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第34話
「全っ!!全っ!!」
「ぁああああっ!!!…はぁ、はぁ、はぁ!」
俺を呼ぶ一と自分の叫び声に驚き目を覚まし、がばっと体を起こす。
荒い呼吸をしながら、ボタボタと涙がこぼれ落ちた。
「全、どうした?!」
まだ、あやふやな感覚でいる俺の顔を一の手が頬を挟んで自分の方に向けた。
「い…ち…?…っつう!!」
突然の後頭部の激痛に頭を抱えるとぬるっと手に違和感。
手を見ると、一がそれを引ったくるようにして自分の方に引っ張り、扉に向かって叫んだ。
「沖!!全の傷口が開いた!!」
静かに開く扉。入ってきた沖は俺に微笑むと、おはようございますと一礼して、こちらに近付く。
「一様、大丈夫ですよ。開いてはいません。」
そう言うと、少し沁みますよと言って俺の後頭部に消毒液の匂いのする濡れたガーゼを押し当てて、血で染まった包帯と変えていく。
俺は痛みを我慢しながら、一の話を聞いていた。
「俺も見ればわかる通りの包帯だらけ。お前も沢の一撃を後頭部に受けて、麻酔を打って縫ったんだ。それなのに、俺が我慢できなくて…」
「そうですよ!全様も一様も、特に一様は診た私が驚く程の大怪我。絶対安静だとキツく言ったはずなのに、扉を開けたら血の匂いで充満している部屋にゾッとしましたよ。」
そう言って、はい、終わりましたと沖がベッドから離れる。
「診た?」
「あぁ、沖は医者でもあるんだ…あの医者も家にいたはずだからな…さすがに逃げていてくれたらとは思うが…」
最後の言葉を口の中でつぶやくように言う一に大丈夫?と声をかける。
「あ?あぁ、大丈夫だ。俺はお前を選んだ。他のモノ全てを犠牲にする覚悟でお前だけを選んだ。だから、振り向かない…んじゃなくて振り向けないな。今更振り向いたってもう状況は何も変わらない。振り向けばそれに心囚われる。それらを思えば心がザワつく…だから振り向けない…俺は弱い人間だな…」
「一は弱くない!俺だって、どっちを選ぶって聞かれて…どっちを…俺はどっちを選んだんだろう?」
頭が夢と現実の狭間で行ったり来たりしているような感覚にふわっと微笑む沖の顔が重なり、自分の居場所がわからなくなる。
「一、俺は今どこにいるんだろう?俺は、誰を選んだんだろう?沖、俺は間違えていないかな?」
「私にそれを尋ねられるのですか?」
沖の困ったような優しい声が俺の耳の遥か遠くで聞こえる。ふわふわとした感覚が俺の身体中を襲い、自分の体がまるで雲の上にでもいるよう。
「全!大丈夫か?全っ!」
「一様、大声は全様の体にも一様の体にも障ります。どうかお静かに。全様失礼します…あぁ、貧血を起こしていらっしゃるようですね。こちらを足の下に…一様、いつまで全様を抱いていらっしゃる気ですか?」
まるで噛み付かんばかりの一の声が聞こえ、俺の体をキツく抱き寄せる。
「全は俺のだ!一生ずっと抱きしめて愛して、だから…俺が…全を…沖…何を…し…た?」
一の声がだんだん小さくなり、俺を抱く手の力が抜けていく。
「お二人共、少しお休みの時間が必要だと私が判断して少し眠くなるお薬を…ってもう、お二人共聞こえてはいないようですね。さぁ、全様も一様も暫くはゆっくりとお休み下さい…全様、あなたの決断に間違えはないのです。だってあなたが選んだそれしかあなたの道はないのですから。あちらもこちらも全ては一本の道。結局辿り着く先は…死、なのですから。」
そう言うと沖は静かに一礼して扉を閉めた。
そう、全ては死に繋がる道。選んでも選ばなくても、全て同じ死に繋がる道。
沖の言葉がだんだんと俺の頭の中から消えていく。
ゆっくりと堕ちていく奈落の底。
踏み出したはずの道は俺をどこに連れて行くんだろう?
暗く深い睡魔が俺を包みこみ、俺は静かに全ての意識を閉じた。
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