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5 ☆

 クリスマスを数日後に控え世間が賑わっている頃、聖愛学園でも一年で一番華やかな夜を迎えていた。  高等部から大学部、大学院の生徒教師はもちろん、卒業生有志が集い、クリスマスパーティーが開かれる。学校のパーティーではあるが、世間一般で考えられるそれとは違う。上流階級の子女たちが将来社交界に出るための勉強の場であり、強大な人脈を得るための種を蒔く場でもある。  会場も学園から移して、都内の高級ホテルを貸し切って開催される。  橘冬馬は、メイン会場から外れた小ホールでギャルソンから飲み物を二つ受け取り、窓際のソファに座っている秋穂の許へと急いでいた。途中何人もの美女に声をかけられたが、素っ気なくあしらっていた。  先程まで、冬馬、秋穂、詩雨の三人はメイン会場にいたが、秋穂が人酔いをした為比較的人の少ない小ホールに移動してきた。 「アキ、大丈夫か」  冷たい飲み物が入ったグラスを秋穂に差し出した。 「ありがとう。少し良くなった」  グラスを受け取りながら答える。 「ほんの数分で、いったい何人の美女に声かけられてるんだか」  秋穂の隣に座っている詩雨がにやにや笑っている。  ネイビーブルーのスーツに、それよりも少し明るめのシャツと同色のネクタイ。普段は適当に遊ばせている前髪を、今日はオールバックに整えている。大人びた顔と長身に均整の取れた体躯とが相俟って、とてもまだ十六にも満たない少年とは思えない。  同年代の女子には遠巻きに見られているが、少し年上の大学部・院生の女性からは先程から何度も誘いを受けている。 「興味ないよ」  詩雨の言葉を一笑に付す。 「お前はキレイ過ぎて、女の方が引き立て役だな」 「お褒めいただき、ありがとうございます」  詩雨は戯けて答える。  軽口を言い笑い合うふたりを眺め、秋穂の胸はまた傷んだ。 (詩雨くんは……ほんとキレイ)  薄紫のスーツの袖を折り、スタンドカラーのシャツにノーネクタイ。着崩した感じが彼に良く似合っている。冬馬の言ったことはけして冗談などではなく、詩雨の美しさに並の女性では気後れして声をかけることすらできない。 (僕はどうだろう──貧弱な身体。蒼白い顔。凡庸な容姿。それに──僕は……)  このふたりの傍にいることが、なんて似つかわしくないんだろう。そんなことを、考えて更に具合が悪くなってくる。 「どうした、アキ」  浮かない顔をしている秋穂の眼を冬馬が覗き込んでくる。彼は、秋穂と詩雨の間に腰を下ろした。秋穂の肩を抱き寄せ、その頭を自分に凭せかける。柔らかな髪を優しく撫でた。 「やっぱり、余り具合良くない?部屋に移動する?」  貸し切りホテルの客室は休憩用に解放されていた。  秋穂はゆるゆると(かぶり)を振る。 「大丈夫だよ。少し休んでいれば──」  秋穂の言葉は、その時前を通りかかった集団の、少し騒がしい声に掻き消された。その集団はそのまま通り過ぎて行くかと思えば、ソファに座る三人の上に影を落とした。 「秋穂」  冬馬と詩雨には聞き覚えのない声。しかし、秋穂にとってはよく知った声だった。秋穂の肩がびくんと震えるのが、触れ合った場所から伝わってきた。 「壱也さん」 「きみは──来ていないと思ったよ。華やかな場所は嫌いだろ?」  冷たい眼差し。冷たい声。  冬馬が秋穂を背に隠すように立ち上がる。冬馬は、壱也の冷たい視線が自分に注がれるのを感じた。 (この視線──)  このホテルに入った時から、ずっと《視線》を感じていた。現れては、消える《瞳》。冷たくて、熱い《視線》。 (こいつだったのか。それにこの匂いも)  秋穂の部屋に微かに残る匂いと同じものが、今はそれよりも濃く鼻腔に広がる。 「あれ、こいつ……」  後ろで詩雨も反応していた。寮で何度か見かけたと言っていたのを思い出す。 「秋穂の兄の壱也──大学部の二年です」  壱也は手を差し出した。冬馬もその手に応える。壱也の口許にいやらしい笑みが浮かぶ。 「兄──と言っても、義理のですけどね。彼は養子なので」  聞いてもいないのに、ずらずら話しだす。 「秋穂の母親は僕の伯母ですが、使用人と家を出て捨てられた挙げ句、男に刺された恥知らずな(ひと)ですよ」  殊更に大きな声で話すと、壱也のとりまきたちが忍び笑いを漏らす。  それに対して冬馬は、やや抑え気味の声で答えた。 「そんなに大声を出さなくても聞こえますよ、石蕗さん。──橘冬馬といいます。秋穂くんの友人です」  握手を交わす手に力を籠める。壱也が一瞬顔をしかめた。  聞き慣れない口調と、見慣れない表情の中に冬馬の激しい怒りを感じ、秋穂は彼のスーツの裾を引いた。しかしそれすら気がつかずに、冬馬は攻撃を仕かける。 「貴方は秋穂の母を“恥”だと言いますが、このような人の多い場所で声高にそれを言うのは、家の恥をも曝すようなものではないんですか」  四つも年下の男に気圧され、壱也の薄笑いが消える。強く握られたままの手を振りほどいた。 「きみが橘くんか、秋穂から聞いているよ。とても世話になっているようだね。礼を言うよ」  その言葉とは裏腹の、鋭く冷たい眼で冬馬を見る。  冬馬はにこやかに笑った。 「貴方になんか礼を言われたくはないですね。──僕も、秋穂くんから貴方のことを聞いています」  やや前屈みになり壱也に近づく。もう笑ってもおらず、低く凄みのある声を出す。 「この四年間、貴方が彼に何をしてきたか──」 「トーマ!」  詩雨の叫び声がその言葉を遮ると同時に、肩を強く引かれた。 「秋穂が……っ」  振り返ると、秋穂が白い顔で横たわっていた。近づいて様子を伺うと気を失っているようだった。 (しまった)  やり過ぎた、と思った。初めて顔を合わせたの男に、我を忘れた。この男を責める言葉は、そのまま秋穂の傷にも触れる。 (アキ……ごめん)  秋穂を抱き上げる。ざわつく周囲には眼もくれず、腕にしたものを誰の眼にも触れさせたくないかのように、足早にその場を離れていった。

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