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第23話
「全、どうした?」
いつの間に起きていたのか、一が俺の顔をじっと見つめている。
「何でもないっ!」
腕で涙を拭い、一に背を向けるように寝返りを打つ。
後ろで深くて大きなため息が聞こえた。
「いつもの全だな…」
そう呟く一の言葉で、再び昨夜の痴態を思い出す。
やめろ!やめてくれ!あれは俺じゃないんだ!あんな…あんな…嫌だ!もういっそ、どこかに隠れてしまいたい!
頭をぶんぶん振って、自分の頭の中で繰り返される自分の痴態を追い出す。
「おい、大丈夫か?」
一が驚いたように俺の肩を掴んで自分の方に顔を向けさせる。
「あぁ…そうか…覚えていたんだな…」
俺の真っ赤になった顔を見てすぐに全てを察した一が俺の唇を奪う。
「やめっ!」
一の胸を腕で突っぱねる俺に一がニヤリと笑った。
あ…と思った瞬間、掴まれた手首がボキッと音を立てた。
「あ…あ…あああああああああああっ!」
悲鳴が口を突いて出る。それを一の唇が覆いながら、まだだろう?ともう片方の手首にも力が入れられる。
「いっ!やぁああああああああっ!」
泣き叫ぶ俺の顔を舌で舐めると、今度は足首に手が伸びた。
「やだ!許して!一ぃ!やめて…やめぇ…ぅあああああああああっ!」
治り切る直前の足首が再び悲鳴を上げ、俺はすでに意識の薄れていきそうになる中、謝罪の言葉を繰り返す。
「ごめん…っさい!ごめんなさい!許して!ごめんなさい!やめっ!ぁああああああああああっ!」
一は俺の謝罪を聞きながら、ダメだよと言って足首に手をかけた。
部屋の中に俺の嗚咽の声だけが聞こえる。一は扉を開けて外に向かって誰かを呼んでいた。
痛みで失いそうになっている意識を、何とか手繰り寄せ、痛みに耐えながら俺は俺の望みを果たすべく、医者の来るのを待った。
しばらくしてバタバタと走る足音が聞こえてきた。
一は俺をベッドに残して、椅子に座ってじっと震えて泣き続けている俺を見つめている。
扉をノックする音に、入れと言うとバタンと扉が開き、昨夜の医者と数人の看護師が駆け込んでベッドの上の俺を見て息を呑んだ。
「一様っ!これは一体?」
「仕置きだ…治療を…」
「前回、善処するとお約束して下さったじゃないですか?!」
あぁと思い出すように天を見ながら一が医者の睨みつける視線から目を逸らす。
「昨夜の仕置きだ。俺としてはこれじゃあ足りないくらいなんだがな…これでもお前がそう言うから、我慢したんだ。いいから、さっさと治療しろ!」
はぁと大きなため息が聞こえ、医者が俺の手をそっと持ち上げた。
「っつう!」
大きな声が出る。
「折れています。手首も足首も…しばらくは絶対安静です。よろしいですね?一様。」
そう言って、一緒に来た看護師に俺の手当てをさせる。
俺は一の気が他に行っている時を狙って、医者に子を流すことを相談したいのだが、なかなかその機会が訪れない。
やきもきしながら、時間だけが過ぎていった。
「また、診察に参ります。どうかお大事に…」
全ての治療を終え、ついに医者はそう言って扉から出て行こうとした。
待って!
「おい、待て!」
俺の心の声と被るように一が医者を引き止めた。
「何ですか?」
握っていたノブはそのままで顔だけこちらに向ける。
「子は出来てるか?」
「え?!」
一の質問に声が詰まる。
「Ωの妊娠は次の日にはわかるんだよな?分かるか?全に子供がいるか、この場で分かるか?」
マズい!子供がいることがバレたら子を流せなくなってしまう。
近付く医者に首を振って嫌だと抵抗する。
「出来ていない!子供なんか出来ていない!来るな!来るなぁ!」
そんな風にすれば、すぐに不審がられると分かっていても、ともかく焦って、必死で、俺は動かせない四肢を必死に動かして一と医者から逃げようとした。
「全様!おやめ下さい!」
そんな俺を見た医者が真っ青な顔で俺を止めようとするが、その手を嫌がって俺は体をバタつかせた。
「全!もういい!おい、本人には分かるのか?」
一が椅子を転がすように勢いよく立ち上がると、ベッドに近付きながら医者に聞く。
「はい。この様子ですとすでに実感していらっしゃるかと。」
「そうか…おい、点滴と例のモノの準備だ!分かっただろう?あれくらいしなかったら、全も子供も無事ではすまないって事が…いいか?すぐに準備に入れ!」
「私は今でもこのような妊娠を良しとはしません…しかし、お二人の命を守る為、お手伝いさせて頂きます。それでは後ほど…」
そう言って部屋を出て行こうとする医者に向かって俺は叫び続けていた。
「いらない!産みたくなんてない!流して!この子を流してぇ!!」
「全っ!?」
一が俺の口を手で塞ぐ。
「やめろっ!全!やめろ!」
俺を威嚇するように一が大声を出す。
そんな一の後ろから医者の声が聞こえた。
「全様!私はこの家の主治医。どんなに私の意にそぐわない妊娠でも、この家の後継者としてあなたのお腹に宿った命。私にはそれを守るという使命があります。どうか、そのような物騒な事を考えることはせず、落ち着いて子を無事に産む事だけをお考え下さい。どうか…。それでは準備が出来次第参ります。失礼致します。」
そう言って看護師を伴い、医者は部屋を出て行った。
俺は最後の砦だった医者に子を流すことを拒否され絶望していた。
流れる涙をそのままに、ただ嗚咽を上げ続けていた。
「全…お前っ!」
一の手が俺の手首を握る。
「ひぃいああああああああああっ!」
絶叫を聞きながら一がもう片方の手首を握った手にも力を入れる。
「くぅうああああああああああっ!!」
痛みにばたつく体。しかしそれは痛みを増幅させるだけ。それでもそうしなければいられないほどの痛みと希望の全て無くなった心が苦しみ、悲痛な声も止まらない。
「あぁぁああああああああっ!!」
「いいか?お前の腹の子は俺の子だ!それを流すなんて俺は絶対にゆるさねぇ!いいか?お前をこれからこの子供を産むまで拘束する。全ての自由も何もかも奪い、子供を産ます!」
拘束という言葉に恐怖を覚え、拒否と抵抗を繰り返すも、すでに体の自由の大半が奪われている身を思い出し、段々と落ち着いていく。
「なぁ、俺だってお前にこんな風に痛い思いや辛い思いをさせたいわけじゃないんだ。だがな、お前が自分を傷つける可能性がある以上、俺はそれを断固阻止する。なぜだか分かるか?お前を愛しているからだ。なぁ、分かるだろう?お前を愛しているから、お前を守りたいからお前を拘束する…分かってくれるよな?全。」
そう言ってなだめるように優しく一は泣きじゃくる俺の頭を撫でた。
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