19 / 106
第19話
「失礼します。」
朝に昼に夜に沢はいつものようにそう言って食事の準備をしながら俺に視線を送る。
まだですか?
ため息と共に頷く俺にそっと視線を下げて、そのまま無言で部屋から出て行く。
そのがっかりした感じに俺は居た堪れなくて、ごめんと閉まった扉に向かって呟いて俯く。
俺も早く来てほしいんだ!
沢がこうやって毎日毎日強い匂いを撒き散らして部屋から出て行った後で、俺がどれだけの我慢をしているか…
沢のように嫌でも仕事という気持ちを他に向けられるもののない俺にとって、その事以外考える事のない俺にとってそれは本当に苦しく辛い時間で、なんで早くヒートが来てくれないのかと、自分の体を恨んだ。
一によっていいように変えられた俺の人生。俺自身の希望ひとつくらい叶えてくれよ…早くヒートになってくれ!!
自分の体を両腕で抱きしめ、俺は何度も願った。
それが一週間過ぎた頃、朝起きた俺の身体にすぐにそれとわかる異変が起きていた。
身体が熱くて熱くて、今まで我慢に我慢をし続けていた手が、下半身に伸びる。
ダメだ、もう少し…もう少しで沢が来る…だから…俺、我慢して!
触れそうになる手を腰をずらしてそれから逃げる。いつもは目が覚めるとすぐに来る沢はまだ来ない。
「沢ぁ…早くぅ…沢ぁ!!」
涙と涎を垂れ流し、扉のノブが回るのをじっと見つめる。
あれが回ったら、沢が俺をこの熱から解放してくれる!
沢との子供が作れる!
そしてついにその時が来た。
コンコン
ノックの音。
「沢ぁ!!早くぅ!!!」
扉に向かって叫ぶ。
バタンと勢いよく開いた扉の向こうに、食事を乗せたワゴンを押した沢が、あろう事かそれを振り回すように部屋に入れると、扉を壊しそうなほどに力を入れて閉め、ガチャっと鍵をかけた。
肩で荒い息をしつつ顔を下に向けたままで沢がゆっくりとベッドに近付く。着ていた物が床に落とされ、沢の足跡のよう。
「沢…沢…怖いよぉ…沢ぁ…」
そんなあまりにも鬼気迫る姿に、俺の体は恐怖で震えが止まらず、逃げる事も忘れてベッドの上で涙を流していた。
「私の…全様っ!!」
まるで獣のような顔に俺は我慢できず悲鳴を上げて抵抗していた。あんなにずっと待ち望んでいた沢との行為。なのに今俺の目に映るその姿は、いつもの優しい沢とは違い、まるで人ではない姿。
「嫌だ!!やめろぉ!!やめろぉーーーーー!!!」
叫び抵抗しながら口をついて出そうになるのは、助けを求めるのは…
「い…い…いちぃーーーーーー!!助けて!!助けて、一ぃいいいいいっ!!」
沢の手が止まり、俺の口をいつもは優しさの塊であるかのような手で無理矢理塞いだ。
「んんんっ!!い…っちーーーーーーー!!」
塞いでいる手を両手で外し、そのできた隙間から助けを呼ぶ。
愛しい。愛してる。
沢が俺に囁く言葉も俺にはまるで恐怖を煽る呪いのようで、嫌だ、やめてくれと沢の胸を拳で叩く。
それでも俺の抵抗を掻い潜るように沢の手が俺の下半身に伸びて、男を受け入れる体液の垂れた蕾に指を埋めていく。
いつもなら気持ちよくて、沢の指を欲しがる身体が、それを嫌だと排除したいと脳と心に信号を送る。
「やめっ!!やだぁ!!沢ぁ…
やめてよぉ!!」
腕を突っぱね、沢の体を離そうとするが、逆に沢がその手ごと抱き寄せて俺の腰に自分の腰をくっつけてきた。
ぞくっと身震いする身体。
あれほど欲しかった沢のその先端が俺の腹に侵入してきた。
瞬間俺は絶叫していた。
「やめろーーーーーーーーっ!!一!いちぃーーーーーーーーーっ!!!助けて、助けてよぉ!いちぃいいいいいいっ!!!」
ガチャっと鍵の開く音。
静かに開く扉。
「呼んだか?」
いないはずの一がそこに立って俺達を静かに冷めた目で眺めていた。
ともだちにシェアしよう!