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Ⅸ-2
シエラは最後まで静かにヴァシレフスが話す事の顛末を受け入れた。
なぜ自分はここへ来たのか、なぜ彼が自分を運命だと言ったのか──。
なぜ、彼は今こんなにも苦しんでいるのか──。
「いいよ、俺。死んでも──」
シエラは静かに瞼を閉じながらヴァシレフスの胸の中でそう呟くと、いきなりその肩を掴まれ引き剥がされる。すぐ傍で強く青い瞳がこちらを見ていた。
「シエラ!」
「間違ったのは俺だったんだよ、ヴァシレフス。本当はここにいるのは俺じゃなかったんだ──。おれは幼馴染みの代わりにあの崖を越えたんだ。もしあの夜、俺じゃなくて幼馴染み がここへ辿り着いていれば、お前の伴侶になって、この国に宝をもたらしていた。お前だって死なずに済んだんだ。俺、余計な事したよな……本当。ああ、でも、うん。大丈夫。妹が俺の代わりに村に帰れるならそれでいい。俺はそれだけで十分だよ」
「お前はっ、俺の話をちゃんと聞いていたのか!」
「聞いた。聞いたよ、ちゃんと。そうか、やっぱ竜はいたんだ。アネーシャに言って村の人に伝えて貰わないとな。これで崖に近寄る馬鹿は俺以外いなくなる」
全てを受け入れたシエラが微笑んでヴァシレフスを見つめた。
「ごめんな、ヴァシレフス。もう大丈夫だから」
「やめろ、そんなこと言うな」
シエラがヴァシレフスの腰にある短剣に手を伸ばすのをヴァシレフスは見逃さなかった。その手を掴んでベッドに押し付ける。
「シエラっ、やめろ!!」
「いいから。俺が死ねば全部うまくいくんだろ? それでいいじゃないか、俺一人死んだところで何も変わらない。それどころか全てが上手くいくなら俺は死んだほうがいいんだよヴァシレフス。簡単な選択だ。もう迷うことなんてないんだよ」
「やめてくれ、頼むからそんなこと言うな! 言うなっ!!」
シエラの頬にパラパラと雫が落ちてきた。
「ヴァシレフス……」
苦しそうに唸りながらヴァシレフスは唇を噛みしめ、必死に嗚咽が漏れるのを我慢していた。
「血が出る……そんなに噛みしめたらだめだよ、ヴァシレフス」
シエラは優しくその頬を撫でてやる。
子供の様な目をしたヴァシレフスがこちらをゆっくり見た。その蒼い瞳からは今も涙が止まらないでいた。
「本当に……海みたいだな、綺麗だ……」
愛しそうにシエラが告げる。堪らなくなってヴァシレフスはそのままシエラを抱き締めた。強すぎる抱擁にシエラは苦笑いしながらも拒絶することなく受け入れた。
この体温が最後なら覚えていたいと、その体を強く抱き締め返した──。
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