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4 ☆☆☆

 ──外は夕闇。雨足は激しさを増し、嵐を思わせる。  秋穂は湯に長く浸りながら想いを巡らす。出逢った年から毎夏ふたりで来ていた別荘に、今年は詩雨が一緒だ。それだけなのに、心がこんなにも波立つ。  自分でも気づきたくない気持ちが形を持ってしまいそうだ。その前に秋穂は考えるのを止めた。こんな感情はすべて心の底に沈めてしまおう、いつものように。  秋穂は湯から上がり、タオルで軽く髪を押さえながら窓辺に寄る。外は叩きつけるような雨。風も強い。 「けっこう……降ってる」  防音の利いた部屋の中に、強い雨音は届かない。ぼんやりと窓の外を眺めていると、暗い木々の間に一瞬光が走るのが見えた。音は聞こえないけれど──。 (──雷?)  身体が強張る。幼い頃、何日も独りで過ごしていたことを思い出す。独りでいることには次第に慣れ、何も思わなくなっていた。しかし、窓から入ってくる強い光や、耳を塞いでもびりびりと伝わってくる雷の音は、いつまでも慣れることはなかった。  何度か閃光を見ているうちに頭が真っ白になる。 (冬馬……冬馬のとこ、行かなきゃ)  子どもが大人に助けを求めるように、秋穂は冬馬を欲した。何かに急かされるように扉に向かう。ひらり……とタオルが舞い落ちた。    扉を開けるとピアノの音がした。  繊細で優しい、音色。 (詩雨くん……)  秋穂の求めた男は、ピアノを弾く詩雨の後ろに立ち、その髪に触れていた。  ふたりが一緒にいるのを見ると、いつも酷く胸が苦しくなる。自分の知らないふたりだけの長い時間(とき)を感じさせ、入っていくことを躊躇わせる。階段の上で佇んでいると、詩雨がこちらに顔を傾けた。 (──見ている)  遠目なのに、すぐ傍で見つめられているようだ。  何もかも見透かすような、ブルーグレイの瞳。口の端を少し上げ──挑戦的に、妖艶に、嗤う。  怖い──と思った。見たことのない笑みは、秋穂の殻を突き破り、心臓をぎゅっと握り潰す。 (あの()、閉じなきゃ……っ)  早く、と思うのに、身体は言うことを利かない。階段を一段、二段と下りる動きは、まるでゼンマイ仕掛けの人形のようだ。 「アキ」  気がつくと間近に人の気配。  冬馬だった。  頭の上にふんわりとタオルがかけられる。 「アキ、髪濡れてる。なんで、みんなちゃんと拭けないんだ」  そう言いながら髪を拭いてくれる。その途端、自分でも驚くような獰猛な衝動は飛び散っていった。 「とうま……。かみなりが……ひかりが……こわいよ……」  弱々しく訴える。さっきの恐怖がまた甦り、身体が震えた。 「大丈夫だ、俺がいるから──部屋で休もうか」  そっと肩を抱き寄せ、階段をゆっくりと上がって行った。

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