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第20話

違う。今は違う。だめだ、自分が昂奮してどうするんだ、と理性を取り戻すためにユーイは深呼吸をして息を整えた。 数秒後、ユーイの口の中で繰り返される淫靡な水音が静かな室内に響き始めた。 すぐにユーイは自らこの行為に及んだことを後悔した。 サリュの大きなペニスの所為で苦しかったということだけではない。 これまでに一度も感じたことのない感覚に、ユーイはとらわれていた。 こんなつもりではなかった。サリュの一物を咥えた瞬間、相手の匂いが脳髄まで達し、あっという間に浮遊した感覚に呑み込まれた。口淫をしているだけなのに、下半身が疼く。体の中身が蕩けそうになっている。サリュは今、この体のどこにも触れていないというのに。半ば返礼のための義務のような気持ちで試みただけだったのに、始めた瞬間、背筋に走った甘い余韻が消えなかった。不意にこの行為を続けながら自慰に耽ってみたなら、などという想像が働き、ユーイは全力で理性を呼び戻した。 初め、眠った軟体動物のようだったサリュの性器は徐々に口内で雄を主張し始めた。だがそこからが大変だった。 予想していた通り、サリュは簡単にはいってくれなかった。情動に駆られていても、長い時間口淫をするのは大変なことだ。息が苦しいのもそうだが、姿勢を保つために肩や腕、腰までが疲れてくる。 ユーイは客相手の時、さほど真面目に口淫をしていなかった。あくまで道具を使ったプレイがメインになるので、ちょっとしたつなぎ程度か、最後の仕上げぐらいにしか考えていなかった。すぐに首や顎が疲れてしまうし、大して巧くないことは分かっている。だからこんな風に最初から最後まで口で奉仕するのは初めてだった。一度、ユーイは口を離して顔を上げた。 「・・・携帯とか、雑誌、見ないのかよ」 「そんなの見るわけないでしょ。君にしてもらえてると思うとすごく気持ちいい」 眠りに(いざな)われている最中のような、ややうっとりした響きでサリュはそう答えた。それが気を遣って云った言葉でないことはユーイにも通じた。 途中から、本当はサリュがこちらを見ていることには気づいていた。彼は序盤のうちに、ユーイに口淫をさせたままの状態で、傍にあったクッションを枕の下に入れて少し頭の位置を高くしていた。見るなと云ったのに。けれど既に、そんなことをとやかく云う気力はなくなっていた。今の自分を見ることで、少しでも早く達してくれるならその方が助かる。自分から云い出した以上、この行為は完遂しなくてはならない。 いや、それだけではない。 認めたくはなかったが、この男の視線に晒されることに羞恥以外の感情が芽生え始めていた。体の奥に情欲を司る甘い蜜の宝庫があって、それをひたすら引き出されているような感覚。 サリュは憎らしいほど落ち着き払っていて余裕があった。まるで様々な風俗サービスに慣れきった、ずっと年上の男を相手にしているようだった。次第に口周りの筋肉が痺れてきて、滴る唾液の量が増えてきた。 その時、不意にサリュの手がユーイの後頭部に触れてきた。 反射的に喉奥に性器を押し込まれるのではないかと警戒した。そういう経験をしたことがあった。口淫をしている最中、客に下手だと云われていきなり頭を掴まれ、物のように扱われた。その時は窒息させる気かと憤り、思いきり歯を立ててやった。あんなもので殺されたら死んでも死にきれない。 サリュはただ、ユーイの頭を撫でてきただけだった。 「やめてもいいんだよ、苦しいでしょ」 頭に触れられるのは嫌いなのに、その労を労うような穏やかさに、危うくユーイの方の情欲が溢れ出そうになった。けれどここでやめる?そんなわけにはいかない。 そこで反則だとは思ったが口と同時に手を使った。片手で竿を扱きながら先端の方を吸い上げるつつ頭を動かす。疲労を覚られまいと、行為を殊更濃厚なものにした。そこでようやく切羽詰まった感じが、彼の下半身にも表れ始めた。 苦労の甲斐あって、徐々に滲み出る先走りの汁の味をユーイは感じ取ることができた。これまで見てきた客の、精を放つ寸前の痴態はどれも例外なく見苦しいものだったが、今、口の中で曝け出されているサリュの欲望の証は、何故かちっとも汚いと思わなかった。 本当なら焦らしたり攻めたりといった緩急をつけて、一番いいところで射精させてやるのがこういったプレイの醍醐味なのだろう。けれどユーイにはそれだけのテクニックも体力もない。あんな仕事をケイの元でしていたというのに、何一つ身になっていない。相手を愉しませてやる余裕などなく、射精させるという目的を果たすので精一杯だった。いつの間にか、目尻に意思とは無関係な涙が滲んでいた。 やっとのことで、口内に熱い性の奔流を感じた時、情けないことにタイミングが合わず、噎せてしまった。 サリュは慌てて枕元にあったティッシュを差し出し、ユーイに吐き出すよう云ってきた。だが以前、この男に同じことをされた時、自分が放ったものを相手が即座に飲み干していたことをユーイは知っている。なら自分も同じことをしなければと思った。 「・・・もう飲んだ」 あくまで強気な態度でそう云ったところ、言葉を呑み込むような間があった。直後、彼に正面から抱き締められた。 「すごく嬉しい」 若干声が震えていた。これも演技だとしたら、相当の名役者だと思う。 口淫を始める前より、抱き締められた時の方がずっと緊張した。体を強張らせながらも、ユーイは悪い気分ではなかった。 役に立てた。こんなことで喜んでくれるのならいくらでもしてやろうと思える。 腕をまわそうとして、はっとした。夢から醒めた。何を考えているのだ、自分は。 ユーイはサリュを突き放すようにして寝台を下りた。 「帰る」 「え、もう?珈琲は」 「今日はもういい」 それを、また次来た時に、とサリュは捉えたようだ。先程と同じ満たされた笑顔を浮かべ、分かった、と云って素直に引き下がった。 素早く自分の下半身を確認してから、ユーイは部屋を出た。体が疼いているのをサリュに知られたくなかった。こんな苦しい疼きは、ケイに焦らされた時でさえ感じたことはない。自分から仕掛けておいて、こんな状態になるなんて莫迦みたいだと思った。

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