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第16話
「失礼します。食事をお持ちしました。」
いつものように沢が部屋に入ってくる。
あの出来事があってから、特に沢は俺のことを一切無視することに決めたようだった。
一のいない部屋で二人きりでいる時も、俺を全く見ようともせず、入ってから出ていくまで無言のまま。
初めはそんな沢に悲しみ、絶望したが、あんなふうに俺の足が折られるのを、ある意味手伝わされた格好になったのだから仕方ないと思い、俺も心の隅の方に沢のことを押しやっていた。
それでも…沢が立ち去った後に仄かに残る沢の残り香に、期せずして涙をこぼす事もあった。
「沢ぁ…寂しいよ…沢ぁ…」
どんなに一に愛されても俺の心は動かず、沢との日々に心は帰っていく。すでに家での立ち位置は変わり、俺はこの部屋から出ることなく1日を過ごす。
両親と食べていた食事も、一が仕事でいない日はこの部屋で一人で食べる。
あの暖かく希望に満ち溢れていた俺の生活は、Ω性と分かった途端に全てが崩れ去った。
「結局、俺は何だったんだろう?」
そんなことを考えながら、食べ物を突いていると、ふと視界にいつもはない白いものが入ってきた。
テーブルの下に手を伸ばして拾うとそれは、沢の持っていた布だと分かる。
鼻につけ匂いを嗅ぐ。
いつもの微かに匂うそれとは違い、全身を包まれているようなその強い匂いに、俺はフォークを投げ捨てると、足の痛むのも忘れてベッドに倒れ込んだ。
すぐに唾液で濡れた指が背中に回る。くちゅくちゅと音を立たせて本数を増やし、だんだんと激しい動きになっていくのが止まらない。
「はぁあ!沢ぁ…沢ぁ!!っと、もっと激しく…あぁあああっ!沢ぁ…奥に…奥にぃいい!沢ぁああああっ!!」
何度も沢の匂いで果て、眠った俺の手から布が落ちる。そっと開いた扉にも気が付かずに俺は久しぶりに幸福を感じて深い眠りについていた。
そっとかかるタオルケットと額に当たる唇。
「布はマットの下に…」
まるで夢のように優しい沢の声に眠ったままで頷いた。
パタンと閉まる扉の音に瞼が開く。今のは夢だったのか?
しかし身体にはなかったはずのタオルケット。額にはまだ少し唇の感触が残っている。
手を見て布がないことに気が付き、言われた通りにマット下に手を入れると、布が数枚出てきた。
全てから沢の匂いがする。
沢は俺をまだ見限ってはいない。
俺はまだ沢に愛されている。
嬉しさと幸せな気持ちが俺の身体中を駆け巡り、布をぎゅうっと胸に抱き締めた。
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