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第14話 隠された事実

翌日—— 「いたたた……」 おれは腰をさすりながら呟いた。体全体がだるいし特に腰が痛い。 昨日の冬夜にされた、あの事が原因だ。 「はぁ……」 おれはため息を吐く。 それに足の間になにか挟まっているような感覚がずっと残っていて上手く歩けない。 おかげで朝から遅刻してしまい、また上司に長々と文句を言われた。 「おかげで仕事が押したし……」 仕事が沢山あるから集中したいのだが、体に違和感があるからなかなか進まない。寝不足のせいなのか頭もぼんやりしていて、すぐに仕事以外の事を考えてしまう。 思い出すのは当然冬夜のことだ。体が痛むたびに手首をつかまれベッドに押さえつけられたことを思い出す。手首を見ると、捕まれた痕が残っていた。 「なんであんなに怒ってたんだろ……」 未だに冬夜があんな事をしたのか理由が分からない。本当に唐突でおれが何かしてしまったのだろうか。昨日の事を思い出すとジワリと涙が出そうになる。 「だ、だめだこんな事で泣くなんて情けない……」 必死に深呼吸して堪える。今までの事を考えると昨日されたことはいつもとそんなに変わりない。むしろ昨日されたこと以上に恥ずかしい事をされている。 女じゃないんだから妊娠するわけじゃないし、痛みも時間がたてば治るだろう。 「だから、大丈夫、大丈夫……っ」 ふと、冬夜の冷たい視線を思い出して息が止まりそうになった。顔を歪めて乱暴に扱われて抵抗すると面倒くさそうに押さえつけられた。 脅されて色々変な事をされたけど、あんな風にされたのは初めてだった。 思い出すと胸の奥がじくじく痛む。 「おい!藤堂!」 「は、はい!」 突然上司に名前を呼ばれて慌てて返事をする。他の事を考えていたので余計に驚いた。慌てて上司のところに向かう。 「何、ぼさっとしてんだよ!本当に使えないな」 「す、すいません……」 「さっき預かった書類、ミスだらけだ」 「え?本当ですか。すいません、すぐになお……」 「それから、昨日言っておいた資料まだか?」 「え?それは部長が作るって……」 「ああ?そんな事言ってないぞ!忘れたからって誤魔化すな!」 「い、いやでも……」 「早くしろ!」 「は、はい!」 この上司はいつもこうなのだ。言い返しても無駄だと思ってそう返事して自分のディスクに戻る。チラリと周りを見たがみんな目線をそらしてしまった。 おれは取り敢えずディスクの椅子に座って書類のミスを直し、言われた資料を作り始めた。 「はぁ……」 なんとか仕事を再開させたがやはり集中は出来ない。切り替えるために立ち上がりトイレに向かう。おれは落ち着くために個室に入った。 トイレに座るとまたため息を吐く。スマホを取り出しぼんやり眺める。 「あ……また買っちゃった……」 気が付いたら女性物の服をネットで調べて、衝動的に買ってしまった。以前からストレスが溜まると女装する以外にもこんな風に女物の服や化粧品を買っていたのだが、またその癖が出た。 「はぁ……仕事戻らないと」 なんとか立ち上がり机に戻って仕事にかかる。仕事は進めないと終わらない、終わらないと休むこともできない。取り敢えず出来ることをしていかないと。 もう一度こっそりとため息を吐いてやるべき事を進める。 自分の事が情けなくなってきた、もう癖になっているとはいえ女装するための買い物でストレス発散するなんて。 「こんなこと……もう止めた方がいいんだろうな……」 ぼんやり呟く。 最初は出来心で始めてそこからズルズル癖になってしまった。 最初は自分でもなんで止められないのか分からなかった、がしばらくして気が付いた。 女装をするのは、自分が男として自信がないからだ。 背も小さく細くて運動も苦手、かと言って頭がいいわけでもなく、気弱で積極性もない。 男としてして自信が持てる事が一つもなかった。 でも女物の服を着て外見だけでも女の子になって鏡を見ると、そこに映っている自分は女の子だから、その欠点を気にしなくていい。 むしろ欠点だと思っていることは、女の子だったら良いとされることばかりだ。 「こんな事したって何も解決しないのにな……」 女装は結局のところ見たくない現実から目を逸らすための手段だ。 女の子になりたいわけでもないし、特別女の子の服が好きなわけでもない。そして、女装にこだわりがあるわけでもない。 極端な話ストレスが解消できるなら女装じゃなくてもよかった、たまたまそれが女装だっただけなのだ。 だから、きちんとこだわって趣味としてしている人や性別に違和感があって、そうしている人から見たら動機が不純でしかない。 そう考えると本当に自分が情けなくなる。 「はぁ……」 仕事を進めながらまたため息をつく。 「ダメだ集中しないと……あれ?この計算書間違ってる……?」 預かったデータを参照していたら、変なところを見つけた。これを直していたらまた倍くらい時間がかかってしまう。 「え?本当?……マジかよ……」 ただでさえ仕事が積みあがっているのに、この作業がプラスしたら最悪今日は帰れないかもしれない。 しかし、気が付いていたのに直さないのも不味い。このデータを作ったのはおれじゃないが、後から分かって、なんで気が付かなかったんだと責められるのはおれだ。 「仕方ない……やるしかないか……」 何度目になるか分からないがまたため息をついて、その仕事に取り掛かる。 その後、案の定仕事は深夜までかかり、そのまま会社に泊まる羽目になった。翌日の夜になってやっとシェアハウスに帰って来ることができた。 体の痛みは大分ましになったが頭はだるい。しかも疲れているせいか今日もまたミスを連発して、また怒鳴られて精神的にもボロボロだった。 フラフラしながら部屋に帰ろうとしたら、おれの部屋の前で誰か立っていた。 「冬夜?……」 顔を見たら一昨日の事を思い出す。 「えっと……あのさ……」 冬夜はおれに気が付くと何か言おうとしで口ごもった。 疲れが限界なのか頭がまったく回らない。絶望感でいっぱいになる。 「ど、どいて。お願いだから、今日は話はしたくない……」 何もかもが嫌で取り敢えず一人になりたかった。 「っちょ、待って……」 しかし、冬夜は諦めず部屋に入ろうとしたおれの腕を掴んで引き留める。 「っは、離せよ!」 腕を掴まれて、一昨日の事を思い出した。思わず腕を振りほどく。 大きな声を出したからか。そこに居合わせた他の住人がこちらに注目している。部屋からわざわざドアを開けて見に来た者もいた。 「こっちで話そう」 冬夜は気まずそうに周りを見て、おれの腕を掴むと部屋に連れ込む。一体何がしたいのか分からない。 しかし、自暴自棄な気持ちになっていたおれはそれを考える気にもなれなかった。 「何?何の用?」 「いや……昨日帰って来なかったから……どうしたのかと思って」 「仕事だった。何?何だよ。他になにか用か」 「いや、その……」 「何だよ。何がしたいんだよ。そうだ、あれだろ、どうせこの間の続きするんだろ?したければしろよ」 段々、何もかも面倒になってきてそう言い捨てる。冬夜はなにか困ったような顔をしている。そういえばこの間までしつこいくらいメッセージを送ってきたの、にこの二日間は何も送られてきていなかった。 でもそんな事どうでもいい、いっそのこと何もかも終わりにしてしまいたい。 「え?どうしたんだ?伊織。なんか変だぞ」 その言葉でブワリと視界が歪んだ。 「あ、あんな事しておいて変だってなんだよ!今さら普通に出来るわけないだろ」 おれはそう言うとへなへなと座り込む。頭に血が上って貧血を起こしたのか視界が一瞬暗くなった。 情けなくてボロボロ涙が出てきた。こんな事で泣くなんて情けなさすぎる。しかし、一度出てきてしまうと止まらなくなった。 「い、伊織。大丈夫か?」 「どうせおれなんて、なんの役にも立たたないし、何も出来ない。女装してるのだって馬鹿にしてるんだろ。もういい、みんなにばらせよ。おれが女装して楽しんでる変態だってみんなで嗤えばいい。もうどうでもいい……もう、死にたい……」 頭がぐちゃぐちゃで支離滅裂で思っていた事がボロボロ出てくる。それでも、それくらい限界だった。 「伊織……」 冬夜は俺の言葉に流石に顔色が変わった。近づこうと手を伸ばして迷ったようにひっこめる。 そして、少し間を置いて改まったように言った。 「ごめん……一昨日のこと……俺がどうかしてた。あんな事するつもりなかったんだ」 「っ……なんだよ、いまさら……」 脅して今まで好きなようにしていたのに、いまさら神妙に謝られても信じられない。 「そうだよな……分かってる、いまさら許して貰おうなんて思ってない……」 冬夜はそう言うと座り込んだおれの前に膝を付いた。なんだろうと思って待つ。冬夜は少し迷ったような素振りをして口を開いたが一間をおいてまた閉じてしまった。 「なんだよ……」 一体何がしたいのか分からい。しばらく待ったが、冬夜は黙ったまま俯いている。何故か少し顔が青い。 どうしようかと迷っていると冬夜が何かを決心したように口を開いた。 「この事は誰にも言った事なかったんだけど……」 「何?」 「俺、ゲイなんだ」

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