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Ⅷ-3

 なんとなく部屋の外が騒々しくてシエラはそっと扉をあけて様子を窺う。  遠くでするのはカリトンの声、それと── 「ヴァシレフス?」  妹の話があの後どうなったのかずっと知りたかったけれど、ヴァシレフスはアレクシアと話した足のまま国王の元へ行くのだとカリトンに聞かされ、結局シエラの元には戻ってこなかった。  とうとう我慢出来なくてシエラはヴァシレフスの部屋へ向かった。 「ヴァシレフス!」  シエラの声にカリトンが眉根を寄せた。  カリトンに支えられるようにしてヴァシレフスが立っているのがわかった。 「どうか、したのか?」 「──なんでもない」  ヴァシレフスはシエラを見ることなく短く答えた。 「部屋に戻っていてください、シエラ。王子は今あなたとお話することはできません」 「どうして? アネーシャの事、どうなったのか教えてくれよ」  ヴァシレフスはどことなく顔色が悪かった。気になって傍に寄ると手を強く握られ、その手が朝とは別人みたいにあまりにも冷たくてシエラは眉を顰める。 「ヴァシレフス、具合が悪いのか……? 妹のこと、明日なら話してくれるか?」 「いいや。今話す」 「でも」と、引こうとするシエラを強く引き寄せヴァシレフスはカリトンの静止を無視して自室の扉を閉めた。      ・      ・      ・      ・      ・  フラフラとヴァシレフスはベッドに腰掛け、その横にシエラを座らせた。    朝話した時は普通だと思っていたのに、どうして今こんなにもヴァシレフスは苦しそうに見えるのか。アレクシアに何か言われたのだろうか、それとも国王に? シエラは不安そうにヴァシレフスの顔を覗き込む。 「シエラ。妹を連れてお前は村へ帰れ」 「え?!」  お前はだめだと言っていたくせに、一体どういう心境の変化なのか。シエラは拍子抜けした。  そして何より喜んでいない自分自身に困惑した。 「いいのか……、本当に?」 「嬉しくないのか? 家族の元へ戻れるんだぞ」 「嬉しい……けど、でも……」それ以上自分はヴァシレフスに何を言うつもりなのか怖くなった。それにこんなヴァシレフスをシエラは知らない。  横柄で俺様で、自分勝手で。シエラの気持ちなどお構いなしに振舞ってきたのに。昨日の夜、乱暴に最後まで体を繋いだのに──。 「王子様って、気まぐれなんだな──」  俯いたまま細い声でそれだけ告げる。 「ああ、気まぐれだよ。運命くらい気まぐれだ。いい加減で、勝手で、どうしようもない」  見上げたヴァシレフスは何故か辛そうに笑っていた。涙すらそこにはないけれど、深い海の色をした瞳が酷く苦しげに揺れていた。 「ヴァシレフス……なんで……」 「カリトンを呼ぶ。後はカリトンが全て執り行う」  扉の向こうの従者を呼ぼうと口を開いたはずが声が出なかった。 ──唇をシエラに塞がれていたからだ。  そのまま簡単にヴァシレフスは押し倒された。すぐ傍でシエラが目尻を赤くして見つめている。 「運命だったんじゃなかったのか……。俺に伴侶になれって、お前が言ったんだぞ! お前が俺をこんな風にしたんじゃないのか!!」  胸倉を掴んで苦しそうにシエラがヴァシレフスの肩に顔を埋める。泣いているのが震える肩と声でわかった。 「間違えたのは──俺のほうだった。すまない。シエラ」 「いやだ、許さないっ……」  本当は──  あの夜、男のシエラを見つけた時。間違いであってくれと願った。    割り切るつもりだった。  己の犯した罪を受け入れて、もう国民を誰一人失いたくないと、自分の代わりに異国人の命を生贄にこの国を救うのだと ──あの夜までは……。  異国人(シエラ)にも愛する家族はいて、生まれ育った祖国がある──。  なぜ国を跨いだからとその命を軽んじれる?  それでは奴隷を買う奴らと同じだ──。   「シエラ──俺の話を聞いてくれるか? 俺の犯した罪の話だ」

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