をしている癖に、飛び切り凄いパンチをかますんだ。 それは今までの常識を覆して、持っていた主観をものの見事に破壊していく。 お前らの知ってる事なんて…ほんの一握りでしかないんだって…全否定して、思い知らせてくれるんだ。 自分がいかに、何も知らなかったのかって事をね… 「え…?」 興奮した木原先生の異常な圧に首を傾げた豪ちゃんは、クスクスと笑って言った。 「知らな~い!」 「なぁんで…なぁんで!もっかい見せてよ…!ん~~!豪ちゃぁん!」 先生は腰砕けになってそう言うと、あの子にしがみ付いておねだりし続けた。 こんな姿…見てはいけない… 先生の自尊心と、俺の残り僅かな尊敬心を、損なう恐れがあるからね。 「この子は…自分の作った情景を周りの人に伝染させる様な…そんな表現力を持った子なんです。一言で言えば…共感覚を伝染させる。そんな子です。」 豪ちゃんの腰にしがみ付く情けない先生を見ない様にそう言った俺は、渾身の演奏を終えたあの子の頭を撫でながら言った。 「とっても上出来だった。素晴らしい…!最高に楽しかった!」 「んふぅ…ほんと?良かったぁ…」 頬を真っ赤にしてもじもじするこの子は、本当にさっき…月を蹴飛ばした白馬を生み出した暴れん坊なの? あぁ…そっか… この子は…曲の中で、自由を手に入れるんだった。 「豪ちゃぁん…もう一回…もう一回だけ…」 しつこく食い下がる先生の頭をナデナデした豪ちゃんは、先生の頬を両手で持ち上げて、口を尖らせた良い年をしたおっさんを見つめて言った。 「だぁめ!ご飯の準備をするから、もう…だめ!」 「ん、なぁんでぇ!なぁんでぇ!」 駄々をこねる先生を背中に乗せたままバイオリンを拭き拭きして、弓に丁寧に松脂を塗った豪ちゃんは、バイオリンケースをぱたりと閉じて、俺を見つめて言った。 「今日は天ぷらにしようかなって思ってるんだけど、おうどんと、お蕎麦、どっちが好きぃ~?」 …うどんは、昨日食べた。 だから… 「…蕎麦。」 「じゃあ…お蕎麦にしようね。先生、おいで?」 そんな俺の答えに微笑んで、豪ちゃんは背中に先生を乗せたままトコトコと歩いてピアノの部屋を出て行った。 まるで…憑りついた幽霊の様だ… あの子の後を追いかけてピアノの部屋を出た。 テキパキと台所で食事の支度をする豪ちゃんの背中の上で…先生がずっと駄々をこねている… 「ん、んぁ!豪ちゃぁん!もっかい!もっかい!」 「はいはい…玉ねぎと…ごぼうと…あぁ、舞茸の天ぷらも美味しいよね?」 豪ちゃんは、先生の駄々を聞く気はないみたいだ。おもむろに冷蔵庫から茄子の漬物を取り出して、背中の先生の口元に差し出して可愛い唇で言った。 「あ~んして?」 「ぐへ!あ、あ~ん!」 …あぁ、駄目だ。 先生は…豪ちゃんに骨抜きにされて、へべれけになった。 ポリポリ… 「ん、ちょっとしょっぱぁい!」 木原先生は地団駄を踏んで怒った…そして、豪ちゃんの柔らかい髪に頬をスリスリしながら、しょっぱかった茄子の漬物を忘れる様に、クッタリと甘ったれた… 最悪だ…見たくない…こんなの、最悪だ… 「…えぇ?ほんと~?じゃあ、これは明日の朝のお茶漬けにしよう…」 あの子はそう言うと、先生の口の中に入れた指先をぺろりと舐めた。 あぁ!…もう! 「豪ちゃん。その赤ちゃん重たいだろ?下ろしても良いんだよ?」 …いてもたっても居られずそう言ってしまった。 豪ちゃんの背中からそんな俺をジト目で見つめた先生が、首を傾げて言った。 「赤ちゃん…?」 「あ、そうだぁ!思い出したぁ!…先生?こっちにおいで…?」 思い立った様に顔を上げた豪ちゃんは、先生を背中に乗せたまま縁側へ向かった。 「ここに居てね?」 そう言って縁側に先生を座らせると、豪ちゃんは俺を呼んで隣に座らせた。そして、ウキウキと台所へ戻って行った。 ふん!豪ちゃんに、体よく追い払われてやんの…! そんな事、思っても言わないさ…だって、この人は偉い人なんだ… ふと、隣の先生を横目に見て、俺は思わず戸惑った。 …まるで、幸せをかみしめている様に、静かに微笑んでいるじゃないか…! 何で、そんな顔してるんだ… 何で、そんな優しそうな表情をしてるんだ… やめてくれ!あの子は、あの人は、豪ちゃんは、俺の大切な人なんだぁ! 「昨日、作っておいたんだぁ~。」 おぼんの上に、淹れたての緑茶とスイートポテトを乗せてやって来た豪ちゃんは、先生と俺に差し出した。 「お砂糖不使用。素材の甘みと…ほんの少しのお塩を入れて、上にはちみつを掛けて作りましたぁ。どうぞ?召し上がれ?」 あぁ…!豪ちゃん…大好きだぁ… 「これ…豪ちゃんが作ったの…?」 先生が目を丸くしてそう言うと、豪ちゃんは首を傾げて言った。 「…食べさせて欲しい?」 「ほら!豪ちゃんはご飯を作るんだろ?」 先生の返事を遮ってそう言った。 そんな俺の言葉に、ハッ!と我に返ったあの子は、いそいそと台所へと戻って行った… あんな事聞いたら…うん!って言うに決まってるじゃないか… だって、この人は、君にゾッコンなんだ。 初めての感覚を味わわせてくれた…君という才能に…ゾッコンになってるんだ。 「旨いなぁ…癒されるわぁ…」 スイートポテトをひとかじりして、先生がそう言った。 秋は夕暮れ…か。 遠くに見える真っ黒の山へカラスが帰って行く…そんなシルエットが、悠々と青暗い空を移動して行く。 視線を落として、しみじみと緑茶を啜る先生の横顔を横目に眺めた… 庭では、鈴虫やコオロギ…その他もろもろ達が、ひしめき合う様に羽を揺らして大合唱をしている。 「あぁ、指揮者不在だな…」 そんな先生の言葉にクスリと笑いながら、舌触り滑らかなあの子のスイートポテトをパクリと食べた。 あぁ…美味しい。 東京でひとつ350円で売っててもおかしくない、上品な甘さだ。 こんなにお料理上手なのに…どうして、野菜炒めとチャーハンはあんなに薄味なんだろう。 そんな事に思いを巡らせていると、先生がおもむろに言った。 「豪ちゃんが中学校を卒業したら、あの子を連れてフランスへ行くよ。」 「はい…」 悲しい…? あぁ…悲しいさ。 こんな変態の下にあの子を行かせるんだから…断腸の思いだ。 でも、この人の傍に居たら…あの子は、もっと、沢山の刺激を受ける事だろう。 それが演奏に、あの子の生き方に、影響するなら… 構わない。 「それにしても…華奢なんだ…」 「え…?」 怪訝な表情を先生に向けて、首を傾げた。 すっかり鼻の下を伸ばした先生は、至極真面目な顔をして俺を見て言った。 「とっても、可愛いんだ…」 「止めて下さい!そういう目で、見ないで!」 俺は思わず先生の頭を引っぱたいて、諫めた。 先生は遠い目をしながら乱れた髪を直して、コクリと頷いた。 大丈夫かな…この人… パチパチ…パチパチ… 台所から、豪ちゃんが天ぷらを揚げる音が聴こえて来て、美味しそうないい香りがこっちまで漂って来た。 あぁ…お腹空いたなぁ… 「森山君は…いつまで、ここに居るの…?」 薄暗くなった空を見上げて先生がそう言うから、俺は同じ様に空を見つめたまま言った。 「…交響曲を書き終えたら、東京へ戻る予定です。」 「だから、それはいつ…?」 「あ…先生、見て…?あれ、ペガスス座だ。豪ちゃんが、空に上げた…白馬。」 空を指さしてそう言う俺に、先生はクスクス笑いながら言った。 「あぁ…本当だ。豪ちゃんは…ぷぷっ!本当、変な子!でも…それが良い。今までにない演奏家になる事だろう。あの子の想像力も、あの子の表現力も、既に100点だ。後必要な事は…技術力。あの子の頭の中を十分に表現出来るだけの、技術が必要だ…」 そう言ってため息を吐いた先生は、体を俺に向けてジッと俺を見つめた。そして、確認する様に、再び尋ねた。 「で、いつまで居るの…?」 「…今、第三楽章まで出来上がりました…。最後の第四楽章を作って…調整をして、整ったら帰ります。…きっと…すぐに出来上がる事でしょう。」 そう… 俺の気持ちとは裏腹に…順調に、滞りなく…次から次へと曲が仕上がって行く。 それは、どれも納得の出来る出来の物ばかり… 皮肉なもんだ… まるで、早く豪ちゃんから離れろと…言われている様な気になって来るんだ。 こうも上手く行く作曲作業なんて、初めてだからね… 「出来上がったらいつもの所に送って、聴かせてくれ。」 「えぇ…ぜひ…」 そんな時、バタバタと足音を立てながら、豪ちゃんが走って来た。 「ね…先生?あ~んして?」 ドS… 豪ちゃんは揚げたての茄子を箸で掴みながら、嬉々とした表情で先生を見つめてそう言った。 「え?ふふ!あぁ~ん!」 馬鹿だな…馬鹿な男だ… 「あっつ!あっつい!豪ちゃ…あっついよ!!」 「ぷぷっ!良いから…良いから、かじってよ…ね?ねえ…かじってぇ?」 体を反らして嫌がる先生の膝の上に乗った豪ちゃんは、ケラケラ笑いながら揚げたての茄子を先生の口に押し付けた。 ざまあみろ…もっと、やられろ… そんな事、思っても言わないさ…この人は、偉い人なんだ… 「あっふい!あふい!はぁはぁ…!豪ちゃん…あふいけど…おいひいよ…。はぁはぁ!」 どさくさに紛れて、あの子のお尻をモミモミする先生の手をじっとジト目で見つめると、そんな俺の視線に気が付いた先生が、視線を逸らしながら両手を離した。 「ふふ…!おもしろ~い!」 満足げだ… 豪ちゃんは気が済んだのか…先生を弄ぶだけ弄んで、台所へと戻って行った。 熱い物を予告なしに人の口に入れたがるのは…あの子の悪い癖だ… 「…可愛い。」 ボソリとそう言った先生の言葉なんて、もう、面倒くさいから、右から左に流すさ… いつの間にか空は青味を失くして、真っ暗で広大な宇宙が映し出された。 「先生…所で、あの子が曲に乗せて話した事、理解されましたか…?」 そんな宇宙のパワーを借りて、気になっていた話を視線もあてずに先生に聞いてみた。 「ああ…そうだね。だから、いつ、帰るのかと聞いた。」 意外にも…先生はあの子の話を信じた。 「…私は、君がどうなろうと構わないけどね。あの子の為だから、気になって聞いたんだ。さっさと仕上げて…さっさと離れなさい。それが、あの子の安心に繋がるなら、さっさとそうしたら良いのに…全く、往生際の悪い男だ…」 「はは…」 余りにあっさりと先生があの子の特性を受け入れたから、すっかり拍子抜けして、口元を緩ませて首を横に振った。 「…惺山、覚えてるかい…?初めてあの子に会った時、君は言っただろ。“俺の主観をボロボロにした…ぐうの音の出ない現実。”それが…豪ちゃんだって。ずっとその言葉の意味が分からなかった。でも…あの子の演奏を聴いて、あの子の情景の中に入って、分かった。才能なんて形の無い物が、実在するんだと…。そして、長年人材育成をして来ても、まだまだ分かっていない事があるんだと…思い知らされた。」 大きな満月が低い位置に顔を覗かせて、薄ぼんやりと庭先と、そう話した先生の横顔を照らしていく… 「凡人には分からない何かを引き換えにしてあの存在があるとしたら…そんな不遇な力も、きっと、あるのかもしれないと思えるさ。だからと言って…私が何をする訳でも無いがね…」 先生はそう言うと、大きな満月を見つめて瞳を細めた。 そう…凡人には到底行けない場所に、あの子は簡単に行ける。 何の特訓も、何の訓練も、何の犠牲も支払わずに、いともたやすく追い抜いた場所にスタートラインがあるんだ。 それを羨ましいと思う? それとも、不幸だと思う? …豪ちゃんの苦悩を間近で見て来た俺には、正直、分らない。 ただ、あの子には特別な指導が必要な事は確かだ。 それには、あの子を良く分かってくれる誰かが必要なんだ。 そう…目の前の、この人の様な…柔軟な変わり者の理解者が… 「ごはん出来たよ~!」 豪ちゃんの声に、待ってましたとばかりに、縁側から身を翻して言った。 「あぁ…お腹空いた…!」 「なぁんだ…そんなに食いしん坊じゃなかっただろうに…」 先生はそう言うと、首を傾げながら豪ちゃんの料理が並んだテーブルに着いた。 「わぁ、豪華だね?」 そう言って笑う先生を座らせた豪ちゃんは、両手を広げて自慢の天ぷらを見せて言った。 「じゃ~ん!」 ふふ…!可愛いんだ。 今日の夕食は、天ぷらと、お蕎麦。 「いただきま~す!」 お箸を手に取って、温かいおそばを一口食べて悶絶した。 「んぁ…美味しい…!」 「本当?良かったぁ~!」 頬を赤くして瞳を細めて嬉しそうに微笑むあの子の笑顔を見つめて、丁度良い出汁の味に、脱帽した。 「とっても良いお出汁だ!」 「お!本当だ!美味しいね?お店の蕎麦と何ら変わりないじゃないか!」 先生は豪ちゃんの顔を覗き込んで、ニッコリと優しく微笑みかけた。すると、豪ちゃんは嬉しそうに体を揺らしながら言った。 「んふ、お口に合って良かったぁ!」 あぁ…こんなに美味い飯を作ってくれる豪ちゃんが、俺の傍から離れたら…俺は何を食べて生きて行けば良いのさ… 「天ぷらも食べて?」 豪ちゃんはすかさず先生の隣に座り直して、舞茸の天ぷらを箸で持って口元へと運んで言った。 「先生…あ~んして?」 「ふふ…あ~ん。」 ザクッ… そんないい音を立てて天ぷらをかじると、先生はにっこりと微笑んで言った。 「美味しい…」 なぁんだ!熱々じゃないのかよっ! そんな事…思っても言わないさ… 豪ちゃんはそんな先生の笑顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。そして、残りの舞茸を自分の口に放って言った。 「ん、上手に出来た。」 あぁ…どうか…こんな事を、俺の見ていない所でしないでくれ。 おにぎり一個分の距離を保って…決して近付き過ぎないでくれ。 まるで親子の様にも見える。でも、怪しい距離感のふたり。 そんな彼らを横目に見ながら、美味しい茄子の天ぷらをひとかじりして、サクッと心地の良い歯ごたえと、美味しさに、うっとりする。 バイクのエンジン音が家の前で止まった…と、同時に、豪ちゃんが顔を上げて縁側を、じっと見つめた。 あぁ…健太が帰って来たみたいだね。 そんなあの子の様子を眺めていると、豪ちゃんは手に持った箸をテーブルにコトンと置いて身構えた… 「うぉおい!ポルシェが停まってるぞ!!」 興奮しながらそう言って縁側に姿を現した健太に、豪ちゃんは一目散に駆け寄った。 肩を押された先生が、つんのめってそばをこぼした事は…見なかった振りをする。 「兄ちゃん…ダメぇ…ここから上がらないで?玄関から入って…お風呂に行って…足を洗ってから来てよぉ…!」 「ぶふっ!」 豪ちゃんの懇願に俺は思わず吹き出して、肩を揺らしながら、続いて押し寄せて来る笑いを必死にこらえた。 今日は、大事な日なんだ…。だから、こんな事で大笑いしちゃ…駄目なんだ… 保護者の登場に気が付いた先生は、スクッと立ち上がって縁側を見下ろして挨拶をした。 「お邪魔してます…木原と申します。」 「あ…どうも…」 ペコリと頭を下げた健太は、豪ちゃんの懇願も聞かずに縁側に腰を掛けて靴を脱ぎ始めた。 「ん、だめぇ!んん!や、やぁ!だぁめぇん…!兄ちゃん、やなの…だめぇ…!玄関からぁ…玄関から上がってぇん!」 「なぁんでだよ…良いだろ、別に…」 背中にしがみ付いて体で押し退けようとしてくる豪ちゃんを、両手でむんずと掴んだ健太は、あの子を膝に抱えて意地悪にケラケラ笑った。そして、豪ちゃんのシャツを捲り上げて、真っ白のプニプニのお腹をペチペチと叩きながら言った。 「あぁ~ん!先生が来てるのに、豪は腹筋なし男の腹を見せて、ペチペチされてる~!あ~!恥ずかし!恥ずかし!」 「おぉ…」 「ん~~!らめぇん!やぁだぁ!」 半泣きの豪ちゃんが這う這うの体で逃げ出そうとすると、健太はあの子の腰を掴んでズボンをずり下げて、お尻を叩きながら言った。 「あぁ~~ん!先生が来てるのに!豪はパンツ丸出し男になって…お兄さんにお尻ペンペンされてる~!あ~、恥ずかし!恥ずかし!」 「おお…!」 「あ~~ん!せいざぁん!兄ちゃんが虐めるぅ!うわぁあああん!」 大泣きし始めた豪ちゃんを畳の上に放り投げた健太は、堂々と縁側から上がって、臭う足をそのままにドカッとテーブルに座って言った。 「豪!飯!」 …こいつは最低だな。でも…兄貴あるあるだ… 「うわぁあああん!せいざぁん!」 ズボンを上げてお腹をしまいながら俺に抱き付いた豪ちゃんは、しくしく泣きながら健太に言った。 「足がクセえんだよ!馬鹿野郎!」 「なぁんだと!一日を懸命に働いて過ごした兄貴に対するそれが弟の態度か!」 足の臭さを言われるのが相当ムカついたんだ…健太は怒って立ち上がると、ドカドカと足を匂わせながら、俺に抱き付く豪ちゃんを叩きに来た。 「も…やめなさい…」 そう言って健太を止めると、事もあろうか…俺の頭を引っぱたいて健太が言った。 「惺山が豪を甘やかすから、どんどんつけあがるんだ!馬鹿野郎!」 なんだと…?! 自分が叩かれないと分かったからか…俺の体にヒシっとしがみ付いた豪ちゃんは、健太を見上げて言いたい放題言った。 「兄ちゃんの足は納豆みたいな匂いがして気持ち悪くなるから、お風呂場で洗って来てよ!お客さんが来てるのに!そんな事も分からないから…小林先生とセックスなんて出来るんだ!この…ブス専!」 「あ~!そうか!そんなに兄ちゃんの労働の対価が気に入らないのか!だったら…こうしてやるよぉっ!」 もう…駄目だ… いきり立った健太は先生を押し退けて、豪ちゃんの顔面に自分の足を乗せて言った。 「ほらぁ!豪!良い匂いだろ!良い匂いだろ!あ~はっはっはっは!!」 「あぁあああん!あぁああああん!!」 これは兄弟喧嘩だ…しかも、レベルの低い、小学生並みの兄弟喧嘩だ。 「健太…も、止めなさい…!」 あいつの匂う足を掴んで豪ちゃんの顔面から退かした。そして、泣きじゃくるあの子を自分の背中に隠して言った。 「お客さんが来てる。これからお世話になる人だ。お前も保護者としてきちんとご挨拶をしなさい。その為に…まず、足を洗ってくるんだ…」 俺の言葉に健太は舌打ちをして、ドカドカと乱暴な足音を立てながら風呂場へ向かった… 「うえっ…気持ち悪い…!せいざぁん…僕の顔が臭くなったぁ…!うえっ!」 隣でえずく豪ちゃんの顔を台拭きで拭いて、おでこに着いた天かすを指で摘んで取って言った。 「豪ちゃんも…兄貴に言う時に…もう少し、言い方を考えなさい。」 そんな俺の言葉に眉を上げた豪ちゃんは、食って掛かる様に怒って言った。 「僕のせいじゃない!兄ちゃんの足が臭いのがいけないんだぁ!」 「それは体質や、環境によって、本人にはどうしようもない事なんだよ…ね?先生が来てるんだから…落ち着いて。ほら、深呼吸して…はい、吸って…吐いて~。」 ス~… 「くっさ!うえっ!」 豪ちゃんはそう言ってえずいて、俺の頭を引っぱたいて風呂場へ掛けて行った… 壮絶な醜い兄弟げんかを目の前に、すっかり呆然としたまま固まる先生に言った。 「…はは、先生は…ご兄弟は…?」 「…姉が、ひとり…」 お姉ちゃんじゃあ、こんな目に遭う事なんて無いか… 呆然としたまま固まる先生に、フォローする様に明るく言った。 「俺は上に兄貴がふたりいて、それはそれは陰湿な意地悪をされてきました。まあ、兄弟喧嘩は、どこも…こんな感じですよ…はは。」 「あんな…あんな?」 「そう、あんな感じですよ。知り合いの女の子なんて三姉妹の末っ子で、毎日の様にお姉ちゃんから、あんたはラーメンマンに似てるって言われ続けて、大人になっても、それを引きずってますからね?はは…」 取り繕う様にケラケラ笑ってそう言うと、先生は俺をじっと見つめてポツリと言った。 「あんな…可愛いお尻、見た事ない…!」 はぁ… 信じられない! どいつもこいつも…とは、この事だ! 「ん、ばかぁ!や、やぁん!ん、もう!兄ちゃぁ…ああん!だめぇん!んふぅ!」 風呂場から聴こえてくる豪ちゃんの喘ぎ声は…あの子のデフォルトの嫌がる声だ。 きっと、足を洗って風呂から出た健太に…意地悪されてる。 「あぁ、豪ちゃん…」 ポツリとそう言った先生が、頭の中で何を想像してるのかなんて知りたくもないさ。 どうせ、ろくでもない事なんだ。 「へへっ!ば~か!」 そう言って洗面所から出て来た健太は、上機嫌な様子で、ズボンの裾をまくったまま居間に戻って来た。 「どもども、すみませんね。馬鹿な豪のせいで…」 「先生…こいつが、豪ちゃんの兄貴の”健太”です。健太…こちらが木原先生だ…。家の前の…ポルシェの持ち主だ。」 俺の紹介に、先生が頭を下げる中、健太は俺をジト目で見て言った。 「惺山…惺山もいつかポルシェに乗れる日が来ると良いな!」 余計なお世話だよ… 「ん~~!んぁあああん!せいざぁん!兄ちゃんが…僕の、僕の…おちんちん引っ叩いたぁああん!」 お風呂場から大泣きして戻って来た豪ちゃんは、俺の膝の上に乗って、胸に顔を埋めてしくしくと泣き続けた… 男兄弟あるあるだな…相手の弱点を痛めつけるんだ… ほんと、馬鹿なんだ… 「豪ちゃん…先生が怪我して無いか…見てあげようか…?」 あぁ…本当に、馬鹿なんだ… 呆れた顔で先生を見つめると、その向こうから顔を覗かせて、健太が豪ちゃんに言った。 「豪!飯!」 豪ちゃんは怒り心頭の顔をしながら、俺の腕の中で怒って言った。 「知らない!自分でやってよ!馬鹿!」 「何だとぉ!」 これは…きりが無いな… 再び開戦しそうな兄弟喧嘩を防ぐ為、ため息を吐いて豪ちゃんを膝から下ろした俺は、立ち上がりながら健太に言った。 「あぁ…はいはい、俺が持って来よう…健太。まず、先生にきちんとご挨拶しなさい。」 俺の言葉に我に返った健太は、ピシッと正座で座り直して、頭を下げて挨拶をした。 「どうも…豪の兄貴の、健太と言います。」 そうそう…お行儀よく出来るんだから、ちゃんとしてくれ。 健太の挨拶にかしこまった先生は、同じ様に正座をして言った。 「あぁ…豪ちゃんの先生です。木原理久と言います。」 「え?先生…理久って名前なの?」 豪ちゃんはそう言ってケロッと表情を変えると、ニコニコしながら先生の肩を抱いて言った。 「理久ちゃ~ん!」 まるで、酔っ払いの様だな… そんなあの子を横目に見ながら健太の為に、茹でられた蕎麦をどんぶりに入れて、お出汁をコンロで温め直した。 「理久ちゃんは、何歳ですか?」 「ふふ…何歳だと思う?」 「そういうの、正直、めんどくさい!」 「あ~はっはっはっは!」 はは、随分、楽しそうじゃないか… 別に妬いてなんて無いさ。 背中に聞こえる楽しそうな会話に瞳を細めて、健太のどんぶりに温め直したお出汁を入れて、あいつの箸を持って居間に戻った。 「多分、理久ちゃんはもうすぐ60歳になるよ…」 俺は健太の目の前にどんぶりを置いて、鼻で笑いながらそう言った。すると、先生は俺をジト目で見上げてムキになって言った。 「まだ、53歳だよ?」 「えぇ…?おじいちゃんだね?可愛い!」 豪ちゃんはそう言ってケラケラ笑いながら、先生の頭をナデナデして抱きしめた。 あぁ…分かってる。 懐き過ぎだし、スキンシップが強すぎだ。 もしかしたら… いいや、絶対そうだ。 豪ちゃんは拗らせたお世話好き… だから、老人のお世話に…喜びを感じてるんだ。 明らかに先生が漏らした後から、優しくなってるもの…絶対にそうだ。 猿が仲間のノミを取る様に…先生の髪を毛づくろいし始めた豪ちゃんの背中をトントンと叩いて、アホ面で振り返ったあの子に言った。 「豪ちゃん…先生と健太が大事なお話をするから、向こうに行ってなさいよ。バイオリンの…ボーイングの練習でもしてなさい。」 「ん、はぁ~い!」 はぁ…やっと、居なくなった… 健太がそばをすする音が響く居間…縁側の向こうからは虫たちの音色が輪唱して聴こえてくる。 健太はいつまで経っても、先生に話しかける様子が無く、先生も、豪ちゃんの天ぷらをいつまでも食べている… はぁ… 「健太。豪ちゃんは、中学校を卒業したら、この木原先生に付いてフランスへ行く。お前は、それで良いんだよな…?」 健太はそんな俺の言葉を横目に見ながら聞いて、口の中の蕎麦をすすり切った。そして、先生に体を向けたあいつは、再び正座に座り直して言った。 「…あの!あいつは…馬鹿で泣き虫で、いつも女の子に間違われます。趣味も…女子が好きそうなミサンガ作りとか…小動物の世話です。そして…普通とは少し違う…。でも、やる時はやる男です。どうぞ、あいつを…よろしくお願いします!」 頭を下げた健太は、そのままの姿勢で顔を上げずに話し続けた。 「…あいつは、母さんが命と引き換えにこの世に産みたがった命です…。きっと…きっと、凄い奴なんです!“変わった子”なんて呼ばれて、笑われるような子じゃない…。あいつが行くべき場所へ…連れて行ってください!」 ふふ…そうだな。 あの子は”変わった子”なんかじゃない…飛び切りの食わせ者だ。 健太の背中をポンポン叩いた先生は、顔を上げる健太ににっこりと微笑んで言った。 「もちろんさ…その為に、あの子を手元に置くんだからね…?」 嘘つけ… 絶対違う目的を含んでんだろ…理久ちゃん…? 顔を歪めて先生をジト目で見つめる。 そんな下心なんて知らない健太は、先生の言葉にうるうると瞳を潤ませて、俺ににっこりと微笑んで言った。 「降って湧いたような話で…実感が湧いて来ない…。でも、これは…惺山が居て、あいつの面倒を見てくれたお陰だよな…。ありがとう…惺山。豪の恩人だ…」 あぁ… 助けて貰ったのは、俺の方なのに…豪ちゃんの恩人だ、と…また、感謝されてしまった… 「いいや…俺は何もしてない…」 そう言って瞳を伏せると、健太の顔を見て言った。 「知ってるだろ?俺の方が…あの子に助けて貰ったんだ。」 途切れさせる事も無く…ブレる事も無い、そんな音色が…ずっとピアノの部屋から聴こえてくる… それは、豪ちゃんがピアノの部屋に籠ってから…ずっとだ。 「ふふ…一体いつまで伸ばすつもりなんだろうね…」 先生はそう言ってクスクス笑った。 「ご馳走様でした。私は帰るよ。これ以上ここに居たら、のんびりし過ぎて泊って行く事になりそうだ。」 あぁ…それは迷惑だ。すぐに、帰ってくれ。 そんな事…思っても言わないさ…だってこの人は…以下略だ… 「…豪ちゃん、先生が帰るよ。」 ピアノの部屋を覗き込んで声を掛けると、豪ちゃんはピアノの椅子に腰かけながら瞳を閉じて、ゆったりと弓を動かし続けていた。 「わあ…可愛いね…」 先生がそう言っても瞳を閉じたまま揺れる様に右手を動かし続けて、全くこちらに気が付かない様子だ。 「豪ちゃん…」 豪ちゃんの顔を覗き込んだ先生は、うっとりと音色を伸ばし続けるあの子の唇を指先で撫でてキスをして言った。 「お迎えに来るからね…」 「おい!おっさん!」 つい…言ってしまった。 だって…53歳の理久ちゃんが、余りにお行儀が悪いんだ。 「酷いな…おっさんだなんて…おっさんに言われたかないよ…」 そう言って肩をすくめたおっさんは、バイオリンに熱心なあの子の頭を撫でてギュッと抱きしめて言った。 「楽しみだ…!この原石が、どうなるのか…楽しみで仕方が無い。」 違う事を楽しみにしているとしか思えない… そう思ってしまうのは、俺の主観だろうか…それとも、事実か… 「あ、先生…帰るの…?」 重たそうに瞼を開いた豪ちゃんは、バイオリンの一音を伸ばし続ける事を止めて、弓とバイオリンを体から離して、先生を見上げた。 「帰るよ…明日も仕事だ。」 先生は体を屈めて、頬をあの子に突き出して、ツンツンと指で突きながら言った。 「さよならのキスして…」 ちゅ… 「あぁ…」 満足そうに体を上げた先生は、見上げ続ける豪ちゃんの両頬を両手で包み込んで、うっとりと見つめた。そして、颯爽とピアノの部屋を出て、縁側から降りて、ポルシェに乗り込んだ。 なぁにが…あぁ…!だよ。このどスケベ! 村に不釣り合いな腹に響くエンジン音を轟かせて、健太が興奮する中、先生は運転席の窓を開けて、手を振って言った。 「豪ちゃん、卒業式の次の日に…また来るよ。」 「うん!気を付けてね!先生!またね~~!」 豪ちゃんは、先生のポルシェをいつまでも見送った… 「あ~~疲れた!気を遣うって、大変だ…」 健太はそう言って両腕を上げて、伸びをした。 はっ?! どこに、気を使ったのか…教えて欲しいくらいだね?! 「風呂に入って寝よう…俺も疲れた…」 先生が居なくなった部屋…テレビを見ながらゴロゴロし始める健太を跨いで移動すると、豪ちゃんが風呂場から俺を呼んで言った。 「せいざぁん!背中、流してあげる。おいで~~?」 …ご褒美タイムだ! 「わぁ~~い!」 着ていたシャツとズボンを脱ぎながら風呂場へ向かった。 風呂場の中には、既にすっぽんぽんのあの子が、腰にタオルを巻いて立っていた… あぁ…! なぁんだよ…! 豪ちゃん!! 「わぁ~~い!」 大喜びしてパンツを脱いで、豪ちゃんに抱き付いた。すかさずあの子の顔を覗き込んで、怒って言った。 「なんだ!先生とイチャラブして!なんだ!」 「イチャラブ…?何の事…?もう…ほら、座って!」 あの子はそう言うと、俺の肩を両手で押さえつけて跪かせた。 「うう…」 そして、肩からお湯を掛けて、柔らかいスポンジを泡立てて、俺の背中をごしごしと洗い始めた… 思ってたのと違う… これじゃ、まるで…介護だ。 「豪ちゃんもヌルヌルにしてあげる!」 そう言ってあの子の腰を掴むと自分の膝に座らせて、あの子の胸を泡だらけの両手で撫でて…洗ってあげた。 「あ…だめぇ…!」 何が…だめ!だよ…誘ったのは自分じゃないか… 「なぁんで…?豪ちゃんと洗いっこしてるだけだろ?ね…?」 俺がそう言うと、あの子は耳を真っ赤にして言った。 「…勃っちゃった…」 おぉ… おぉ…!! 「ん…可愛い…」 堪らんわい! 豪ちゃんの頬に頬ずりして、先生の出来ない事をする。 そして、先生の見れない…惚けた瞳を潤ませるあの子を見つめた。 「ここも…綺麗にしてあげるね…俺の豪ちゃん…」 「あぁ…だめぇ…んん…兄ちゃんが居るからぁ…だめなのぉ!ばっかぁん!」 手桶のお湯を豪快に顔に掛けられた… ヌルヌルになった体を捩って俺から逃げようとする豪ちゃんの細い腰を片手でがっちりと抑え込みながら、大笑いして言った。 「は~はっはっは!俺から、逃げられると思うのか?!」 豪ちゃんの汚れてしまった体をごしごし洗いながら、全て綺麗にしていく。剥き出しの襟足も、足の指の間も… 「ほらぁ…前だけだよ?終わってないの…前だけだよぉ?」 「んん…らってぇ…!」 嫌がるあの子の背中を抱きしめながら、無防備になったあの子の股間を撫でて、立ち上がるモノを握って言った。 「あぁ…こんなになってる…」 「だめぇ…ん…」 緩く扱いてあげると、気持ち良くなったのか…豪ちゃんはクッタリ体を俺に預けて、フルフルと足を震わせ始めた。 「気持ちいの…?」 「あぁ…ん…気持ちい…はぁはぁ…」 どうしたものか… 健太が居間でゲラゲラと笑い声を上げながら、テレビを見ている。 この子を抜くくらいで、止めておこう… 「よしよし…豪ちゃんの抜いてあげるね?」 あの子の頬にキスしてそう言った俺に、豪ちゃんはヌルヌルの体を捩らせて言った。 「はっ!…ん、だめぇん…」 何が駄目なんだろう…こんなに勃起してるのに… 「はいはい…駄目ね…じゃあ…ずっと、駄目、駄目言ってたら良いよ…」 有無を言わさず豪ちゃんの腰を掴んで、自分のモノをあの子のお尻の割れ目に沿わせながら、腰をゆるゆると動かして、あの子のモノを握って扱いた。 「んん…はぁはぁ…あっ…ん…!」 しなやかな体が仰け反って、腰のくびれが堪らなくいやらしくしなると、あの子のプリプリのお尻の割れ目から、自分の勃起したモノを前に持って行く… 所謂…あの子の裏筋を擦ってあげようと思ったんだ。 親切心だ。 「んんっ!はぁぁあん…!だめ…ダメぇ…イッちゃう!」 思いきり仰け反った体は、可愛い乳首を両手塞がりの俺に見せつけてくる。堪らずに片手でとがった乳首を摘んで撫でてあげると、豪ちゃんは体を震わせてイッてしまった… あぁ…あっという間に、イッちゃった… 残念に思いながらも、あの子のモノをグリグリと強く握って虐めた。豪ちゃんは小さく悲鳴を上げて、俺の腕にしがみ付いて言った。 「気持ちい…」 知ってるよ…だって、君はどМだもん… ちょっと痛くする、ちょっと強引で、ちょっと意地悪な男が好きなんだ。 だから…先生なんて、物足りないだろう…? 「あぁ…挿れてしまいたい…」 あの子の耳元に吐息と一緒にそんな言葉を吹きかけた。すると、豪ちゃんは惚けた瞳で俺を見上げて言った。 「…挿れて…?」 ほほ… 「さすがに…健太にバレちゃうもの…駄目だよう…」 クスクス笑いながら、あの子のお尻に自分のモノをあてがっていたら、ヌルヌルになったせいかな…あっという間にあの子の中に入ってしまった… 偶然さ… 「あぁ…!気持ちい…!」 「ん~~、はぁはぁ…!」 苦悶の表情を浮かべる豪ちゃんの背中に項垂れて、膝の上に乗せたあの子を下ろして四つん這いにすると、ヌルヌルの体を滑らせながら抱きしめたあの子の腰を掴んで持ち上げた。 そして、意地悪に強く、よだれを垂らして震えるあの子のモノを扱いてあげる。 「んっ…はぁはぁ…あっんん…!だ、だ…だめぇん…」 快感に足を震わせる豪ちゃんの耳元で、囁いた。 「はぁはぁ…このままイカせてよ…豪ちゃん…」 「あっああ…ん…せいざぁん…大好き…大好き!」 そんな小さく潤んだ声を出した豪ちゃんは、俺を振り返って見つめながら必死に喘ぎ声を堪えた… 可愛い…可愛い…可愛すぎる… 「気持ちいね…豪ちゃん…こんな事、先生としないで…絶対にしないで…」 そう言いながら、あの子の中で何度も自分のモノを動かして、どんどん気持ち良くなって行く… 堪んない…! この瞳も…この細い腰も…この可愛いお尻も…全部、俺の物。 他の誰にも渡さない… この子は、俺の物。 「ん~~~…!イッちゃう…」 だらしなく開いた唇を震わせたあの子が、惚けた瞳でそう言った… そんな…堪らない、可愛い顔を見たら、あの子の中で…自分のモノが、自然とイッた… 「あっあぁ…」 温かくて締まりの良い…そんな豪ちゃんの中でビクビクと脈打った俺のモノは、熱い精液をあの子の中に吐き出した。 同時にイッてしまったのか…豪ちゃんのモノも、俺の手の中で…クッタリと項垂れている… 可愛い… 「あぁ、豪ちゃん…ごめんね…中を綺麗にしてあげる…」 あの子の中から自分のモノを引き出すと、一緒にトロリと垂れて行く精液があの子の太ももを伝って落ちて行く様子を見て、ゾクゾクしてくる… 「惺山…大好きだよ…」 風呂場の床に顔を付けたまま…焦点の合わない惚けた瞳であの子がそう言った。 この光景を…卑猥と思わない人なんていないだろう… だって…とっても可愛い子が…恍惚の表情で、ぼんやりと愛を呟くんだから… 「俺も…豪ちゃんが大好き。」 豪ちゃんの惚けた瞳の視線の先に顔を覗かせてそう言って、あの子の可愛い唇にキスをして…優しく抱きしめた。 離れがたい… 生きるという事はかくも苦しい事なのか… こんなに可愛いこの人を、遠くへやらないといけないなんて…残酷だ。 一緒に湯船に浸かって楽譜の記号クイズをした。すると、なかなか答えられない豪ちゃんがどんどん顔を赤くして、のぼせて行った。 「…弱く、は?」 プニプニのほっぺを摘んで俺がそう聞くと、豪ちゃんは顔を真っ赤にしてもじもじしながら言った。 「んッと…テストに出たんだよねぇ…何だっけ?んッと…フォルテッシモ!」 「…はは、それは逆だ…」 これは…楽譜の記号だけでも、叩き込んでおいた方が良いかもしれない… そんな一抹の不安を感じながら、もう一つクイズを出した。 だって…のぼせて、頬の赤くなって行く、この子が…可愛いんだ。 「じゃあ…だんだん大きく…は?」 「あぁ…!それも、テストに出たんだよなぁ…?なんだっけ…え~っとぉ、なんだっけぇ…、フォルテッシモ?」 どうしても…フォルテッシモが好きなんだな… 「クレッシェンドだ…」 残念そうにあの子を見つめてそう言う俺に、苛ついたのか…豪ちゃんはムッと頬を膨らませて言った。 「何語?それって…何語?日本人なら、だんだん強くって言えば良いじゃない?クレッシェンド…で、6文字でしょ?だんだん強く…で7文字だ。大して変わらない。なのに、どうしてわざわざ…横文字を使うの?格好付けてるの?ねえ?そうなの?」 …屁理屈だ。 ムキになってそう言うあの子の頭を撫でて、地雷になりかねないクイズをお終いにした。 「惺山はいつも格好付けてるから、要らない見栄で身を亡ぼすんだよぉ?」 根に持っているのか… 豪ちゃんは体を拭いて、パンツを穿きながらそう言った。そして俺の背中を拭いて頬を付けると、ポツリと言った。 「あぁ…僕は、何も知らないみたい…」 「教えてあげる。」 そう…生きていれば、覚える事が出来る… それは成長なんて大した物じゃない、順応して…生きて行くだけだ。 必要だから…覚える、それは…自然な事。 赤ちゃんが立って、歩き始める事と同じだ。 「うん…」 あの子は俺の背中を撫でると、嬉しそうに…微笑んだ声でそう言った。

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