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 まったくと言っていい程に雰囲気の違うふたりは、まるで昔からの友人のように見えた。冬馬と秋穂が一緒にいる姿が見られ始めた頃周囲はいろいろ噂をしていたが、ひと月を過ぎた今ではそれは自然な光景となった。  秋穂は同級生から敬遠されることも、苛めに合うようなこともなかった。ただ冬馬といることは、積極的に秋穂の内側に入り込もうという者を、無くしてはいるようだった。そして秋穂自身も、穏やかな笑みと態度で接しているように見えて、内側に入られることを拒んでいる。薄い透明な殻を何重にも纏っているようだった。  そして、その殻は、自分に対しては少しだけ破れることを、冬馬は知っていた。自分にだけ、あの花のような笑顔を見せるのだと。それが冬馬の親愛の情と庇護欲を掻き立てる。  心に灯った小さな火が、やがて大きな焔になるだろうことを予感して、その火を胸の奥底に封じ込めた。自分でも自覚しないうちに。  その殻は──警戒心。猜疑心。自分を曝けだした後に裏切られることへの恐怖心。すべては自分の精神(こころ)を守るために作りだした。  まだ十三年足らずの短い生の間にいったい何があったのか。秋穂は少しずつ自分のことを話し始めた。  石蕗秋穂は旧財閥系企業石蕗グループ会長の孫だった。グループの母体である石蕗リゾートの社長の姉である咲夜子(さくやこ)は、本邸の使用人と通じ秋穂を身籠った。当然両親に激しく反対され、ふたりは石蕗家から逃げた。やがて秋穂が産まれるが、男は母子の前から姿を消した。  咲夜子は独りで子どもを育てるために──いや、自分が金のない惨めな生活に堪えられなかったからかも知れない──夜の仕事をしては、金回りの良い男の愛人になる、ということを繰り返していた。 「父親の顔は知らない」 「母には常に恋人がいて、家にいないことが多かった。そんな時には、綺麗なマンションの散らかった部屋で独りぼっちだった」 「別れても、すぐに違う男の人の元に行く。時には三人で暮らしたこともあった」  そんなことを繰り返すうちに、咲夜子は少しずつ精神を病んでいった。男と上手くいっている間は秋穂にも優しくしていたが、何かある度に八つ当たりをしていた。 「お前さえいなければ」  何度となくそう言うくせに、けして手元から離そうとしない。学校さえろくに行かせやしなかった。幼い頃には辛く当たられる度に泣き喚いていたが、年齢(とし)が上がるに連れ泣くことは疎か表情すらなくなっていった。ただ、嵐が過ぎるのを待った。  秋穂はいつも淡々と話す。まるで他人事のように。それが余計に彼の傷の深さを感じさせ、冬馬の心を刺す。

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