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第33話

目を覚ますと、遠くで沖の声が聞こえる。一様聞いてますか?と一に何か言っているようだが、体がだるく眠たくて瞼が俺の意に反して落ちてくる。 「沖、一はどこ?」 呟くような声で問いかけた俺に、沖の声に被せるように一の声が聞こえた。 「いるよ!全!俺はここにいる!!」 「ああ!もう、動かないで下さい!全様、少々お待ちくださいますか?今そちらに一様を連れて…って、ですから動いたら時間がその分余計にかかるんです!全様の元に早く行かれたいのであれば、静かにおとなしくなさっていて下さい!」 一にそう言って黙らすと、沖が軽やかに動く音が聞こえてきた。 しばらくして沖の音が止み、どうぞという声と共にバタバタと一の足音が近付き、仰向けに寝かされている俺の顔を覗き込んだ。 「全、大丈夫か?!ごめんな、俺が無理させすぎたせいで…」 何のことだかわからず、一の顔に手をやる。 「一、どうしたの?…ただ、俺すごく眠くて…一と…いっぱい話…したい…のに…ごめ…ん…」 深い闇の底から無数の手が伸びて、俺の意識は現実から切り離された。 遠くに霞んでいく一の声も聞こえなくなり、俺は一人道を歩く。 明るくも暗くもない、周囲にも何もない…それなのに寂しくも悲しくもなく、孤独も感じない。 道はただ一本、どこまでも続いてて先が見えない。何を考える事もなく俺はその道を歩き続ける。 そしていきなり道が二股に分かれた。 その間に置かれた柱。 上から見下ろす視線に顔を上げるとなぜか沖が座って俺を見下ろしていた。 「全様、あなたの道はここで二つに分かれます。どちらも幸福に続くとは言い難い道。それでもあなたはどちらかを選択しなければなりません。まぁ、私のように高い所から見られればどちらに行きたいかすぐに決断もできましょうが…。さて、全様?どちらの道にその足で踏み出されますか?」 くすくすと笑いながら柱の上から俺の行く道を眺める沖。 「俺は…分からない。どっちの道も俺にとって辛い道ならば、俺はいっそここに留まるよ。もう、辛い思いはしたくない。」 「なるほど、それもまた一理…ですがそれではいつになってもここから出ることはできませんよ?あなたを待つ一様にも会えないまま。」 困りましたねとでも言うように目尻に人差し指を置いて考える仕草をするが、顔は面白そうに俺を見つめる。 「俺はもう傷つきたくない。裏切られるのも、期待外れだとがっかりされるのも嫌なんだ…もう、俺の心を騒がす全てのモノから俺は離れたい…!」 はぁと沖がため息をついて、ふわっとたんぽぽの綿毛のように俺の目の前に舞い降りた。 「何?」 少し後ろに後ずさる俺の腕を握って自分の方に引き寄せる。 「危ないですよ?後ろはもう…」 「え?!」 言われて後ろを振り向くと、歩いてきた道がバラバラと崩れ、ほんの数歩下がれば道と一緒に俺の身体も奈落の底に落ちていた。 「もう時間がないんです。あなたは今すぐにどちらに進むか決めなくてはなりません。ここに座り込んで道と一緒に奈落に落ちれば、そこはあなたにとって救いのない地獄のような道。そんな人生をあなたは歩きたいのですか?それが嫌なら今すぐに立ち上がって、どちらかの道に一歩踏み出して下さい。後ろは振り向かないで!さあ、早く!!」 俺は頭を振って沖に向かって叫んだ。 「分からない!!俺はどっちへ行けばいいのか分からない!!教えてくれよ、沖!!俺はどっちへ行けばいい?」 先ほどよりも大きなため息をついて、再びふわりと柱の上に立つと手を額に当てて遠くを見る。 「最大級のヒントを差し上げます。あなたは一様とあなたの中に宿る新しい命達とどちらが大事ですか?」 「どっちも大事だ!どちらかなんて決められない!!」 「それではダメです。選べるのはただ一本…右か左か…さあ、奈落の底に落ちたくなければ今すぐにその足を踏み出して下さい!私ももう行かなければなりません…それでは全様。あなたが間違えのない道を選ばれますようお祈りしております。失礼!」 「待って!沖!!」 手を伸ばした先で沖の体が消えた。 後ろから迫ってくるバラバラと道の崩れる音。 「どっちって…どっちって言われたって…あぁ!!!」 吸い込まれそうになる気配を感じて、俺は足を踏み出した。

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