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第11話 沼に嵌る

——それから数日。 酔って女物の服を着てしまったことは、一旦忘れることにしたのだが、簡単には記憶からは消えてくれることは無かった。 むしろ気が付いたら女装した時の事を思い出していて。さらにはネットで女性物の服を検索するようになっていた。 最初は見るだけとか男物の服を探すついでだからと自分に言い訳をしていたが、他人にバレないように買えるかどうかを検索し始めた後は早かった。 気が付いたら服を数点買っていて、そのうち物足りなくなってウイッグや化粧品も買い始めた。 元々オタク気質で凝りだすとこだわりが出てしまう癖があって、あっという間に女装アイテムは増えていった。 「それがこんな事になるなんて……」 ため息をつきながらそう呟く。お風呂から出て適当に体を拭いて部屋着を着ると、自分の部屋に戻った。 疲れていたので、ベッドに直行する。 スマホを見ると冬夜からまたメッセージが来ていた。そこには『おやすみ』という言葉とともに沢山のスタンプが送られてきていた。 「本当にマメだな……そう言えば、冬夜にばれてからも色々あったよな……」 色々あった内容を思い出して、またため息を吐く。相変わらず冬夜が何をしたいのか分からないし飽きる気配もない。 「冬夜の弱みも、結局見つからないし……」 ジムに行った日から忙しくなって冬夜とは会っていない。しかし、こうやってメッセージを送ってくるので会えてない感覚は無かった。 「あいつはいないのに、なんかうるさいよな」 送られてきたメッセージを見ながらそう呟く。しかし、そんな事より明日もしごとだ。俺も『おやすみ』と適当にメッセージを返して明りを消した。 目を閉じて寝る態勢に入る。しかし、しばらくしても眠くならなかった。 「そういえば、最近してない……」 おれはそう呟く。おれも男だ元々そこまで性欲は強くないが、定期的にしたくなる。 ベットの中でもぞもぞ寝返りを打ち背中を丸めると、そろりと手を股間に滑り込ませた。 一度出せばスッキリして眠れるかもしれない。 下着の中に手を入れ、扱いていく。 ぼんやりと最後に出したのはいつだったっけと思い出して、冬夜の顔が頭に浮かんだ。 「そうだ……ジムに行った時にいきなりされたのが最後だったけ……」 あれから仕事が忙しくなって会ってない。あの時のことを思い出して顔が赤くなる。 あんなところでいきなりあんな事されるとは思ってなくて、慌てた。しかも人が入ってきたのに止めてくれなくて、結局二度も出す羽目になった。 「本当、信じられない、なんであんな事出来るんだろ……」 あんないつでも見られるところでするなんて思わなかった。なんだかんだ言っても自分も気持よくなってしまったことも恥ずかしい。 「最悪……」 変な時に変な事を思い出してしまった。集中できない。枕に顔を埋めて冬夜の顔を振る払う。 さっさと終わらせて寝てしまおう。中心を握る手の動きを早める。 「ん……」 なんとか中心が固くなってきて、気持ちよくなってくる。 さらに手の速度をあげていく。腰が自然に動いて声が漏れる。 しかし、なかなか最後までいけない。 「ふ……もう……なんで……」 もぞもぞさらに動いてもう一度扱く。なかなかイケない、なんだか刺激が足りない気がする。 「ん……んん」 なんでイケないんだろう、冬夜にされた時はすぐにイッてしまうのに。と思ってまた冬夜の顔が浮かんできてしまう。 しかもされていた時のことも連動するように思い出してしまった。人にされるなんて初めてだったこともあってあっという間だった。 しかも、女装して冬夜の物とこすり合わされるという異常な状況も合わさって刺激が強かった。 冬夜にされていた事が脳裏に蘇ってきた。 背中から抱きしめられ、ゴツゴツした手で扱かれた時の感覚が頭の中で再現される。 「ん……んあ……っああ……」 耳元で擦れた低い声で名前を呼ばれた時の事を思い出した時、体がビクリと震えたと同時に熱を吐き出す。 「はぁ……はぁ……本当、最悪……」 自慰をしている時に冬夜にされたことを思い出すなんて。 「しかもそれでイくなんて……」 ノロノロと起き上がってティッシュで始末をする。出したことで頭が冷めてさらに恥ずかしさが襲ってきた。 すぐにベッドに戻って布団を頭からかぶる。誰も見てないのは分かっているがいたたまれない気持ちになる。 「疲れてるから……たぶん……疲れてるからこんな変な事になるんだ……」 おれは自分に言い聞かせるように呟く。そう思わないとやってられないし、疲れているのは事実だ。 それに最近は冬夜にされていたので自慰をする事がなくなっていて、思わず連想してしまったに違いない。 「だから、大丈夫……大丈夫」 そう言って取り敢えず寝なければと目を閉じる。 寝て体力を回復させればこんな事にならない。そう思って寝ようとしたが、眠りはなかなか訪れなかった。 そんな事があった翌日。 「ただいまっと……今日は何か運がいいかも……」 おれはシェアハウスに入ってそう呟いた。 今日は仕事が早く終わって、久しぶりに明るいうちにシェアハウスに帰ってこれた。 しかも、お気に入りのお弁当も買えたのだ。 このお弁当はこのシェアハウスに引っ越した当初に見つけた。少し入り組んだ場所にある店で、見つけた時はあまり人はいなかった。しかし、買ってみたらとても美味しくてそれから常連になったのだ。 それから時間が経って、やはり美味しいのが広まったのか店は人気店になっていて、最近は売り切れになっていることが多かった。 荷物を置いて着替えるとダイニングでお弁当を食べ始めた。 「あれ?藤堂さん。珍しいですねこんな時間にここにいるなんて」 そう声をかけてきたのは同じシェアハウスに住んでいる小山さんという女性だ。キッチンダイニングに入って、おれの顔を見ると少し驚いた顔で言った。 「今日は仕事が早く終わったので……」 おれは少しドキドキする。実は、小山さんは以前から知っていて、気になっていた女性なのだ。 彼女は華奢で小柄でとても可愛らしい容姿で喋り方も穏やかで優しい。 なによりおれより背が低く小柄なのだ。そういう女性が身近にはいなかった。だから少し気になっていたのだ。 「そうなんですね。お仕事お疲れ様です。あ、そうだ。私お茶を入れたんで藤堂さんよかったらどうぞ」 そう言って、小山さんは暖かいお茶を入れて置いてくれた。 「ありがとうございます。いただきます」 そう言うと、小山さんもお茶を持って隣に座る。そんな流れで、少し世間話になった。 プライベートで女性とこんな風に喋るなんて久しぶりでドキドキする。もしかしておれに脈があったりするのだろうかと変な期待までしてしまった。 そんな事を思っていたら、小山さんが少し探るように聞いてきた。 「そういえば、前に冬夜くんが藤堂さんの部屋に入って行くのを見たけど、仲がいいの?」 おれはギクリとする。冬夜がおれの部屋に来るのは大抵あれをするためだ。何をしているのかはバレていないみたいだが変にドキドキする。 そして、同時に気が付いてしまった。小山さんは冬夜に気があるのだ。 さりげなく聞いていたが、明らかに興味津々といった感じだった。 なるほど、お茶を入れて隣に座ったのはその話を聞きたかったからだったのか。 内心ガッカリしたが、冬夜がモテるのは分かるし、今まで話をほとんどしたことがなかったおれに気があるなんてあり得ない。そう考える方が自然だ。 「えっと……た、たまに遊んだりするんだ……そのゲームしたり……」 「ゲーム?」 取り敢えず、本当の事は言えないので、おれはしどろもどろにそう答えた。 小首を傾げてそう聞いた小山さんは小動物みたいで可愛くて、冬夜が羨ましくなる。 「そう……えっと、このゲームだよ」 そう言ってスマホを見せる。冬夜がよくハートを送って来るゲームだ。 「え?このゲームしてるの?昔流行ったよね。懐かしい」 「冬夜はかなりハマってるみたい。フレンド機能があるから、入れてみたら?話すきっかけになるかもよ」 「え?あ!そ、そんなつもりじゃなの……全然。それに冬夜くん今彼女いるみたいだし……」 意味深な感じで言って促すと、小山さんは顔を赤らめて慌てて言った。 「あ、ああ……」 彼女いたっけ?と思ったがそれが女装した自分だと気がつく。 いつだったかコインランドリーに行く時、にシェアハウスの住人と鉢合わせし、冬夜はおれを彼女だと嘘をついたのだ。 そういえば鉢合わせした住人の中に小山さんもいた。 小山さんは思い出したのか悲しそうな表情になってしまった。 「だ、大丈夫だよ。小山さんかわいいしいけるよ」 「でも……彼女がいるのにそんなこと……」 小山さんは控えめな性格なのかそう言った。 「い、いや。でもなんか最近仕事で会えないって言ってたし……」 適当に言ってみる。おれと仕事で会ってないのは本当だしあながち間違いじゃない。 「でも……」 「じゃあ、さっき言ったゲームをきっかけに話しかけるくらいはいいんじゃない?仲良くなっておけば何かあった時アタックできるし」 なんせその彼女はおれなのだ。本物のこんな可愛い子に言い寄られたら、冬夜もそっちに行くはず。 「そっか……じゃあ、とりあえずゲームだけでも始めてみようかな……」 おれの言葉に納得したのかそう言ってスマホを取り出して、操作し始めた。 ちょっと複雑な気持ちだが、これが上手くいけばおれも冬夜に変なことをされなくてすむ。いいこと尽くめだ。 「頑張って」 「ありがとう」 おれが言うと小山さんは微笑み、ほんのり顔を赤くさせてそう言った。その姿はとても健気で可愛くておれもつられるように笑ってしまう。 「あ!冬夜くん。お帰りなさい」 小山さんが突然顔を上げてそう言った。おれもそちらを見ると、仕事が終わって帰ってきたのか、冬夜がちょうど部屋に入ってきていた。 おれは少しぎくりとした冬夜が少し怒ったような顔をしていたように見えたのだ。もしかして小山さんをけしかけようとしたのがばれたのか。 「ただいま」 しかし、冬夜はすぐに笑顔になって言った。小山さんはすぐに立ち上がり、冬夜に話しかけ始めた。 早速ゲームの話をふっているようだ。 冬夜はいつものようににこやかな顔で答えている、おれは気のせいかと思い直して。残っていたお弁当を急いで食べて立ち上がる。 「おれは用事があるから、部屋にもどるよ。じゃあ、ごゆっくり」 おれはそう言って二人っきりにするべくそう言った。小山さんに頑張れといった感じで目配せすると小山さんもわかってくれたのか少し頷いた。 部屋を出る時、チラリと二人を見る。 小山さんと冬夜は楽しそうに何か話していた。客観的に見てもととてもお似合いの二人だ。 これが一番まともで普通だよなと思う。 そうしておれは自分の部屋に戻った。 「さて、何しようか……」 部屋着に着替えると、ベッドに寝転がっておれは呟いた。 久しぶりに時間が空いたが、空いたら空いたで手持ち無沙汰だ。時間もあるし女装でもするか、それともさっき話していたゲームをしようか、時間つぶしには丁度いい。 しかし、いまいち乗り気になれない。 時間があるのは嬉しいはずなのに、ため息が出た。 冬夜と小山さんの姿を思い出す、何故か胸の奥がキリキリと痛くなってきた。 ぼんやりスマホを眺める。 しばらく何とはなしに眺めていると、スマホにメッセージのバナーが表示された。 「ん?冬夜からだ……何だろ」 メッセージは『今から行くから』というものだった。

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