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Ⅲ
カリトンと名乗る従者は、ヴァシレフスよりも少し年上に思えた。ヴァシレフスとはまた違って、彼は栗色の短めな髪を持ち、瞳は翡翠色をしていた。
「みんな宝石みたいな目をしてる」
幼子のように真っ直ぐな瞳をしながらぽそりと呟くシエラにカリトンはふっと笑みをこぼす。
「そんなに珍しいですか?」
「えっ、ああ、ちょっと。俺たちの村の人間はもっと深くて濃い瞳をしてるから。そんな薄い色の目は見たこと無くて……なんだか触ったら割れてしまいそうだなって……」
「詩人みたいなこと言うんですね。はい、終わりました。きつくはないですか?」
そういってカリトンは新しい包帯をシエラに巻いてくれた。自分でやると言ったのにそれが彼の仕事だからと簡単にかわされてしまったのだ。
「こんな細い足をして、よく隣の国まで走って来れましたね。あなたはとても勇敢な方だ」
「なにそれ、嫌味?」
「いいえ、本心です。私は馬もなしにそんなに歩き続けることなど出来ないと思います。敬服します」
やはりどうしても嫌味に聞こえてしまう。シエラは狭い心の自分を呪いながら愛想笑いでなんとか凌いだ。
まだここへ来てヴァシレフスとカリトンにしか会っていないが、二人とも成人しているというのを抜きにしても、背も高く、立派な体躯をしたいた。
ここでは食べ物にも着る物にも住む場所にも苦労しないのだろう。王族なのだから当然のことだがシエラはどことなく惨めな気分に苛まれた。
自分が痩せこけていることに二人はなんの責任も無い、わかっているのに腹から湧き出る劣等感にシエラは唇を噛む。
俯いて黙ってしまったシエラを察したのか、カリトンは軽く会釈すると静かに部屋を後にした。
入れ替わるようにして今度はヴァシレフスが部屋にやってきた。
目覚めたときは膝丈程度の長さの白い布を軽く巻いているだけだったが、今はその上に見るからに上等な天鵞絨 の織物で出来た赤紫の布が床近くまで掛けられ、金色の繊細な刺繍が全体に施されてあった。シエラには何もかもが初めて見るものばかりだ。
「そんなにトガが珍しいか? お前の村では違うものを着ているのか?」
どうやらその上等な布はトガと呼ばれるものらしい。シエラは自らに着せられてある上質な麻で出来たキトンを眺め、その胸元から覗く薄い胸に嫌気が差した。
ふいに顔を上げるとすぐそばにヴァシレフスの顔があり、シエラはビクンと体ごと驚いた。
「な、なに……」
「怪我が治ったらお前にはこの城に嫁いで貰う」
かくんとシエラは首を傾けた。言葉の意味が全く頭に入ってこなかったからだ。言語の齟齬かとも思ったが、それ以外は理解出来た。なのでもう一度ヴァシレフスの発した言葉を巻き戻して脳内で再生した。そして──
「嫁ぐってなんだ! 俺は男だっ、何、なに、何をっ、はあ? はあぁ──?!」
足の痛みが無ければ今頃部屋の中を走り回っているだろう。それくらいには混乱した。
この国には当たり前のことなのか、この王子様は一体何を言っているのか。シエラはベッドの上でぐるぐると目を回す。脳味噌が沸騰して耳から煙でも出そうだった。
「星見が告げたのは俺の伴侶についての話だった。その伴侶は異国の者であの川に突然舞い降りるだろうと。そしてその者が俺を──この国を救うと」
ヴァシレフスは突然に壮大な話をシエラに突きつけた。驚きのあまりシエラの口は開いたままパクパクと空気を食む。
「そ、そんな言葉本気で信じているのか? 俺は男でっ、それに俺がここに来たのはっ──」
──宝石を見つけて村の皆を救うこと……。
でも叶わなかった……。川はとっくに枯れ、宝石などどこにもない。それどころか自分は怪我を負い、この国の王子に拾われ、命を救われ……
自分の力だけでは何一つ、村を救うことは叶わなった──。
混乱していた頭の中が絶望的な現実を前に一気に冷静さを取り戻し、今度は情けなさすら沸いてくる。
「俺は……どこから間違えた……?」
「シエラ……」
ふと大きな手のひらで頬を撫でられ反射的にシエラはその手を払った。
「俺はお前の伴侶なんかじゃない……そんなの出鱈目だ」
怒りなのか、悲しみなのか、シエラの瞳は少し滲んでた。
「ではどうする? 村へ帰るか? その足で、一人で、またあの崖を越えるか? 次は怪我だけで済めばいいがな」
ヴァシレフスは冷えた声で現実を突きつける。シエラが唇を噛んで感情を堪えているのをわかっていながら容赦はしない。
温度を感じない藍色をした宝石の瞳がじっとシエラを捉えている。獅子に睨まれた兎のように、シエラは小さく震えながらも伸ばされる手に今度は抗うことなく従った。
「お前はこの国を救うために俺の前に現れたんだ、シエラ。これは運命だ。お前にはもう抗うことも逃げることもできない。受け入れろ」
耳元で蛇がやさしく囁く──。
この実を齧れば神にもなれると。差し出された果実は美しくひどく甘い香りがした。
強く瞑ったシエラの瞳からは大きな粒が零れ割れるように胸元へと落ちた。
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