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第3話 エンカウンター、ストレンジャー

 久しぶりに祐司と顔を合わせた竜は、どこかよそよそしい態度をとっていた。竜がそういう風だから祐司もペースを掴めず、会ってすぐの二人の会話はぎこちなかった。 「眼鏡、つけてないんですね」 「うん。外出するときはコンタクト」 「そっちも似合いますね」 「あ、ありがとう」  しかし次第に二人の間にあった重い塊は溶けていき、映画が終わった頃にはすっかり元通りになっていた。 「やっぱアクションがすごかったね」 「っすね。あの俳優さん、スタント使ってないって母さんが言ってました」 「そうなんだ。演技もいいし、俺あの人のファンになりそう。お母さんもあの俳優さん好きなの?」 「海外の俳優なら一番好きみたいです。俺も何作か観せられました」  遅めの昼ごはんを食べ、街を歩くことにした。あまり友達とこういうところに来ないのか、竜は見るもののひとつひとつに目を輝かせ、それだけで祐司も楽しいと思えた。  途中で通りかかったゲームセンターの前で竜が足を止めた。  竜の視線の先にはクレーンゲーム機があった。筐体の中にさっき見た映画のフィギュアが並べられている。 「ほしいの?」  祐司が聞くと竜は少し迷った後、小さく「3回勝負してきていいですか」と言った。  硬貨を入れるとご機嫌な音が鳴り響いた。竜が慎重にアームを動かすと、頼りないアームがフィギュアの箱を掴む。竜は息を詰めて箱を凝視している。はたから見たらガラの悪い不良がフィギュアを睨んでいるようだ。アームは上がっていき、そして虚空を掴んだ。竜が落胆の色を露わにする。2回目、3回目も同じ結果だった。 「すいません、寄ってもらったのに……」  竜は本気で悔しがっている。 「お、俺も挑戦してみよっかな! 見てたらほしくなってきた!」  ここで何もしないのは年長者としてあるまじき行為──と祐司は言いたかったが、実際のところ竜にいいところを見せたかったのだ。そして何より喜んだ顔を見たいと思った。  結果、惨敗。 「祐司さん、もう無理しなくても」 「いや、俺はこれがほしいんだ!もう1回!」 「お客様、位置をお変えしましょうか」 「結構です!」  意地を張ってもう1回、もう1回と硬貨を入れるが、全て水の泡になっていく。 「もういっ……」 「祐司さん!」  何枚目か分からない硬貨を入れようとしたところで、竜の手がそれを制した。 「これ、店員さんがくれたのでこの辺にしましょう。俺はこっちのほうがいいですから」  竜の手には、さっきの映画のロゴストラップが2個、握られていた。 「あ……うん、そうしよっか」  ストラップをくれたであろう店員に会釈し、二人はゲームセンターを後にした。  羞恥心を引きずって少し歩くと小さな公園があった。竜が待っていてくれと言ったので、祐司はベンチに座る。 「お待たせしました」  竜が差し出したのは真っ白なソフトクリームだった。 「俺、お金」 「いいです。誘ってくださったお礼と、ゲーセンで頑張ってくださったお礼です」 「うわ、恥ずかしい……」  悪あがきを続けた理由がばれていたことを突きつけられ、祐司のライフは大ダメージを受けた。 「早く食べないと溶けます。それともむりやり食べさせましょうか」 「なんか急に厳しくない?」  竜は不機嫌そうにそっぽを向いた。 「そりゃあ、年甲斐もなくクレーンゲームに大金つぎ込んで変な視線を浴びている人のツレとしては、こういう態度も取りたくなりますよ」 「ごもっとも……」  祐司はうなだれた。恥ずかしさを紛らわすべくソフトクリームに口をつける。冷たくて甘い、幸せの象徴のような味が広がった。  でも、と言いながら竜はいつの間にか携帯電話につけたストラップを触った。 「これもらえたんで結果オーライです。おそろいっすね」  照れくさそうに笑った顔が、祐司にはとんでもなく眩しかった。ああ、好きだなぁ。気づけば祐司も目を細めて微笑んでいた。  日が傾いてきてそろそろ帰ろうか、という雰囲気になった。 「じゃ、ここで。今日はありがとう。楽しかった」 「俺の方こそ、誘ってもらえて嬉しかったです」  それじゃ、と竜が背中を向けた。祐司は思い出した。このまま別れてしまったら、次に会うのはいつになるか分からない。 「竜!」  驚いた顔をして竜が振り返る。何か、何か言わないと。祐司の頭の中はこういうときに限って真っ白になる。 「この前は────」 「山崎? お前、山崎だよな?」  不躾な声が二人の間に割って入った。続いて、甲高い声笑い声がした。 「まじ? なんでここいるの?」 「どっか行ったと思ってたわ」 「あれから全然見なかったもんね」  数人の男女が竜を囲む。そのうちの一人が突っ立っている祐司に気づいた。 「あれ、朝ちゃんもいる」  その言葉で全員の注目が竜から祐司に移る。それは祐司が見たことのある顔ばかりだった。 「お前ら、なんで」 「生徒だって休みの日くらい遊びますー」 「てか朝ちゃんこそ何してんの?」 「まさか、山崎と知り合いとか?」  祐司は何が何だか分からず、イエスともノーとも取れない返事をした。彼らは祐司の勤める高校の生徒だった。彼らは祐司の混乱など気にも留めず、好奇心のみなぎった目を祐司と竜に向ける。  こいつらと竜は知り合いなのか。でもあれから全然見なかったって言ったよな。あれからっていつから? 山崎竜は何者なんだ────?  言葉を求めて祐司は竜に視線を向けた。そこには、今まで見たこともないほど強張った表情の竜がいた。 「竜、どういう……」  祐司の声に気づいた竜は顔を歪めた。致命傷を受けた獣のような目をしていた。竜は、この祐司と初めて話す前の猛獣に戻っていた。それでも祐司は手を伸ばしたかった。  猛獣の口が動いた。 「──────」  竜はその場から走り去った。 「何あいつ。感じわるー」 「前からそうだろ」 「お前らが急に近づくから」 「あんなに拒否られると思ってなかったし!」  祐司は竜が残した言葉を反芻した。  聞こえなかったものの、彼は間違いなく「さよなら」と言っていた。  祐司は知らなければならなかった。山崎竜が何者であるかを。ひとつ息を吸い、祐司は意を決して問い掛けた。 「なあ、あいつって────」

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