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第30話 ※陰惨な描写あり※

ここでもユーイは自分の甘さを思い知った。従っていれば安全などと思うのは間違いだった。安全などどこにもなかった。 ユーイは男達に部屋に引きずり込まれ、床に投げ捨てられる形で部屋の中に倒れ込んだ。 「ああ、紹介が遅れてごめん。この二人は俺の友達なんだけどね、今日は君と遊んでもらおうと思って呼んだんだ」 今し方ユーイを放り出した二人を指して客は云う。 「俺は先刻(さっき)、君を運んで来た子達と遊んで来たからもういい。何もしない。君の相手はこの二人に任せるよ。適当に見て楽しませてもらうから」 そう云ったきり客は平然と部屋の片隅のスツールに腰を下ろし、雑誌を開いて煙草に火を点けた。 ユーイは(はら)を決めるしかなかった。ケイに与えられてきた痛みの記憶と、これまで好きでもない客達に奉仕してきた経験を信じるしかない。過去に培ってきた何かが少しでも自分を救ってくれることを期待していた。 それも未熟な考えだったと後から思い知った。この状況は、今まで経験したどれとも違った。 二人の男達は初めから容赦がなかった。体を押さえつけられ、あっという間に服を引き裂かれて手足を拘束されて磔にされた。 彼等の持ち物の中から、ケイに一度しか見せられたことのない、太い鞭が出てきてぞっとした。ケイは『商品』を傷めてしまうからと、この鞭を使いたがる客にいい顔をしなかった。眼球に当たれば失明の危険性もある。しかし、もう自分はあの男の持ち物ではないのだ。 肉が裂けるかというほどの、重く鮮烈な痛みで予告なしに背中を打たれた。もちろん一度で済むはずがない。何度も鞭は唸った。当然、男達は自分達とユーイとの体格差など考慮してはいない。彼等はユーイの体に血が滲むと、嬉々としてむしゃぶりついてきた。そうしてまた鞭打つ。そこに蝋を垂らす。苦痛の声を上げると血走った眼で、もっと()けと笑いながら命令してくる。その表情はとても正気とは思えなかった。全身を抉るような感覚と恐怖に耐えきれず、吐いた。吐瀉物がユーイ自身や辺りを汚している間も、鞭は体を打った。気を失いかけると、冷水が顔を目がけてかけられる。彼等が部屋の隅で薄ら笑っている客の意向でこんなことをするのか、この危険で陰惨な行いが彼等の元々の趣味なのかは分からなかった。そんなことはどうでも良かった。残忍で、圧倒的で、凶暴なその力に、立ち向かう術などユーイにはなかった。ここで起きているのはプレイではなく拷問だった。男二人がかりで肉体を苛まれる苦痛はこれまでの比ではなかった。良識や倫理、限度といったものの気配が微塵も感じられず、自我が崩壊するところまで追い詰められた。 地獄のような責め苦の後、拘束を解かれて床に崩れ落ちた。頭を踏みつけられ、足を舐めろと命じられたが、そんな気力はなかった。試みてはみたものの、舌遣いが悪いのを反発心の表れととられたらしい。思いきり顔面を蹴り飛ばされ、全身を踏みつけにされた。次第に意識が混濁してきた。 普段受けることのない苦痛が、束の間の眠りについていた『彼』を呼び覚ました。 こんなことをされて黙っていられなかったのは、ユーイの中にいる怪物の方だった。低く唸ると近くにいた男の足に咬みつき、更に局部に咬みつこうとした。男はぎょっとした様子で、ユーイを押し退けた。ユーイは寝台横のサイドテーブルを部屋の反対側に放り投げた。ものすごい勢いで壁に当たり、音を立てて落ちた。次にユーイはスツールを掴んで男達目がけて振り回した。荷物やホテルのアメニティ、血が滲んだ鞭、自分の吐瀉物など全てを踏みつけ、狂ったように喚き散らした。振り回したスツールは壁や扉にぶつかり、長くこの調子が続けば、騒音を理由に誰かがやって来ることは明らかだった。突然、発狂しだした獲物の様子に男達は怯んでいた。 冷静だったのは、この事態を仕掛けた張本人である例の客だった。彼は立ち上がり、雑誌を置いて丁寧に椅子を戻すと、ユーイが振り回しているスツールには構わず、勢いをつけて体当たりしてきた。 視野が狭まっていたため、ユーイは完全に不意を衝かれて、壁に頭を打ちつけた。すかさず取り押さえられ、その際、顎を床にぶつけたことで全ての感覚が戻った。よりによって事態が悪化した後で正気に戻ってしまった。 「云い忘れてたけど、俺は別に君を殺そうなんて思ってないんだよ、大人しくしててくれればね。ただ反省してもらいたいだけ。前回、君は俺から報酬を受け取ったのに、相応の働きをしなかった。それどころか、文字通り俺の顔を潰そうとしてくれたよね。これに関しては君は謝罪しなきゃ。働かざる者食うべからず、だろ?」 客は高そうな革靴で床についていたユーイの手を踏みつけてきた。彼が眼で合図しただけで、男の一人が結束バンドを持って近づいて来た。手首を縛られそうになったので、咄嗟に抗おうとすると間髪入れずに顔に蹴りが入った。 「俺にとって金は大事なものだよ。それを君は持ち逃げしたんだから、お詫びに君も自分の大事なものを俺に差し出すのがフェアってものだろ?」 「・・・何も・・・持ってない」 既に金はない。煙草代やら食事代やらの日常の瑣末な出費であっという間に消えてしまった。返そうにもすぐに返せる額ではない。 「そんなことないよ。君は宝物を持ってる」 客はユーイの面前に屈み込むと、にこっと笑った。 「ケイに聞いたよ。まだ男を知らないんでしょ?どんなに金を積まれても、後ろの穴は使わせなかったって聞いてる」 その言葉を理解した途端、ユーイは恐慌を来した。だが既に手首の自由は利かなくなっていた。 「そういう下らない意地や誇りみたいなものは好きだよ。踏みにじるのが楽しい」 拘束後、ユーイは寝台に放り投げられた。少しでも抗う素振りを見せると素手で何度か顔を殴打された。打ち砕くような衝撃と同時に、今この場では僅かな尊厳すら持つことも許されないのだと思い知る。その時、自分の椅子へ戻った客が口を挟んだ。 「おい、それ以上はやるな。見苦しくなる」 どうやら顔への攻撃はやめろという命令だったらしいが、ユーイにしてみれば今更何を云っているのだと思った。既に数回殴られていたし、何度か顔面を蹴られた所為で、舌を咬み、口唇も切っていた。その上今の殴打で頬だけでなく、耳にまで痺れた感覚がある。 その状態の口に、無理矢理男の性器を押し込まれた。濃厚な臭気に再び吐き気が込み上げてくる。血と唾液がとめどなく溢れてきた。 抗おうとしたところ、膝頭で腕を押さえつけられ、左手の中指、薬指を掴まれて捻り潰された。激痛が走り、捻挫か骨折をしたのだと覚った。 「邪魔すんな。集中できねえだろ」 抵抗を続ければ他の指もやられるだろうと思うと、もう何もできなかった。どうしようもなく無力だった。けだものが自分の体を蹂躙し尽くしていくことにおぞましさを感じながらも、指一本動かせない。 全身が火で焙られたように痛い。 一人がユーイの口内に抽挿を繰り返している間ずっと、もう一人に前の性器を嬲られ続けていた。 精を放つ寸前で男はユーイの口内から身を引いた。直後に、内臓が破裂するかと思うほどの威力をもって、正体の見えない異物が後孔から突き上げるように押し入ってきた。自分が犯されていると気づくのに、数秒必要だった。 殺すつもりはないとあの客は云っていたが、逆らえば分からない。死にそうなほど苦しかったが、こんなところで死ぬわけにはいかない。 気が遠くなりそうな苦痛の中で体を揺さぶられながら、気づいたら声を上げていた。淫猥な声で相手を悦ばせることによって、ここから一刻も早く解放されようと脳が判断したのだ。もうそれしか残された武器はなかった。啜り泣くような声を発して腰に足を絡ませようとすると、男達も悪い気はしないようだった。二人ともそれ以上甚振るようなことはせず、自分達の精を放つことだけに集中してくれた。 その感覚に気づいた時、ユーイは自分自身が信じられなかった。不本意な快感が下半身にも宿っていた。嫌な予感は的中しており、眼の端で捉えた自分の性器は勃起していた。自己嫌悪の渦へ突き落とされた気がした。それに気づいた男達に手伝ってやる、と雑に性器を扱かれた。嫌だ、出したくない。ここで出したら本当に負けだと思った。こんなことになるまで、自分の本心を自覚できなかった自分に心底腹が立った。 サリュ。 こんなことが起きると分かっていたなら、あいつに全部を与えてやったのに。あいつが欲しがっていたこの体の全てを、一つ残らず明け渡してやれたのに。あれほど優しく誠意をもって大切にしてくれていた男を拒絶したために、こんなけだもの達の慰み者にされるなんて。 自分の中にいる怪物がサリュを傷つけると恐れた。だから突き放した。大事な人間を傷つけて失った時の後悔の深さを知っているから。でもこんなことになるなら、あの男に全てを与えておけば良かった。 ほんの数時間前まで、自分は安全な世界にいた。 もしその時に戻れるのなら、戻りたい。 そうしたら、大嫌いな神とやらに忠誠を誓ってもいい。生涯を捧げてもいい。そのために修道院に入って禁欲生活を送り続けることになっても構わない。骨身を削って教会の床を磨こう。全身全霊で十字架に祈りを捧げよう。それで足りないのならこの体から何でも好きなものを持って行ってくれていい。 だから助けて。時間を戻して、助けてくれ。 自らの性器から迸る先走りの透明な蜜で先端をいじくりまわされた。後孔に入り込んだ男の一物が、内側から前立腺を刺激してくる。感覚が浮遊したり、絡め取られたりして、ぎりぎりのところで持ち堪えていたが、もう一人に胸を刺激された途端、負けを思い知らされた。長く続くとだめだった。言葉にならない嬌声を漏らし、身を震わせて耐えきれずに、射精してしまった。 もう体のどこにも力が入らない。惨めだった。一人が体液に塗れた性器をユーイの顔面になすりつけてきた。そのまま口唇をこじ開けてきて、口内に放尿してくる。ややあって背中の方にも熱を感じた。もう一人は背中に放尿しているのだ。傷痕に尿の匂いが浸みてひりひりした。放尿後の性器を髪で拭われたのも、頭を踏まれたのも、もうどうでも良かった。凌辱し尽くしてしまうと、男達も客も、もうユーイには興味がないようだった。 爛熟して落ちて潰れた実のように、その場から全く動けず、自分のことを無様で無価値だと思った。どうにか五体満足のまま、殺されずに済んだということだけがぼんやりと分かった。

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