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第31話

一の手を握ったものの折れてる手首の痛みに力が入らずに、一の手から離れそうになった俺の手を一の手が力を込めて握った。 「くぅっ!」 痛みに声が漏れる。 「俺は離さねぇって言っただろ?!お前が掴んだ俺の手…どんなに痛がっても俺は握り続ける…!」 そう言って一層力を込める一の手に折れた手首がミシッと軋んだ。 「くぅああああああっ!」 「いい声だ…全。痛みに歪む顔、悲鳴…そしてそれすらも快楽に変える身体…最高だよ、全。」 一の言う通り、手首の痛みに俺の身体は昂り、一の激しく動かす腰を煽るように俺の中が畝る。 「全の中が俺を受け入れてくれる…俺をいくらでもお前の中で大きくしていく。幸せだよ…全が俺のモノになった…こんな幸せを俺に与えてくれてありがとう…全、愛してる!」 「ひちぃ!こひぇとってぇ!口の…ひちぃ!」 「どうした?」 「ひゃんとひゃべりたいから…俺、もうこれひゃだぁ!!」 口がずっと開いたままで、涎を出しっぱなしの俺を見て一が笑った。 「俺はこの全も可愛いと思うけどな…それに…ごめんな、全。俺はすごく臆病なんだ。お前が俺を選んでくれた今でも、その心には沢がいるんじゃないかって思ってしまうんだよ。だからさ…お前がこの子を無事に産むまではこのままでいてくれないか?」 「ひちの…ばか。俺がお前を選んひゃんだから、もっひょ、自信もへよ…」 心が素直に一を受け入れていく。自分達が双子という周囲が受け入れられない存在という事実もまた、俺の心を一に寄り添わせていく。 もう俺にはこいつしかいないんだ。 一しか、俺を本当に愛して守って、その笑顔を向けてくれるやつは、他にはいないんだ…。 「全、俺はもっともっと全を愛すよ。ずっとこうやって全が幸せな顔をしてくれるように…俺は全を愛す。」 「こひぇ以上愛されたら、俺はもう…」 回らない口が止まる。 「沢…?」 「え?!」 「沢…やめろ!」 杖を振り上げた沢が俺を見て微笑み、それを一気に振り下ろした。 「ぐぅああああああっ!」 一の絶叫が部屋に響く。 「ひちぃ!やだ!!ひちぃいいいいい!!」 何度も振り下ろされる杖と俺の顔に落ちる赤い血。 一の目はそれでも俺を優しく見つめ、抱いたまま。 「どいへー!ひち、にへてぇええええ!」 「お前を…全を置いて…逃げられ…っかよ!」 一が俺と唇を合わせる。 ガンという衝撃に一の唇が離れ、一の顔が俺の横に転がった。 「全様!!」 沢の俺を呼ぶ声と引っ張られる腕。 「くぅうううっ!!」 折れた手首が悲鳴を上げ、声が出た。 「すみません!!」 沢が手を離す。 掴んだ俺の手を、沢は離した。 「っがう!違う!!違うっ!!!」 「全様…?」 俺の上で細い呼吸を繰り返す一の頭を抱く。 「ひちなら離さない!ひちなら、俺がどんなに叫んでも、離さないっ!!!」 「…ぁあ…全…俺は…離さねぇ…よ…」 再びの衝撃。 一の頭が大きく揺れ、ついに動かなくなった。 「ひちぃいいいいいいいいいっ!!!!!」 「離さないなら、私が離させて差し上げますよ、一様。」 どんと一の体を横へ押しやった沢が俺の上に跨った。 「ひゃだ!!ひゃだ!!」 パチンと口の枷が取れる。 「全様、お迎えにあがりました…私の全様…」 「一を返せ!!沢!お前の主人に、この家の後継者たる一にお前は!」 「全、今もお前がこの家の後継者だ。」 思いもかけない声に心臓が揺れる。 「と…うさん?」 「一はお前を騙して私達から遠ざけ、この家もお前も全て自分の思い通りにしようとした。一が私達を殺すか、私達が一を殺すか、どちらが早く事を起こすかという状況だったんだ。分かるか?一はお前を騙して自分のモノにしていたんだ。」 「沢は俺より仕事を選んだって…」 「嘘です!!私が全様以外の物を選ぶなんて!確かに廊下で仕事を確保するから全様のことは諦めろと言われましたが、私は首を振りました。今ここでクビになっても、全様のことは諦めませんとはっきりと宣言しました。」 「嘘だ…だって一は俺にはもう誰もいないって…父さん達も俺が邪魔だって…だから…だから、俺…」 父さんが近付き、沢が俺の体からどいて布をかけた。 「お前が邪魔だなんて、そんなこと思うわけないだろう?!お前がΩだろうと私の大事な息子で、この家の後継者であることに代わりはないんだからな。」 そう言って、俺の頭に手を置くと微笑んだ。 「父さん…」 自然と嗚咽が漏れ、今までの一への気持ちが心から消えていく。 俺は必要とされていた。俺は愛されていた。 ベッドの下で転がっている一を見る。 先程まで感じていた感情が嘘のように冷めた目でそれを眺める。 「あぁ、それはさっさと片さないとな。おい、沢。お前もだ…手伝え!」 「はい。」 沢の父親である父さんの執事も俺の部屋に入り、二人で一の体に手をかけた瞬間だった。いきなり一の体が動き、二人の体を押し倒すと、俺の横にいる父さんの体に自分の体をぶつけ、俺の体を守るように立ち塞がった。 「全!惑わされるな!!」 「一っ!!」 父さんの怒号。 沢達が一の体に向かって自分達の体をぶつける。 それをかわした一が俺の手を掴んだ。 「いいか?この手を離さないって俺は言った。お前がどんなに苦しんでも痛みにのたうちまわっても、俺はお前の手を離さない!」 ズクンと腰が疼く。 体の中から熱くなっていくのを感じる。運命の番である沢とでも感じたことのない衝動。 欲しい!! 一が欲しい!! 心の奥から一に伸びる手。 ガシッと掴まれてその痛みに悲鳴が出る。 「うぁああああああああっ!!」 一の手は俺の声を聞いて一層力を込めて握る。 「全!俺を選ぶんだな?全!!」 「一!!俺の手を離さないで!一!!」 沢が再び杖を振り上げる。それを見た俺の身体はとっさに一の前に出ていた。 ガンという衝撃と俺を呼ぶ一の声。杖を落として駆け寄る沢を一が落ちた杖を拾い上げて、その顔を殴りつけた。 倒れる沢に一が杖を振り下ろす。 シーツが赤く染まっていく。皆の声が遠くに聞こえ、一の手が俺を抱き上げた。一の手が俺の手を力強く握り、部屋を出ていく。カチャッと鍵が閉まり、中から扉を叩く音が聞こえる。一を眩しそうに見上げると、寝ていろとでも言うように瞼に唇が当たる。 一の腕に抱かれて俺は痛みと幸せを感じながら深い眠りについた。

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