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第30話
一と沢の間で揺れ動く気持ち。
腹の中でいつの間にかその鼓動を大きくしていく子への想い。
一と番となったあの日から一度も会っていない両親への情。
もし、一が俺のΩ性に気付かなかったとしても、俺がαでない事がこのままずっとバレないわけがないと今では理解している。現に、俺がヒートを隠した状態で結ぼうとしていた契約で、この家にとんでもない損害を与えるところだった。俺は自分なら大丈夫だと過信して、それをヒートが終わった後に読み返すこともしなかった。一が気がついていなかったらと思うと、さすがにゾッとする。
結局、一のα性を俺がこの身体で買ったというのに、今やそんな事も一のこれまでの言動も全て忘れ去ったように、この家にはまるで俺は初めからいないかのように、一がこの家の後継者として扱われていた。
俺の両親はどちらもαの政略結婚。俺も何事もなければそうやって結婚して相手に子を産ませていたはずだった。
俺は何でΩなのだろうか?両親共にαの血筋。Ωが生まれたと聞いた事はない…だが、自分が当事者となってみて初めて疑惑が心に浮かぶ。
本当にΩはいなかったのか?
俺のようにいないものとして隠されていたのではないか?
今まで父さんの後継者として出会ってきた人々。俺の事をもう忘れ去ったのだろうか?それとも…このような事はありふれた事なのだろうか?自分の家のような、ある程度の力や富を持つ家にとって、Ωがいるという事は不利な事実。それは暗黙の了解として皆が分かっているから口をつぐむ。結局はそうやって家名を守り、自分達のα性という特別な地位を守り続けてきたのだろう。
ならば、その者達は一体どのような一生を過ごすのだろうか?
俺のように兄弟というのはないにしても、従兄弟や親戚などのαと番となり、その子供を産んだりするのだろうか?それとも、自分の家名や全てを隠してどこかの見知らぬαと番に…いや、番になれるとは限らないか。α相手の売春…そんな店もあると聞いた。俺だって、こうやって一が無理矢理に俺を番としなければ、もしかしたら…
眠れない夜。
思考はどんどん深い闇に引っ張られるように負の感情に支配されていく。
それを振り切るようにぶんぶんと頭を振ると、一の手が俺の頭を抱えて自分の胸に抱き寄せた。
「俺がお前の悪夢も不安も心配も全て吸い取ってやる…いらねぇ事を考える暇もないくらいにな…」
そう言うと、俺の口に一の舌がぬるっと入って、俺の舌を絡めとって吸い込む。
「んん!んんん!」
苦しさと痛みが俺の中で快楽に変わり、手がシーツを掴む。
「それはこっちを掴めよ。」
一の手が俺の手を掴むと自分の首に回した。
「いくら爪を立ててもいいぞ。お前が与えてくれるモノなら痛みすらも愛おしい。」
そう言って俺の手を掴むと握ったままで顔だけ下げていく。
「ひちっ!ひゃだ!もう…ひゃめっ!くぅ…っん…ひち…もう…むり…ぃいっ!」
今夜もすでに何度も一によってカラカラにさせられた身体は、それでも一の口の中で出したいと俺を苛む。
「いひゃい!ひち、もうひゃっ…ぁああああああっ!ひちぃ!ひちぃいいいいいいっ!」
それでも一は俺への刺激を止めることはなく、ついに腰がびくびくと痙攣するが、それは快楽を放つ行為ではなく、痛みが再び俺を快楽の深みに引っ張り込む。
いくら嫌だと言っても身体は萎えることなく腰を動かしもっともっととねだる。
それでも心を占めるのは沢への想い。あと少し我慢すれば、沢が俺をここから逃がしてくれる。沢が俺を番にしてくれる。そう想像することで俺は今をじっと耐え続けていた。
そうやって沢を想って抱かれる俺に、ついに一は後継者としての力を使い、俺の心を自分だけのモノとするべく、一が腕を広げて待つ穴の淵に立っている俺の背中をトンと押した。
「全、お前に話がある。先ほど廊下で沢と話した。お前を連れてここを出て行くか、それともここで一生執事としての仕事を確保するか、どちらかを取れと聞いた。沢は瞬時にお前ではなくここでの仕事を選んだ。その代わり、お前にはもう会わせないと言うと沢はこの家の当主の執事となれればいいと答えた。そう言うことで沢はもうここには来ない。そして、これは良い報告だ!ようやく準備ができたんだ、全。これからはどこに行くにもお前を連れて行く。檻に入れ、首輪と拘束具をつけたままのお前を俺はいつでも愛せるわけだ…お前もこんな部屋で一人じゃ寂しいもんな?これからは沢も来ないし。全、俺だけがお前の全てだ。お前には他に誰もいない。いいか?皆、お前が足手纏いでこの家にとっても不要な存在だ。俺だけだ…分かるか?俺だけがお前を必要とし、お前を守り、お前を愛す存在だと言うことをこの身体に、このうなじの噛み跡に刻み込むんだ。あぁ、なんだ泣いているのか?そうか、泣くほど嬉しいのか、全。良い子の全には俺からご褒美をあげような…まださっき抜いたばかりだからこのままいけるよな?ちょっとキツ…いのは、全にとっては気持ち良い…だろ?あぁ、お前の中、熱くて溶けそうだ…全っ!全っ!」
腰を動かす一から言われた話が、初め俺には何を言っているのか分からなくて、それでもようやくその意味を理解した俺の目から自然と涙がこぼれ出る。
もう沢には会えない。沢は俺じゃなくて仕事をとった、生活をとった。父さん達にとって俺は邪魔な存在、いらない存在の俺。父さんと母さんの笑顔はΩの俺には向けられない。沢に必要なのは運命の番としての俺じゃなくて、仕事を確保するためのカードとしての俺。
一によって激しく揺さぶられながら、俺は頭の中でずっと同じ事をぐるぐると考え続けていたが、段々と一の腰が奥を抉り、激しさに脳が揺さぶられ、負の感情を快楽の波が身体の外に押し流して行く。
「ひちぃ!もっと、もっと!俺にひちを…ひちをひょーだい!」
煽る俺に一がニヤリと笑い握っていた手を離した。
「全、俺の手を取れ!俺の手を取って俺を求めろ!そうしたら俺の一生をお前にやる。俺は、父さんや母さんや沢のように絶対に握られたお前の手を離しはしない。俺の手を握るんだ、全!もっと気持ち良くなりたいだろう?全、握れ!」
躊躇うように拳を強く握っていた手がゆっくりと開き、そうして俺はついに一の手を掴み取って強く握った。
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