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#33_01
「帰ろう…豪ちゃん。」
「…うん。」
運転席に座った俺は、寂しそうに眉を下げて、自分の鶏の入れられた小屋を何度も目で追うあの子の頭を撫でて言った。
「…大丈夫…これで良かったんだ。」
「…うん…」
帰りの車内…しくしくと涙を落とし続ける豪ちゃんの背中を撫でた。
お前は…立派だ。
江森さんの言った通り…自分の手に余る事を見て見ぬ振りする事の方が、よっぽど無責任だ。だって、力不足のしわ寄せは、全て鶏たちへ行く訳だからね。
自分の力量を…現実的に、客観的に見定めたんだ。
実に、冷静で、的確じゃないか…
清助の家に戻って軽トラをガレージに元通りに停めた俺は、足で地面をほじくる豪ちゃんをそのままにして、清助の家の玄関先へ向かった。
「すいません!軽トラックを借りた…森山です。お世話になりました。」
開きっぱなしの玄関先で身を屈めて家の中に声を掛けると、奥からドタドタと凄い音を出しながら清助の親父が嬉々とした様子で走って来た。
手には…クタクタの…クマのぬいぐるみを持って…。
またか…
「これ…!これ!徹が…!あっはっはっは!高校生までずっと一緒に寝てた“くまま君”だ。写真に撮って!ねえ!写真に撮って、グループチャットのアイコンにしたりしてよっ!ねえ!」
酷いな…兄貴はどこも酷い。
俺は、言われるまま“くまま君”の写真を撮った。そして、思った以上にきったないぬいぐるみに、笑いがこみあげてくるのを我慢して言った。
「車…ありがとうございました。無事、鶏を返してくる事が出来ました。」
「いやぁ…豪ちゃんは、面食いだなぁ…。哲郎だってイケメンだと思うよ?でも…先生は、はぁ…影のあるイケメンだ。あぁ…こう言うタイプが好きなんだなぁ…。へぇ…ふぅん…なる程ねぇ…。」
俺の話なんて聞いていないのか…清助の親父はそう言うと、口元に手を当て何度も俺をまじまじと眺めた。
…まるで、品定めでもされてる気分だな…
そんな清助の親父にたじたじになった俺の背中に、豪ちゃんの手が触れた。そして、顔を覗き込ませたあの子が言った。
「せいざぁん…お腹空いた。帰ってご飯、食べようよぉ…」
そんなあの子の声に、俺の背後を覗く様に体を動かした清助の親父は、ニカッと笑って言った。
「豪ちゃん!とうもろこし持ってけ!丁度茹でたから、健太の分も持ってけ!清~!豪ちゃんと豪ちゃんの好きな人と、健太の分のとうもろこし持って来い!」
はは…
清助の親父の掛け声に応じる様に、家の奥から清助の気の抜けた返事が聞こえた。
「豪ちゃん!いやぁ~!面食いだぁ!分かるわぁ!分かりみが溢れてるわぁ!お母さんもね、どっちかって言うと…こういう人の方がタイプ!だって…カラスみたいで、格好良いでしょ?ちょい悪って言うの…?ちょい闇って言うの?ハァ~…!」
そんな息もつかないマシンガントークを繰り出しながら清助の母親が現れた。廊下の奥から足早にやって来る様子は、すり足の名人とでも言えるほどに…実にスムーズな動きを見せていた…
か、カラス…?
酷いじゃないか!
ふと、首を傾げた清助の親父は、そんな母親の”好みのタイプ“とはかけ離れた自分を思い返して、ジト目で母親を見つめ始めた。
「おっちゃん、お帰り!はい、これ…とうもろこしと…あと、ベーコンも入れといた!」
袋をガサガサさせながら現れた清助は、微妙な空気の両親の間を抜けて俺に袋を手渡した。そして、親父にそっくりな爽やかで粋な笑顔でニカッと笑った。
「あぁ…ありがとう。遠慮なく…頂くよ。」
清助から袋を受け取った俺は、不思議そうに清助の両親を見上げる豪ちゃんの背中を押して、とっとと退散した。
「ありがとうございました…」
ガララ…ピシャン…
「ねえ、惺山、どうして清ちゃんのお父さんは、お母さんをじっと見てたの?」
そんな無邪気な質問に…首を傾げた俺は適当に答えて言った。
「…きっと、お腹が空いてたんだよ。」
「ふぅん…」
イケメンの哲郎を振った豪ちゃんが、俺を愛してるなんて言ったもんだから…母親たちは自分の娘の事の様に、浮足立っている様子だ…
そして、言ってはいけない一言を旦那の前で言って…余計な波紋を引き起こしてる。
…人妻は、こりごりだ…!
豪ちゃんと手を繋いで徹の実家に戻った。すっかり静かになった庭先を見つめて、ため息を吐くあの子の小さな背中を撫でた。
居間では一仕事を終えた健太が、いびきをかいて大の字で眠っていた。
「…チャーハンを作る…」
縁側から上がった豪ちゃんは、いびきをかいて眠る健太を跨いで、台所で手を洗って手際よく料理の支度を始めた。
「塩、コショウ、多めでね…」
俺のそんな要らない言葉に、豪ちゃんはフン!っと鼻を鳴らした。そして、俺の足を蹴飛ばして言った。
「チャーハンの味付けは、鶏がらスープで決まるんだよ?」
だとしたら、いつもその鶏がらスープの味が薄いみたいだ…
「惺山…卵割って?」
「幾つ…?」
「ん、4つ…」
テキパキと手慣れた様子でチャーハンを作り始める豪ちゃんの隣で、あの子に言われた通り卵を4つ割ると、渡された菜箸でかき混ぜていく。
菜箸でグルグルと混ざって行く、白身と、黄身をじっと見つめて…ポツリと言った。
「豪ちゃん…お願い聞いて…?」
俺の言葉に首を傾げた豪ちゃんは、にっこりと微笑んで俺を見つめて言った。
「ん、なぁに…?」
「パリスの…卵を、俺にちょうだい…」
きっと…卵が孵る前に、俺は全ての作業を終えてしまう。
だから…せめて…パリス嬢の孵化する卵が欲しいんだ…
「…良いよ。」
そう言って微笑んだあの子の笑顔を見つめて、にっこり笑って言った。
「大事に育てるよ…」
パリスの温めている卵には…命が宿ってる。
豪ちゃんは首を傾げるけど、俺には分るんだ。
卵の命も…俺の命も、この子の命も…みんな同じ。
そんな命を、君の様に…哲学しながら育ててみたい。
そうしたら、きっと、君と同じ悩みを、俺も抱く事が出来るんだろうか…
「はい、出来たぁ!」
あっという間に出来上がったチャーハンをお皿に取り分けた豪ちゃんは、いびきをかき続ける健太の体に乗って言った。
「兄ちゃん!お昼ごはん出来たよ!ん、もう!起きて!」
「グゥゴゴゴゴゴゴ…」
全く起きない健太に腹を立てた豪ちゃんは、健太の腹の上に跨って、あいつの胸をバシバシ叩いて言った。
「ん、もう!兄ちゃぁん!お~き~て!」
「んぁああ!豪!」
ギリギリの兄弟…それはいつも不変だ…
あの子の体を抱きしめた健太は、勢いよく寝返りを打ってあの子の上に覆い被さった。そしてグフグフ笑うと、胸の下のあの子に言った。
「すっごい、儲かった!」
「ん、ん~!重い!」
「すっごい儲かっちゃった!だから、明日は女の子とデートしてくるわぁ…!どうする?どうする?こんな展開になったら、どうしよう!」
そう言いながら豪ちゃんの上で腰を動かし始めた健太の頭を…思わず引っ叩いた。
だって…余りに卑猥だったんだ!
そして、鼻息を荒くしながらテーブルにチャーハンを置いた俺は、健太をガン開きした目で見つめて言った。
「…豪ちゃんが、作ってくれたぞ!」
「いってぇな!ジジイ!」
いけない物を見せられたこっちの身にもなってみろ!
美形のお前と可愛い豪ちゃんなんて、容易に想像出来ちゃうんだから…止めて欲しいぜ。
ギリギリの行為をやめて欲しい!
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