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 更衣室で着替えをする時、秋穂はいつも皆から隠れるようにしている。  ある日の体育の授業の後だった。  冬馬は自分の身支度を済ますと、秋穂を探し後ろから近づいた。まだ着替えの途中でタンクトップのままだった。剥き出しの肩や腕に無数の傷痕。恐らくタンクトップの下にも。古い傷や比較的新しい傷もある。傷のひとつに冬馬は指先で触れ、つっとなぞる。身体がびくんっと強張った。 「──気持ち悪いでしょ……?」  振り返らずに言う。笑おうとして笑えなかった、そんな声だった。  煙草の火を押しつけられたような火傷の痕もある。彼を傷つけたのは母親だけではないのかも知れない。 「──もう、こんな傷……つけさせない、ぜったいに」  自分に言い聞かせるように小さく呟く。 「冬馬くん……?」 (アキは……俺が守るんだ)  出逢ってからの時間(とき)の短さなんて問題じゃない。誰かを守りたいと思ったのは初めてだった。  誰かを守り抜くには幼く、なんの力も持っていない。それでも。守りたい、そう思った。暴力からも、その哀しみからも。  秋穂が十二歳になって間もなく、母親が死んだ。恋人との別れ話の末に相手の男から刺されたらしい。秋穂自身にその一報が届く前に、咲夜子の父親の代理だという見知らぬ男が現れ、彼は石蕗家に連れていかれた。母親のことはその事実のみ知らされ、顔を見ることもできなかった。石蕗会長の命で、秋穂は母の弟であり、自分の伯父にあたる潤也(じゅんや)の養子となった。  石蕗家で秋穂は歓迎されることはなかった。石蕗夫妻とはほとんど顔を合わせることもなく、四歳上の従兄には悪意のある眼で見られていた。  大きな屋敷の中で数か月、秋穂は使用人や家庭教師たちと生活をしていた。ろくに学校も行っていなかった秋穂は、その間、小学校卒業までの知識と上流階級においての最低限のマナーを叩き込まれた。  それがひと月遅れの編入の理由だ。その頃には衰弱し切った肉体(からだ)はいくらか回復していたが、冬馬の眼には病的に映ったのだった。

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