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第7話
「・・・云ってる意味が分からない」
返されたグラスの中身はまだ半分残っている。ユーイはそれに手をかけたが、もう口許へは運ばなかった。少し経ってから思いきるように視線を上げた。
「聞かなかったことにする」
「意味は分かってもらえた?」
「俺にそういう趣味はないから。それがここに呼んだ目的なら他を当たれ」
「分かってる。目的があるのはむしろ君の方だろ。だから今日、ここに来てくれた」
やはりあれだけよそよそしく振る舞っておきながら、この誘いにすんなり応じたのは不自然だったか。やはり勘はいい。だが親しみを見せるには少々タイミングが悪い。
「まずはちゃんと友達にならなきゃね。大方今日は、俺を信用できるかどうかを確認しに来ただけだったんだろうから。でも今後のために云わせてもらうと、ちょっと君はプライドが高すぎる。それじゃ人と長いこと付き合ってはいけない」
かちんときた。碌に話したこともないくせに、性格を非難される覚えはないと思った。
「君はジギイ達とは違う。勝ち組の人間じゃない。だったら愛想ぐらいは良くしておかないと」
「は?」
「君はあの二人より弱いじゃないか。自分で分かってるくせに」
そんなことを言葉にしてわざわざ云われると腹が立った。大きなお世話だと思った。
「ジギイにもニールにも、今よりもうちょっと親しみを見せればいい。そうすれば平穏に生きられる」
「あいつらに媚びろって云いたいのか?俺はラキとは違う。格下扱いはごめんだ」
「けど少しは合わせないと。みんなの輪から外されたくないだろ」
「そんなこといつ俺がお前に云った?」
「云わなくたって見え見えだ。一人が嫌なくせに」
この言葉が本気でユーイを怒らせた。自分でも、あまり我慢強い方ではないと思う。黒い双眸で思いきり相手を睨みつけた。
「喧嘩売ってるのか?」
「もし一人が平気だって云うなら、あのグループを抜けてみたら?でも君には無理だと思うな」
「お前に他人との付き合い方をどうこう云われる筋合いはない。そういうお前は何様なんだよ?」
ユーイが怒りを露わにした声を出しても、サリュは動じなかった。それどころか、ずっとユーイと視線を合わせ続ける余裕さえ持っていた。
「平和に過ごしたい。できれば君ともうまくやりたいんだけど」
「そうは見えない。お前の方がうまくやっていく可能性を潰してくれた気がする」
そう云ってユーイは財布から紙幣を取り出し、テーブルの上に放った。そして身支度を始めた。
「帰るの?」
「うるさい」
「怒らせたなら謝る」
「だったらちゃんと謝れ。人気者だからって、何でも云っていいと思ったら大間違いだ」
サリュは一瞬だけ沈黙したが、すぐに居直ったように見えた。
「君のために云ってる」
「分かった。じゃあ相容れないってことだな」
「つまり?」
「友達にはなれない」
ここまで云わないと分からないのかという苛立ちで相手を見据えた。平然と納得しているかと思いきや、サリュは困惑していた。焦って何か云おうとしたらしく、口唇 が動いたが、声にはならなかった。手許にある自分のグラスを見てから、俯いた。若干傷ついているようにも見える。
自分の言葉に相手が痛手を受けることなど、思ってもいなかったユーイは彼のその表情に若干途惑いを覚えた。だが上から目線で物を云われるのは嫌いだ。傷ついているのはむしろこちらの方だと云ってやりたい。ここまで云いたいことをずけずけ云ってくるのは、自分を甘く見ているからに違いない。ユーイは別れの言葉も告げないでその場を立ち去った。
云われたことの大半は図星だった。認めたくはないがサリュの云っていることは正しい。
この日指摘された中で、最もユーイの癇に障ったのは、ジギイ達より弱いと云われたことより、孤独を見透かされたことの方だった。
それから二日経った日曜の午前中だった。
サリュから着信があったことは知っていた。知っていてユーイは出なかった。携帯電話の個人情報はグループ全員と交換し合っていたが、サリュから電話がかかってきたのは初めてだった。
ユーイは特に何かしていて電話に出られなかったわけではなく、単純にまだ一昨日の彼の言葉に怒っていた。電話に出なければメッセージが来るかと思っていたがそれはなく、留守録が応答しているはずだが、その記録も表示されない。だがすぐにまたかかってくる。その調子で五回目の着信ともなると、些か常軌を逸しているように思い、何かあったのではないかという懸念からユーイは電話に出た。
「一昨日はごめん」
焦燥感に駆られた、切羽詰まった物云いだった。間が空く。それだけだった。どうやら緊急事態というわけではないらしい。サリュが呼吸を詰めて、こちらの出方を窺っているのが分かった。
「執拗 いんだけど」
「うん、ごめん」
「一体何?」
「今何してるの?もしかして出先?」
「家だよ。一人優雅に休日を満喫してた」
それを訊くとサリュは、それならこれから会わないかと誘ってきた。昼食を作るから自分の家で一緒に食べないかと云う。
「ブルゴーニュのいい白ワインがあるんだ」
まさかそんな誘いを受けるとは思っていなかったユーイは、充分に間を取って反応を考えた。
「勝ち組のお前に誘ってもらえるなんて光栄だよ」
わざと皮肉っぽい云い方をした。
「お前ともあろう者が休日の昼間っからどうした?女とのデートが中止にでもなったのか?」
「違うけど、そうだって云ったら来てくれる?」
サリュは真摯な声色で云った。姿は見えないのに、正面から向き合ったような気がした。
「謝りたいんだよ。頼む、ちょっとの時間でいい。昼食を一緒にして欲しいだけなんだ」
彼のような人気者が相手でなくても、人に懇願されることにユーイは弱かった。命令されるのは嫌いだが、頼まれると断れなかった。こんな風に畳みかけるように食い下がられると尚更だった。
「喧嘩したまま学校で会うのは嫌なんだよ」
「喧嘩なんかしてない。一方的に嫌味を云われただけだ」
「君が怒るのは当然だ。でも直接謝るチャンスが欲しいんだよ。ねえ」
低姿勢を貫くサリュの態度を受け、ユーイは軽く溜息を吐くと、ペンと適当な紙を探し出した。
「住所は?」
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