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第16話 タイプと好み
翌日の朝。目が覚めて、おれはしばらくぼんやりする。いつ眠ってしまったのか覚えていなかったのだ。
「あ……そうだ冬夜と……」
自分の体を見下ろして、ところどころにキスマーク残っていたことで色々思い出した。
何だか凄く甘い雰囲気になって何度もしてしまった。思い出して顔が真っ赤になる。
「でも、寝た時の記憶が無い……ってことは着替えとか後片付けは冬夜やってくれたのかな?」
着た記憶はないが、おれは部屋着をきちんと着ていた。ベッドのシーツも変えられていて汚れたところもない。思い至って、おれは頭を抱える。
「恥ずかし……」
恥ずかしさに蹲っていると、スマホになにか通知がきた。
メッセージは冬夜からだった。
内容は『おはよう。体は大丈夫?』という内容だった。それでまた顔から火が出るほど熱くなる。
本当に昨日は自分じゃないみたいだった。思い出すと心臓がバクバクしてくる。冬夜とのキスは本当に甘く感じて何度もしたいと思った。
今も、何度もしたせいか唇が少しヒリヒリする。体にも何度もした感触が残っていて、きっと見えないところにもキスマークがあるだろうと思うと、恥ずかしくて見られそうにない。
「あ!仕事……」
恥ずかしくて身悶えていたらいつの間にか時間が経っていた。仕事に出ないといけない時間だ。起き上がって慌てて着替え準備をし始める。
「ふう……なんとか遅刻しないですんだ……」
なんとか急いだおかげで間に合った。バタバタとシェアハウスを出たので冬夜とは会わなかった。
まあ、良かったかもしれない。今、会ったらどんな顔をしていいか分からなかったと思う。
また昨日の事を思い出して、顔が赤くなる。
その時、上司が怒った顔をしてオフィスに入ってきておれの名前を呼んだ。
「は、はい!」
上司はかなりの大声で怒鳴るように呼ぶので、思わず体が萎縮する。
「おい!どういうことだ!なんでこんな勝手なことをしたんだ!」
上司は手に持った書類を振り回しながらいきなり怒鳴る。その書類は上司に押し付けられた仕事の書類だった。
「え?な、なにか不備でもありましたか?」
「何かじゃないよ!なに余計なことしてくれたんだ!…………え?人事部長から呼び出し?」
上司が何か言おうとしたところで、電話で呼び出しがあった。人事からということのようだが、急に上司の顔色が変わる。
どうやら呼び出しがあったようで、何故か上司は顔を青くさせてオフィスから出ていった。
「なんだ……?」
一体何がなんだかわからない。
呆気にとられるしかなかったが、何があったかはその後に分かった。
なんと上司は会社のお金を横領して使い込んでいたらしい、しかもかなりの金額。
それが発覚したのだ。
発覚したのは、まさに上司に押し付けられたあの仕事が原因だった。元々あの仕事は上司がやる予定だったものだ。
その仕事をした時予算の部分で間違いがあっておれはそれを見つけて直してしまった。実はあれはわざと間違って作られていたようで、おれが直したことによりいつもと違う予算額に不審に思った上層部が調べて発覚したのだ。
なんで上司はおれに仕事を押し付けたのか分からない、忘れたのかおれが気付くことはないと思ったのかもしれない。
取り敢えず上司は当然クビ、しかも額が額なので警察騒ぎになった。
当然この後会社は大変な騒ぎになる。そして、また仕事が忙しくなってしまった。
「はぁ……疲れた……」
それから一週間。やっと仕事が一段落して、おれは明るいうちにシェアハウスに帰って来ることができた。
とは言え、仕事は大変だったが、悪い事ばかりではなかった。上司が会社をクビになったので、当然新しい上司が配属された。その上司は前の上司とは違い、感情的になって怒鳴ることもなく淡々と仕事をするタイプだった。
仕事の内容や量は変わらなかったが、頭ごなしに怒鳴るような上司じゃなくなったおかげで落ち着いて仕事が出来るようになったのだ。
そのお陰なのかミスも少なくなった気がする。しかも、前上司の不正を見つけたのがおれのお陰ということで金一封が出たのだ。
本当に少ない額ではあったが、臨時収入は嬉しかった。
「あ……冬夜からメッセージが来てる」
部屋に戻って部屋着に着替えていたらスマホが鳴った。
メッセージには『仕事お疲れ様、次の休みはいつになりそう?次の休みそっち行っていい?』と書かれていた。
「えっと……『今週の土日は休みです』と……」
そう返すとすぐに返信があった。
「もう返ってきた……『じゃあ、土曜日に行くね』か……っていうかスタンプが凄いな」
冬夜のメッセージには嬉しそうにしているキャラクターが何個も連続でつけられていて取り敢えず嬉しそうなのが伝わってくる。
おれは苦笑しながら「分かった」と返した。
冬夜とはあれから頻繁にメッセージのやり取りをしている。以前冬夜はもっとからかうようなメッセージやあってもゲームの話題をよく送ってきていた。
でも最近は朝の挨拶から始まり今日食べたものとか、今日あったいい事だとかを送り合うようになった。
なんだかくすぐったい気持ちになったが気分は悪くない。
「そういえば、会うのはあの日以来だな……」
忙しかったのもあって、冬夜とはシェアハウスですれ違うこともなかった。そう思うと、何だか少し緊張してきた。
「あ、そうだ。今日、ネットで買った服が届いたんだ。次、会う時これ着ようかな……」
この間、仕事のストレスで思わず買った女装用の服が今日届いていたのだ。因みに、受け取りはコンビニにしていてシェアハウスには届かないようにしている。
早速、開封していく。
「可愛いかも……」
買った時はストレス発散のためにしたので、ほとんど無意識だったため、あまり覚えてなかった。
取り出して、体にあてて鏡を見る。その服は可愛いシフォンのスカートで動くたびにひらひら揺れる。
「冬夜、これ見たらなんていうかな…………あれ?」
その時ふと気が付いた。
「……冬夜って、そう言えばゲイって言ってたから男が好きなんだよな?……よく考えたら、女の子の恰好なんて好みじゃないんじゃないか……?」
冬夜は今まで可愛い可愛いとおれに何度も言ってきていた。でも脅されていた時だし、どう考えても冬夜はからかって言っている。
おれは昔、女装をし始めた時。もしかしてホモなのかと少し悩んで色々調べてみた。
ネットで調べてみると、いわゆるそういう界隈には色々な人達がいることが分かった。
そもそもホモという言葉は差別用語になっていて同性が好きな人を総じてゲイと言っていたり、その中でも女装をする人や男の恰好のままの人もいる。
そして、女装の中でもゲイの人や、ただ単に女装が好きな人、完全に女性になりたい人。所謂トランスジェンダーと言われる人もいるらしいと知った。
他にも色々なタイプの人がいて千差万別で、取り敢えず女装していても完全に趣味の人もいるんだとホッとしたのを覚えている。
「でも冬夜はゲイで、女の子と付き合ったりしたのはバレないためだって言ってたよな……」
話しを聞くかぎりでは冬夜は男が好きな男で、同性愛者というやつっぽい。女装とかもしている訳ではなさそうだ。
「まあ、それも隠してるのかもしれないけど……」
整った顔だし、普通に似合いそうではある。
しかし、女の子が好きじゃないのなら女性の恰好なんて好きだとは思えない。
「そう言えば一般的なゲイの人ってどんな人が好きなんだろう……」
そう思いついて、早速ネットで調べてみる。
「え……」
一般的なゲイという言葉は何だか変な気がするが、適当な言葉でゲイの人気の容姿を調べる。目の前に現れた光景に思わず絶句してしまう。
そこにはおれとは全く正反対の容姿の男達が並んでいた。所謂、筋肉隆々だったり髭が生えていたり丸坊主だったり。なんだったらちょっとぽっちゃりしている人ばっかりで、男らしさの塊りだった。
思わず鏡に写った自分を見つめる。
相変わらず小柄で貧相な体をしている。しかも顔も平凡そのもののだし、情けないことに女性物の服が足元に落ちている。
「い、いや……でも、人によって好みの違いがあるし。みんながみんなこんな好みってわけじゃ……」
そう呟いたところで、ふと思い出した。そういえば冬夜はジムによく行っている。
運動が好きだからと言っていたが、他にも目的があったとしたら辻褄が合う。
ジムには大抵筋肉隆々な鍛えられた男の人がいるし、スタッフの人もみんな体格がいい人ばっかりだった。
それをこっそり見るためだとしたら納得できる。隠していたなら余計だ、運動するという目的があれば何も問題はないのだ。
「どうしよう……」
おれは女物の服を見つめて、途方にくれてしまった。
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