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第17話 迷い
「どうしよう……断っちゃった……」
思い悩んだ結果、おれは冬夜と土曜に会う約束をキャンセルしてしまった。
あれから、冬夜の好みの恰好について考えていたが、思考の迷路に嵌ってしまって全く結論が出い。
女物の服を着ていてもなんだか恥ずかしいし、しかしいつもの男物の服を着てもいまさらな感じで変だ。
それで悩んで悩んで思い詰めた結果、急に休みが入ってしまったと言って断ったのだ。
「変に思われてないかな……」
元々仕事が忙しくて今まで何度も断ってきたから大丈夫だと思うが気になる。
「でも、このままずっと会わないでいるのも変に思われる……」
時間稼ぎのつもりでキャンセルしたが、どうすればいいかなんて今後思い付きそうにない。
「本当にどうしよう……」
おれはスマホを握りしめて頭を抱えた。
——それから数日が経った。
「はぁ……」
あれから色々考えたが結局答えは出なかった。何も思い付かないのに時間ばかりが経って、段々焦ってくる。
冬夜とのメッセージのやり取りは、相変わらず続いている。幸いなことに冬夜の態度は変わっていない。
それでも『次いつ会える?』とさりげなく催促されたりする。
その度、スルーしたり、仕事が忙しい振りをしてしまう。何度もそうしていると罪悪感も感じる。
「そろそろ断り続けるのも苦しくなってきたよな……」
そう何度も断るわけにもいかない、限界はそろそろ近い。本当にどうするか決めないと。
「……体……鍛えてみようかな……」
以前、冬夜と行ったジムを思い出す。あの時は冬夜の弱みを探すためで本気で体を鍛える気はなかった。でも、本気で鍛えてみてもいいかもしれない。
それ以外何も思い付かなかったおれは、半分やけくそ気味にジムに通う事にした。
それから、さらに数日が経った。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
今日はジムに来ている。あれからすぐに入会して時間が許す限り通っている。
しかし、相変わらず、すぐ疲れて息切れするし、どの運動も上手く出来ない。
当然ながらそんなに早く鍛えられる訳もなく体格は変わらない。むしろ運動したせいなのか体重が減ってしまった。
「もっと食べられたらいいんだろうけど、そんなに食べられないからな……」
そこまで小食じゃないが平均より少ない。これだからいつまで経ってもひ弱なのだ。
仕事が忙しいときは昼食を抜いたりしていたので、胃が小さくなってしまったのも原因かも。
「今日はもう限界…………」
帰ろうかと思ったが、ふと冬夜の顔が頭に浮かんだ。
「いや、もうちょっと頑張ろう」
前はそんな事思わなかったのに、無性に顔が見たいと思った。でも、冬夜の前にこんな貧相な体を晒すのが怖い。
何度も見られているからいまさらなはずなのに、幻滅されたり軽蔑されたらと思うと体が震えるほど怖くなってしまった。
おれは。せめてもう少しだけ鍛えようと思って運動を再開させた。
「うぅ……ちょっとやりすぎたかも……」
おれはふらふらしながらシェアハウスに帰ってきた。あれからもう少し頑張ってみたが、少しやり過ぎたようだ。もうすでに全身筋肉痛になっている。
「でも明日は休みだし、今日は早く寝て明日もまた行こう……」
ヨロヨロしながら自分の部屋に戻る。
今日はもうふらふらだが、明日も頑張りたい。おれは部屋に入ると着替えもせずにそのまま眠ってしまった。
翌日——
「うう……」
朝、目が覚めた途端筋肉痛で全身に痛みが走った。げんなりしながらもなんとか起き上がりシャワーを浴びる。
少しスッキリしたので食事をとってジムにむかった。冬夜からはいつも通りメッセージが来た。それを返しつつ運動を続ける。
冬夜とのメッセージのやり取りは楽しい。メッセージには『おはよう。今日も仕事だよね、頑張って』と書かれていた。
今日は本当は休みだが、嘘を付いて仕事だと言ったのだ。チクチクと罪悪感を感じる。
それでも頑張れと言われて、少し励まされた。
「頑張ろう……」
おれはそう決意して体を鍛え始めた。
そう決意したものの、おれは数時間でため息を吐きながら、シェアハウスに帰ってきていた。
「はぁ……ほんと何しても上手くいかない……」
流石に連日、ジムに通っていて体に無理をさせ過ぎだったようだ。倒れそうになってジムのスタッフにやりすぎだと怒られてしまった。
それで、仕方なく帰ってきたのだ。
「もう、今日は何もやる気が起きない……大人しく休んでおこう」
確かに無理をしているのは感じていたし、それ以外やれそうな事はない。それに冬夜には仕事だと嘘を付いていたので部屋にいるとバレるのは不味い。静かにしておいた方がいい。
おれはコッソリ部屋に戻るとまた着替えもせずに寝てしまった。
それから数時間が経っただろうか、おれはスマホが鳴った音で目が覚めた。
「ん……なんだ?……え!」
ぼんやりとした頭でスマホを見ると、冬夜からメッセージが来ていた。
しかも何だかいつもと違った雰囲気だったのだ。
内容は『今日ジムに行ってたって本当?仕事じゃなかったのか?今から部屋に行くから』と書かれていた。どうやら嘘を付いたのがバレたみたいだ。
ジムは冬夜に教えて貰ったジムに通っている。見つかる危険はあったが、やはり知っているところの方が安心だったのと、冬夜が大体いつくらいにジムに通っているのか知っていたから避けられるだろうと思った。
「どうしよう……今から来るって……」
その言葉に一気に目が覚める。そして、それと同時にパニックに陥る。
「そうだ、服もどうしよう……」
いつもは女装していたが、今日もするべきなのか分からない。でも、男物の服は自分の貧相さを際立たせる気がして嫌だ、かと言って女装はもっと違う気がする。
「どうしよう……どうしよう……」
パニックになったおれは、取り敢えずウイッグを出して取り付け、女性物の服を取り出そうとした、その時ノックの音と共に冬夜の声がした。
「伊織!いるんだろ?!入るぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!ダメ!」
慌ててそう言ったがガチャリとドアが開いてしまった。帰ってきて疲れていて鍵をかけるのを忘れていたのだ。
おれは、慌ててベッドまで逃げてシーツを頭からかぶった。自分でもいまさらこんな事をしても仕方がないとは分かっているが、もう何も考えられないくらいパニックだった。
「やっぱりいた……何で嘘なんてついたんだ?俺、何かした?」
「っ……」
おれはシーツで顔を隠して縮こまった。何も言い返せない。冬夜は困ったようにため息を吐いてベッドに座った。
「……最近、また会えないなって思ったけど……なんで?俺、伊織に何か嫌な事した?」
「っ……違!……っ」
冬夜の声が悲しそうで思わず冬夜を見ると、表情も本当に悲しそうな顔をしていた。
そんな悲しい顔をさせるつもりなんてなかった。
そう思ったら、今度は涙がボロボロ出て来てしまった。
「え?ちょっ、伊織!どうしたんだ?なんで泣いて……っ」
「ごめん……違う……冬夜は悪くない……」
おれはやっとの事でそう言った。その間も涙は止まらない。
「じゃあ、なんで?」
「……っえっと……その……」
頭が混乱して上手く喋れなかったがしどろもどろになりつつ、こうなってしまった経緯を話す。
「ええ?そんな事で避けてたのか?」
「だって……おれ、ひ弱だし……恥ずかしくなって……」
改めて口に出すと本当に馬鹿みたいで、さらに恥ずかしくなる。
「そんなの気にする必要ないのに……」
「でも……冬夜は男らしい方が好きじゃないのか?」
「ああ……まあ、どっちかっていうと好きだけど。好きになった人が好みになるっていうじゃん。俺はどんなたくましい男より冬夜の方が見てて欲情する」
「っ……え?す、好きって……冬夜おれの事好きなの?」
いきなり真面目な顔をして、好きな人と言われ顔が真っ赤になる。その言葉に今度は冬夜が驚いた顔をした。
「気付いてなかったのか?」
「え?いや……だって……脅したり、からかってきたりしたから……」
そう言うと冬夜は苦笑する。
「あー……それはごめん……言い訳にしかならないけど、好きな子にかまって欲しくてあんな事したんだよ。小学生みたいでみっともないよな……」
「ほ、本当に……」
冬夜は呆れた顔をして脱力する。
「っていうか、あんなにぐちゃぐちゃになるまでセックスしたりキスしたのに……何で気が付かないんだよ。キスマーク付けたの覚えてるだろ?」
冬夜はそう言っておれの首筋を指で撫でる。
「あ!あれは……その……」
あの夜の事を言われてまた汗まで出てきた。
「っていうか、俺は付き合っているつもりだったんだけど……」
「ええ?!そ、そうだったの?でも付き合うとか好きとか聞いてないし……」
もごもごと言い訳をする。
「好きだよ」
「わわっ!え、えっと……」
冬夜が急に真面目な顔をして言うから慌てる。
「好きだ、好きだ……好きだ」
冬夜はそう言ってにじり寄ってきた。
「わ、分かった。分かったから……も、もう言わなくていい!」
俺は恥ずかしくなって顔をさらに真っ赤にさせて、近づいてくる冬夜を手を突っぱねて止める。
恥ずかしすぎて、さっきとは違ったパニックに襲われる。心臓がバクバクして痛いくらいだ。冬夜は突っぱねたおれの腕をあっさり掴んで逸らすと、さらに近づきキスをした。
「何回でも、伊織が分かるまで言うから」
「う……分かった!分かったから……」
「本当?」
冬夜は嬉しそうな表情になる。
「で、でもいつから?お、おれなんか……」
疑問に思って聞く。どう考えても、何もかも平均以下のおれを好きになる要素がない。しかも以前はほとんど喋った事がないのに。
「前も言った、落ち込んでる時に何も聞かずにお弁当分けてくれたって話覚えてるだろ?あの時」
「え?そんな前?」
「あの後にさ、一緒にお弁当食べたんだけど、そのお弁当が美味しくて、思わず『美味い』て言ったら伊織が自分の事みたいに嬉しそうに笑ったんだよ。あれで好きになった」
「え?そ、それだけ?」
「我ながらちょろいとは思うけど、気が付いたら好きになってた……」
冬夜は苦笑しつつ言った。
「ちょろいって……」
「あの時の伊織凄い可愛いって思ったんだ。それから、その時の事が忘れられなくなった」
冬夜が真っすぐな目で言った。そうして頬に優しく触れる。その触り方が優しくて思わず目線を逸らす。
「伊織……好きだよ……」
冬夜はそう言ってシーツをかぶっていたおれごと抱きしめる。
「わ、分かったって……」
冬夜の温もりが伝わってきて心地いい。恥ずかしかったけど、おれもシーツから手を出して抱きしめ返した。心臓が馬鹿みたいに高鳴って、冬夜に伝わっていないか心配になってしまう。
冬夜はさらに強く抱きしめ返してくれる。
「そうだ……さっき言ったこと本当?」
しばらくして冬夜が言った。
「え?なに?」
不思議に思って聞くと冬夜は笑いながら言う。
「服の事とか体格の事気にしてたんだろ?それって、俺の好みに合わせてくれようとしてくれたんだよな?」
「え?あ……それは……」
改めて言われて恥ずかしくなる。冬夜に好かれたくて嫌われたくなくて必死だったみたいに見える。
「伊織はどんな格好してても似合うと思うし可愛いよ。女の子の恰好とか俺は興味なかったのに伊織は凄く可愛いかったし」
「またそんな、可愛いって……」
「本当言うと、一番好きなのは何も着てない時だけどね……」
冬夜はそう言ってTシャツの下に手を入れ滑らせる。気が付いたらおれはベッドに押し倒されていた。
「うわ?!」
「脱がしていい?」
「あ、あの……えっと……」
急に艶めかしい雰囲気になって戸惑う。でも、もっと触って欲しいとも思った。
おれはもじもじしながら頷いた。
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