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第25話

部屋に戻ると、サリュは再びキッチンに向かった。 「珈琲は先刻(さっき)飲んだから、フルーツはどう?洋梨と・・・クエッチと、あとりんごがあるな」 「・・・食べる」 りんごと聞いてユーイは反応した。返事があったことに安堵した様子のサリュはキッチンから顔を上げて微笑んだ。 ラキの真似をして、というつもりは毛頭ないが坐って据え膳を待つのではなく、キッチンへ行ってみる。 林檎や洋梨の皮の剥き方がとても手慣れていた。クエッチはあらかじめ半分に切ってくれ、バナナやアイスクリームと一緒にデザートグラスに盛ると、豪華なおやつが出来上がった。ユーイはサリュの手際の良さに見惚れて、手伝うのをすっかり忘れていた。 「どの果物が一番好き?」 「りんご」 「じゃあおまけ」 そう云って薄く切ったりんごをグラスに追加してくれた。 席に着く前にサリュは何か聴こうか、と云ってCDラックを眺めていた。音楽でもあった方が間が持てると思い、ユーイは何でもいいと答えた。 オーディオから流れてきたのは『セプテンバー』だった。それはユーイも昔よく聴いていた曲だった。父が運転する車の中で流れていたのだ。そう云えば両親は音楽の趣味は一致していた。明るい曲を聴くと、少し気分も和む。 久しぶりに食べたりんごは少し酸っぱかった。そう云えば、新鮮な果物を最近食べていないなと思った。 「果物切るのうまいな」 「普通だと思うけどなあ。けどユーイ、りんご好きなんだ。他に好きな果物は?」 「いちご」 「赤いものばっかり」 「ほんとはミラベルが好きだけど、旬が短いから」 「ああ、確かに今はないよね。もう十一月だもの」 「・・・面倒に思わないのか?」 「たまにね。だからまあ、りんごとかなら一人の時は皮ごと食べちゃうよ」 「そうじゃなくて、俺のすること」 「君のすること?何で?」 「いや、いい」 サリュはきょとんとしていたが、今度は紅茶を淹れるからと云って席を立った。 「そうだ。そこのクローゼット、開けてみて。扉の裏に服がかかってる」 CDがかかっていたがサリュの声はちゃんと聞こえた。サリュは眼でクローゼットを示している。 部屋の隅のクローゼットの扉には起毛がかった黒いニットと、インディゴブルーの真新しいデニムがハンガーにかけられて吊るされていた。 「それ、両方ユーイにあげようと思って」 ティーカップとソーサーを用意する音に紛れてサリュは云った。 「撮影のために一度袖は通してるけど、まだ充分新しいよ」 「お前が着たのか?」 「まさか。サイズが合わないでしょ。他のモデルが着たんだよ。ユーイには濃い色が似合うと思う。触ってみて」 ニットは馴染みのない肌触りのものだった。頬擦りしたくなるくらいとても柔らかくて温かそうだ。デニムも革ラベルを見て分かった。ユーイには手の届かない老舗ブランドの品だ。わざとらしいダメージ加工がされていないのがユーイの好みだった。 「これからもっと寒くなるから役に立つと思う。良かったら着てよ」 ユーイは顔を上げた。 「くれるのか?」 「もちろん。あげるって云ったでしょ」 こんなことは大したことではないというように、サリュは微笑んだ。 「・・・お前がどんなアルバイトをしてようが関係ないけど、軽々しくこういうのを人にやるもんじゃない」 「それはデザイナーから好意で直接もらったものだから、遠慮することないよ。それはサンプル品だしね。結局商品にはならなかったんだ」 サリュは紅茶を運んできて、テーブルに置いた。服を抱えたまま紅茶を飲みに戻って来たユーイを見て微笑んでくる。 「着てみて」 「は?」 「サイズが合うか確かめなきゃ」 「いつもこのサイズだよ」 ユーイはサイズが書かれた服のタグ部分を見て云った。 「そうとは限らない。ブランドによってパターンが違うんだから。着づらい服やシルエットが気に入らない服はすぐに袖を通さなくなるものだよ。それじゃ寂しい。それに、着たところが見たい」 サリュは笑顔でそう云った。ユーイは部屋を見回した。一体何処で?そう訊きたかった。前回のようにキッチンの隅へ隠れても、テーブルからは着替えているところが見えてしまう。バスルームを貸してくれと云うのも、意識しすぎているようで余計に恥ずかしい。 「・・・明日着て来る」 「だめ。俺が最初に見る」 口唇(くちびる)に笑みは浮かんでいたが、有無を云わせない口調だった。他人に要求しても、強い反発心を抱かせないところがジギイと違う。下心は多分あるのだろうが、あくまで純粋な我が儘を通しているような、悪戯っぽい雰囲気を漂わせてくる。こちらが一方的に意識したようなことを云って拒否するのは憚られる。 諦めてユーイは寝台の方へ行って服を脱ぎ始めた。最近仕事はしていないので、もう体に鞭や拘束の痕はない。 今日は呼ばれて来たわけではないのに、どうしてこんなものが用意されているのか。まるで来るのを見越していたみたいに。サリュの視線を全身に痛いほど感じていたが、素知らぬふりをして素肌を晒し、まずニットを着てみた。体が泳ぐような心地良さがあった。 「うん、それは今履いているスリムなデニムとの方が相性がいいね。その方がスタイルにめりはりがつく」 「柔らかいな」 「そうでしょ?けど、商品化されたのは同素材のカーディガンだけ。誰ともかぶらないよ」 デニムは普段穿いているものより若干大きかったのだが、ルーズに穿く方が流行りだからこれでいいのだとサリュは云う。 「サイズ、よく分かったな」 「前、君に触ったからね」 まるで何でもないことのように彼はそう云った。 「先刻云ったみたいに、本当に服ってサイズ感とか素材が大事なんだよ。だから選ぶ時すごく悩んだ。色選びは間違えない自信があるけど、素材はちくちくしないかな、とか、肩のあたりがきれいに出るかな、とか」 「肩?」 「そう、あと鎖骨かな。そのあたりがユーイは色っぽいから」 色っぽいなんてケイにも云われたことはない。サリュはこともなげに口にしていたが、褒め言葉のつもりなのだろうか。動揺を悟られないよう、彼の方を見ずにテーブルのところまで行く。立ったままで淹れられたばかりの紅茶に口をつけた。猫舌のユーイにはまだ熱かった。 また借りができてしまった気がする。口を拭い、背中を向けたまま、サリュに云った。

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