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第11話

「ごめん、意地悪云って。嫌がられたから、つい、口惜しくて、・・・でも、これは揶揄(からか)ってるわけじゃなくて本気だよ」 その言葉にユーイの気持ちはまた揺り動かされた。何なのだ、この男は。優しいのかと思えば、冷淡で無遠慮で厚かましい一面がある。かと思えばプライドなどないかのように謝り倒し、誠意を見せ、油断したところをまた揺さぶってくる。 「お前、眼の前にいる相手なら誰でもいいのかよ?急にこういうことされるのは、迷惑だ」 ユーイはそう云いながらサリュを避けて、壁にかけてあった上着を手に取った。ハンガーだけをフックに戻す。まだ意地があって、帰り支度をするのはやめなかった。 「君のことはずっと気になってたんだよ。ジギイに誘われて、あのグループに入った時からね」 薄手の上着を手に持ったまま、ユーイはサリュの態度を注意深く観察した。冗談を云っているようには見えなかった。 「でもなかなか二人で話す機会はなかったし、君は俺のことがそんなに好きじゃないんだってすぐに分かったから簡単には近づけなかった。だからあの映画館で偶然会えた時、チャンスだって思った。その後バーに来てくれたのも、本当に嬉しかったんだ。でも、君に気に入られたいって気持ちはあるのにいざとなると余計なことばかり喋って、失敗した。今だって、一回目で充分だったのに、つい欲が出て。拒否されて当たり前なのに」 「・・・お前の言動は、とても好きな人間に対する態度だとは思えないんだけど」 「自分でもちょっと子供っぽいっていうのは分かってる。君の反応が欲しいんだよ。けど、余裕もない。だから、充分な信頼関係を築いてから云うべきことを、まだ友達にもなってないうちに云ったり変な意地悪を云ったりして・・・莫迦だと思う。何ていうか・・・他の奴等とはちょっと違うって思わせたくて」 サリュは自省的な態度で眼を逸らした。これが本音だとしたら、怖いぐらいに素直だと思う。ユーイはまじまじと眼の前の同級生を見つめた。サリュはまるで叱られた大型犬のようだった。けれど彼のその眼には、きちんと話せば相手に自分を受け入れてもらえると信じているような期待も同時に含まれている。ユーイはそう感じた。 「共通の話題もないし、話しかける正当な理由もない。でも本当は構って欲しいって云うか、気にして欲しいって云うか・・・なのに、何故だか君を怒らせるようなことばっかり云って。でもこのままじゃ確実に嫌われる。だからもう打ち明けることにした。君のことが好きなんだよ」 二度に渡る告白に、ユーイは言葉を失って、その場に立ち尽くした。 何のゲームだ。最初思ったことはそれだった。絶対遊ばれている。誰とこんな莫迦げた計画を練ったのか。ジギイとニール。それが一番納得いく。 「お前、誰と賭けして負けたんだ?そういう悪い冗談は大嫌いだ」 「何かの罰ゲームを疑ってるわけ?小学生じゃないんだ。冗談でこんなことは云わない。それに、そういう悪ふざけは俺も嫌いだ」 内心狼狽(うろた)えつつ、ユーイは手にした上着を椅子の背に掛け、ワイングラスを元通り立たせた。サリュの言葉の真偽も判断できず、自分の感情の整理もつかず、いらいらしていた。 「・・・テーブルクロスは弁償する」 「そんなの気にしないでいいよ」 真っ白いリネンについた染みはもう完全には落ちないかも知れない。ユーイはテーブルの端にあった布巾(ふきん)を手に取り、食事中飲んでいたミネラルウォーターを浸み込ませて赤い染みの部分を叩くようにした。 「本当に大丈夫だよ。もう何年も使ってるものだし」 後ろから声をかけられ、僅かに顔を上げるとサリュが視界に入った。こちらを見ている。一度はリネンに視線を逸らしたものの、眼前にサリュが手を伸ばしてきたので思わず身を引いた。彼は布巾を回収しただけだった。再び眼が合う。 今日ここを訪れた時に感じていたことがある。サリュの視線は不思議だった。どんなにこの男のすることに腹が立っても、次に顔を合わせた時、まっさらに許してしまえる雰囲気がある。 「怖がらないで」 サリュは云った。 「・・・怖がってなんか」 けれどこれに関してはもう恰好のつけようがなかった。体の緊張感が抜けない。先程の(ぬめ)った舌の感触がまだ残っている。サリュは恐らく、嘘を全部見抜いている。早くこの息苦しい場所から立ち去りたいとユーイは思う。同時に何故か、それが許されない気もしていた。サリュは切願するように眼を合わせてくるのに、どうしてなのか、ユーイは猛禽類に射竦められた獲物のように動けなかった。 「一度だけ試してみない?ほんとに、一回だけ」 「だけ、って・・・何を」 「セックス」 何の決まりの悪さも感じていない様子でサリュは答えた。 「そしたらもう執拗(しつこ)くしない。女の子だって紹介してあげる。優しくて気立てのいい子を何人か知ってるんだ。その子達なら女の子が苦手な君でも、うまくやれると思うよ」 「お前、自分が何云ってるのか分かってるのか?」 「ねえ、頼む。一度だけ。この一回をもらえたら、君を諦められる気がするんだよ」 ある意味、『一発やらせろ』ともとれる言葉だが、本人にまるきり悪気がないのは見ていて分かる。浅ましさも感じさせない。もしかして、ロマンチックに見せかけたこういう言葉で女の処女も奪っているのだろうか。だとしたら、誠意を込めたふりをしてとんだ悪党と云わざるを得ない。 全く、この状況は何だ?どうしてこの男がこんな台詞を吐くのだろうか。どちらかと云えば、『お願い、セックスして』と頼まれる側の人間じゃないか。それなのに、この男の普段の余裕は一体どこへいってしまったのか。 ユーイは顔を背け、サリュの顔を正面から見ないようにした。 「俺はごく普通の経験がしたいんだよ。お前に()れたり、挿れられたりする気はない」 「分かってる。そこまではしない。君はただ、眼を閉じてればいい。女の子にされてると思って」 そんなの無理だと思った。けれど、それほどまでに求められる理由が自分にはあるのだろうか。まだ知り合ってひと月ちょっとだというのに、これほど真剣な眼で、この男は自分の何を見ているのだろう。この男に与えられるものが自分の中にはあるのか。何もかもに恵まれた、勝ち組のこの男が懇願してでも手に入れたい価値が、この体にはあるというのか。 やや強引に迫りながらも、サリュの瞳には不安が垣間見える。彼でも、拒絶を恐れる時があるのかと思う。サリュはやや眼を伏せた。 「本当にごめん。本当に色んな口説き方を用意してたんだけど、いざこうやって君と向き合うと、やっぱりうまくいかないな。気持ちばかり、先走って」 その言葉に、ユーイの莫迦げた虚栄心は引き出された。押しに負けたとも云える。それが相手に三度目のキスを許した。髪に触れられた時と同じように、そっと手首に触れられると、抵抗する気は削がれた。

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