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第36話

「おい!一体いつまでこのままなんだ?!」 一の大きな声が聞こえる。 「起きられないほどに全様がお辛い状況とお考えにはなれませんか?」 ぐっと一の声が詰まる。 「全様は一様とは違ってΩなのです。貴方様が容易に出来ることも全様にはお出来にはならないのですよ。さあ、元気な一様は全様とお産まれになるお子様の為に、ガンガンお稼ぎ下さい。」 おい!沖! 怒鳴り声がバタンと言う音共に消え、部屋に静寂が戻る。 コツコツコツ 静かな靴音が近付き、カチャカチャと音が聞こえてくる。 「…全様、そろそろお起きになっていらっしゃいますよね?」 「…沖…おはよう…でも、どうせまた寝かされるんだろう?」 薄く開いた目に映る沖の手に握られている注射器。 抵抗も出来ぬほどに重たい身体。 「ええ。全様には…」 「お休みが必要…だろ?」 目を瞑っても沖の微笑みながら近付いて来る顔が思い浮かぶ。 「そうですね…でも今日は趣向を変えましょう…全様に会いにきている方もいますしね…」 俺に会いにきている? 沖に問う間もなくチクッといつもの痛み。 しかし、いつもの混沌とした渦に引っ張られる感覚はいつまで経っても襲っては来ない。 その代わりに… 「っつい…熱い…身体が…焼ける…沖…何…を…?」 「やはりΩの方はお弱い…この程度の媚薬にもすぐに反応なさるのですね?」 「びや…くって!おま…え…何をす…るつも…り…?」 目を開けたくても瞼は重く、手も足も鉛のよう。 捩る体の中心で、そそり勃っていくモノを隠したくても隠すことはできず、自分がどれだけ欲情しているのか、それを沖の眼前に晒している事への羞恥。 「や…だ…沖…やめろ…!」 そっと顔に触れる手。 ふわっと匂う懐かしい香りにまさか?!と、瞼を全身の力を振り絞って開いた。 「嘘…嘘だ!!お前…嘘だろう?!」 「全様…私の運命の番…地獄の炎の中から貴方の元に今、戻ってきました。」 「沢!?本当に、沢なのか?!」 動かせない腕を動かそうとする俺に気が付いた沢の手が俺の手を握って自分の顔に当てる。 「夢でも幻でもありませんよ…全様。」 掌に唇が当たりベッドに押し付けられる。 二人の唇が合わさり、沢の匂いが俺の心を一の元から奪い去っていく。 「沢!沢ぁ!!」 離れる唇をせがむ俺に、沖がぬっと顔を出した。 「全様、これから私達は貴方様に非道を致します。しかしそれが貴方のため…いいえ、世の中の倫理を保つ為…貴方のお腹にはもう一様との命は、ありません…」 「え?!」 言われてお腹に意識を向けるが、そこにあるのは空洞。感じていた重さも暖かさも無くなっていた。 「どうし…て…?俺の赤ちゃん!!いない!!何で?!」 沢の手が俺の頭を優しく撫でる。 「大丈夫ですよ、全様。貴方のお腹にこれから私との命を授けます。ですから…貴方にはヒート状態に入っていただかなければなりません…そうなれば貴方は私を恐れ恐怖し、泣き喚くでしょう…。それでも、それでも私はあなたを抱き、あなたとの子を作る。よろしいですか?」 あのヒートの時の事を思い出す。今の沢と同じとは思えぬ獣のような沢。怖くて嫌で、必死に番である一を呼んだ。 「あれをまた?」 「そうです…あなたと私の子を作る為です。私はこの為だけに地獄の門をこじ開けて戻ってきたのです。よろしいですね?沖さん、お願いします。」 うなずいた沖の手に光る注射器。 押さえつけられた身体に逃げ場はなく、自分の意見一つ通らないΩと言う存在に絶望しながら、来るであろう恐怖に全身を凍らせた。

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