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 ヴァシレフスは城での代わり映えしない日々の生活がひどく退屈に思え、密かに変装しては身分を偽り、度々夜の街の人々と酒を酌み交わしていた。 「本当だって、あの樹海を抜けた先の川で原石がたくさん採れるんだ」  酒で陽気になったヴァシレフスは、今日したばかりの発見をいつもの酒飲み連中に嬉々として話した。 「でもあの川には恐ろしい竜が住むって言うじゃないか、命あっての物種だ。いくら宝石を採ろうが持って帰れないんじゃ意味が無いよ」 「竜なんていない。そんなのは独り占めしようとした誰かの作り話だよ。原石があれば誰も生活に困らなくなる、皆幸せに暮らせる」  彼はただ純粋に本心からそう思ったのだ──。  馬を休憩させるのにいつも使っていた川の中にふと光る何かを見つけた。  よく覗き込み、濁らないようにゆっくり手で掬ってみると、それは間違いなく原石だった。    彼の周りには次第にその話に興味を持った人が集まるようになり、上機嫌で話をするヴァシレフスに(みな)は欲望が孕むその腹の内を隠しながら薄ら笑いで聞き入った。  ある夜のことだった──。  ヴァシレフスが酒場でその話をしてから数ヶ月が経った頃、突如東の塔を慌ただしく人が出入りしていることに気付いた。  普段滅多に人の出入りが許されない場所への異常な姿に胸騒ぎを覚えたヴァシレフスは父親のいる元へと急いだ。  そこで知らされたのは、例の川で多くの人たちが原石を巡って互いに諍いを起こし、それは次第に激しさを増し、最早兵士たちだけでは手をつけられないほどの暴徒と化し、とうとう死人が出たとの知らせだった──。  血の気の引いた息子の顔に悪い予感を覚えた国王は同行を促し、急いで共に馬を走らせ争いを収めるべく川へと向かった。  川に近付くにつれ次第に空は荒れ始め、雨が降り出し、黒い空を竜が這うように稲妻が何度も闇を切り裂いた。  ヴァシレフスたちが川に着いた頃には身体を撃ち付けんばかりの強い雨と突風で、人の声や姿を肉眼で確かめることができなかった。  川は普段の穏やかな顔を完全に失い、濁流が土砂を押し流しぶつかる音が時折人の悲鳴のようにも聞こえた。  父親の静止を振り払うようにヴァシレフスは荒れ狂う川の(ほと)りへ向う。突然何かに躓きバランスを崩して砂利に手をついた。  眼を凝らして探るように足元へと手を伸ばし、躓いた原因に触れるとそれは既に冷たくなった人間の体だった──。  そしてヴァシレフスは息を呑んだ──。  あたり一面岩だと思っていた黒い影の正体は(おびただ)しい数の死体たちだったのだ──。  荒れ狂う川を囲んで重なり合う様に人々が息を引き取っており、その流れた多くの血で川の水は赤茶色に濁り、まさに地獄を見ているようだった。  ヴァシレフスは己の犯した大罪の重さに絶望し、砂利に顔を沈め喚き、声が千切れる程に泣き叫んだ──。  その時、大きな落雷がヴァシレフスを襲った。  ヴァシレフスにははっきりとその姿が見えたのだ──。  蝙蝠の翼を広げた白い竜が鋭い牙を光らせて、蛇のように大きく開いた赤い口でヴァシレフスを頭から呑み込むその姿が──。 ──そして、川はすべての水を失い、あるのは乾いた灰色の岩と石だけで、その周りをいくつもの墓標が囲むだけだった──。  ヴァシレフスが目を醒ましたのはそれから1週間後のことだった──。  そして星見は彼に運命を告げた──。  竜に呪われし王子を救うのは異国人の魂だと──  でなければ王子は冬を越さずにその命を失い。それに続いて国も滅びの道へといざなわれるだろうと──。

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