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「アネーシャ……」  翌朝ヴァシレフスの腕の中で目覚めた第一声は妹の名だった。  そのことをシエラ自身複雑な気分で迎えた。  さっきまでいた夢の中でアネーシャはまだ10歳のまま、森で遊ぶのが大好きな笑顔の絶えない少女だった。かくれんぼを何度もせがんできて日が暮れるまで兄弟たちと一緒に遊んだ。  あの日々を思い出すだけで涙が出そうになった。 「──第一声が妹の名前か、色気のない話だ」  不服そうに隣でヴァシレフスが呟いた。  起きているのを知らなくてシエラはハッとする。 「ヴァシレフス……」  そう口にした声は少し枯れていた。  ヴァシレフスは眼を閉じたままシエラを抱き寄せ丸い額に口付ける。  嫌じゃない自分にシエラは少し戸惑いながらも昨夜自分を滅茶苦茶にした男にそのまま体を預けることにした。 「ヴァシレフス──お前……、妹にも……同じ、こと……」  最後まで口にするのが恐ろしかった。それでも確かめなければならないと、シエラは震えながらも声にする。 「俺はお前の妹に一度も会ったことはない」 「えっ?!」  勢いよく顔を上げたせいでヴァシレフスの顎を頭突いてしまい慌ててシエラは顎を撫でた。 「って、痛いな! やっぱりお前は色気のないやつだ!」 「ごめんっ、あ、大丈夫か? ってか、本当に?! 妹がここにいることお前は知らなかったのか?」 「知らないよ! 女は姉妹以外俺のいる南の塔に入れない決まりだ。姉の従者ですらここへは立ち入ることは許されていない」 「……そうなんだ……、そうか、なんだ……」  安堵してシエラはヴァシレフスの胸に再び頭を預けた。それは無意識に力が抜けたのに近かった。 「でも、なんで妹が……ここに……? 妹は誰かの奴隷なのか?」 「この国に奴隷制度はないし禁止されてる。妹は多分アレクシアがどこかで見つけてきたんだろう。経緯(いきさつ)は俺から聞く。これからどうするのかも含めてな」 「妹を村に返してくれるのか?!」  ヴァシレフスは胸にあった頭がまた上がるのを今度はうまく避けた。 「お前はだめだぞ」と、片目だけ開いてシエラを静止する。シエラは叱られた子供のように肩を竦めて大人くし胸に沈んだ。 「まだ早い。もう少し休め」  優しく頭を撫でられ、シエラは大人しく黙って瞼を伏せた。      ・      ・      ・      ・      ・ 「アネーシャは私が商人から取り上げた子よ。今から4年ほど前かしらね。街で働かされている彼女を見かけて肌の色からこの国の人間じゃないのはすぐに分かった。商人に問いただしたら隣の国の村から買った子供だと白状したわ」  アレクシアは弟に呼び出されたことが若干不満げではあったが、アネーシャからも事情を聞いていたため彼女とその兄であるシエラのため素直にヴァシレフスに全てを話した。 「シエラが言うには他にも少女たちが村から盗られたと言っていた。商人はその少女たちについては何も言っていなかったのか?」 「ええ、何も──。というよりも何も知らないといった感じだったわ。商人自身が彼女を村から連れてきたわけではないようだった」 「首謀者は他にいるってことか……」 「見つけて捕らえるつもり? 珍しいこともあるものね、国の事なんかにあなた興味があったのね。それとも可愛いあの子のためかしら?」  姉の嫌味にヴァシレフスはチラリと一瞥しただけで言い返すことはなかった。 「父上には俺から進言する。アネーシャは村へ返す。他に村から売られた子供かいるなら探してその子供たちも村へ返す」 「好きにすればいいわ」とアレクシアは短く答えるとヴァシレフスの部屋を後にした。

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